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鬼人伝  作者: 牧原のどか
木霊の託宣
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試し切り

 新さんはどっかりと腰をおろしてから口を開いた。

「北の隠居に警告しといたぜ。それから、こいつはついでだが、腹ぁ裂かれた犬がいたろ」

「いましたな」

「確かに」

「ちょいと気になってな。調べさせてみたらすぐわかったぜ」

「なにか?」

「このところ下町や外れで犬猫が斬られているらしい。確たる証拠はねえがよ、新しくできた道場で、門下生に斬らせているらしいやな」

 ここで一同顔をしかめた。

「な、なんですか、それ。気味の悪い」

 信之助のそれはまっとうな意見だった。

「犬猫を斬って腕が上がると思っているのか? 浅はかな」

 吐きすてるように鬼成がいう。

「修行でやらせているんですか!」

「……まあ、生きた血肉を斬ったことのないものと、そうでないものは確かに違うが、趣味がよくない」

「斬るなら、骨を斬らねばな。腹を裂くとなれば、動かぬようにして斬ったのだろうが、それでは意味がない。無駄よの」

「問題はそっちですか!」

 犬猫を斬らせている理由を信之助以外はわかっているようだった。

 生きた血肉ということであれば人も動物も変わりない。斬れば血が出て、刃に(あぶら)がつく。人を一人斬ることは道場での修練の何年分にもあたると辻斬りをするいかれた武士もいるが、問題の道場ではそれを犬猫でしているのだろう。

 それを、ここに集う凄腕たちは無駄といいきる。

「俺の見立てが間違いでなけりゃあ、あの妖は切られた腹にたかってたぜ。血が好物じゃねえか?」

「血も好むでしょうが、目当ては血に宿る精気でしょう。それを啜り、力を蓄えている最中かと」

 恐ろしい妖の習性を涼しい顔で千騎がいう。

「まずくねぇか? 餌をやってるようなもんじゃねえか」

「まずいでしょうね」

 千騎が茶を一口啜る。

「弔われぬ屍骸はいい餌です。力を蓄えたらなにかに憑くでしょう」

 五藤が渋い顔をした。

「だからといって、我らが口をはさむわけにもいかぬな」

「潰しとこうか?」

 鬼成が不敵に笑った。

「やめておけ。顔を知られていたらなんとする。死人だろうが、おぬしは」

「鬼神流が動くよりましだろうが」

 潰す──というのは道場破りでもするということだろうが、反対する千騎の口調には一人では無理だという意味は含まれていないようだった。たった一人で道場ひとつをどうこうするのは信之助には無理なように思えるのだが、鬼成には自信があるようだった。むしろ千騎が心配するのは、鬼成の身元が知られることのように思える。

 どうやら鬼成は身元を隠さなければならない人間のようだ。しかも、柳庄流の門下に見つかるとまずいらしい。『死人』というのは、死を装ったということだろう。

 いったい鬼成十衛とはなにものなのか。知らないのは自分だけらしい。

「それから気になることがもうひとつある。町中で小角のもんをたくさん見たぜ」

「よく分りましたね。妖の探索にあたらせてますがなにか?」

「でかくて顔がよくて腕に覚えのありそうなやつは小角だろうが。ありゃあ、まずいな」

 乱暴な言い方だが、そのとおりだろうと信之助は思った。小角はともかく美形が多い。とくに千騎や猛流などは人外かと思えるくらいだ。

「まずいとは?」

「小角鬼神流といやあ、剣の筋では知らねえやつはいねえよ。名を売ろうとするやつや、腕試しがしてえやつには絶好の目標じゃねえか、なあ」

 新さんが鬼成に話をふった。

「しかり」

 覚えがあるのか鬼成が苦笑する。

「一流どころは──いまは──やらねえが、目えつけられるかも知れねえなぁ。件の道場なんざ、いま名を売ろうとしているらしいからな、気をつけろよ」

「伝えておきます。目立たないようにと」

 ここで新さんが吹きだした。

「そいつぁ、無理な相談だ」

 信之助も伝令にきた若者のことを思い出してそう思った。

 顔を晒して歩けばいやおうなく人目を引く。それが小角。

 千騎が帝都の地図を広げ新さんに説明を始めた。

「今のところ町中にはいないようで、これから緩衝地帯や廃屋などを調べることにしております。昼は動きがありませんので、夜を中心に霊眼、遠見、透視の力のあるものを配していきます。連絡は心話のできるものを同行させますが……手が足りませんね。まだ被害が出ていないので人数をさけません」

「まあ、仕方ねえなぁ」

 地図にはいくつかの印があった。

「これはなんですか?」

 とん、と地図の一点を千騎が示した。

「ここが、妖が封じられていた神社」

 別の地点をとん、とまた指で示す。

「こちらが最初にして最後の出現場所。ほかは聞き込んで「黒っぽい霧」のようなものが見かけられた地点です」

「見事に緩衝地帯ばかりだな。どうやってきいた?」

 興味津々に手元を覗き込んだ鬼成に千騎が顔をしかめた。

「下人やよたかの類だ」

「よく聞き出せたな。その類は身なりのいいものには口が堅い」

「? 聞いたら誰でも答えてくれたそうだが」

 鬼成が顔を上げ、千騎と眼があった。そのまましばし見つめる。

「……なるほど」

「なにがだ?」

 千騎の美貌はほぼ人外の部類だ。千騎ほどではなくとも小角のものは見目がいい。眼福という言葉があるが、見ているだけで幸せになる。美貌にぼーっと見蕩れているときに何か聞かれたら、あることないことぺらぺらしゃべってしまうだろう。

 恐るべき手段だ。

ああ、女をつっこむ隙がない。男ばっかり……

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