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鬼人伝  作者: 牧原のどか
木霊の託宣
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固執

「というわけで、妖は見つけられませんでした」

 事件が片付くまでという約束で信之助は鬼成の屋敷に寝泊りすることになっていた。信之助の身柄を心配してのことと、話を広げないための処置なのだろうということは察しが付いた。

 だが、鬼成には黙っていると大変なことになりそうなので報告した。

「……『新さん』ねえ、あの御仁か」

 鬼成が苦笑した。『新さん』に心当たりがあるようだった。


 その日、北張の前当主のもとに、亡妻の甥に当たる西州の当主がひそかに足を運んだ。とはいえ、珍しくはない。西州の当主はよく北張の隠居のもとに顔を出す。

 だからこそ、それが天下にかかわる重要なことだとは、皇帝と一部の臣下のみ知るだけである。


 その路地は塀で区切られた町と町の狭間にあり、人通りは少なかった。偶然空いてしまったような無駄な空間を鬼成が難しい顔で睨んでいる。そこの地面と塀には黒いしみのようなものが広がっていた。

 犬の屍骸は片付けられていた。

「ここか?」

「そうですけど、妖のいたらしい場所に来てどうするつもりですか?」

「おれにも死霊くらいは視える。だが、こいつは……残り香はわかるが、かなりあやふやだな」

 鬼成があごを撫でながら言う。死霊が視えると言ったのはでたらめではないらしい。昨晩五藤が言ったことと重なる。

「黒っぽい霧の塊のようだったそうです」

「気配をたどるのは無理か」

 そこでふと、信之助は不思議に思った。

 剣ならば血肉は断てる。しかし、実体のないものをどうしようというのか。

「みつけて、どうするんですか? 剣で斬ってすてるわけにもいかないでしょう」

「斬れるぜ」

「は? 悪霊をですか!」

 信之助は目を見張った。

「おう。妖や妖怪は普通の剣じゃあ写し身を傷つけるていどだが“魂の入った剣”──魔剣、妖剣、神剣ってやつなら、本体をやれるそうだ。小角はそういうのをそろえてやがる」

「鬼成殿の剣もそれですか?」

「いや、“普通”の名刀だ。おれは腕前だけで“鬼をも斬る”だからな」

 ぽん、と愛刀に手をのせる鬼成に信之助は“鬼をも斬る”とはずいぶんおおげさだとは思ったが、そのくらいはやりそうだった。

 鬼成が苦笑する。

「おめえ、なんで主水とやらがおれを頼ったのか、考えなかったのか?」

 言われてみればそのとおりだった。主水は力になってくれそうな輝きをもった、と言っていた。なにか変わった通力でも持っているのかとおもったが、妖を退治できる腕前ということだったらしい。

「鬼成殿」

 鬼成にかけられた声に信之助が振り向くと、笠を深くかぶり顔を隠した背の高い男がいた。しかし声をかけられた当人はよそを向いている。

「鬼成殿」

「呼ばれていますよ」

 信之助が袖を引くと、驚いたように鬼成が振り返った。

「あ? ……ああ、おれのことか」

 と、妙なこたえを返す。

 うすうすは感じていたが、鬼成というのは変名のようだ。

「小角の門弟だな」

「しかり、言伝(ことづて)がふたつ。お耳を」

声からするとずいぶん若いらしい。信之助に聞かれたら困ることなのか、鬼成のはたまで歩み寄り耳元にそっと囁く。

「『死んだはずの人間がふらふら出歩くな。見知ったものにみられたらなんとする』だそうです」

 門弟の言葉は信之助には聞こえなかったが、鬼成の答えだけははっきり聞こえた。鬼成は自信たっぷりにのたまった。

「他人の空似で押し通す」

「…………それでとおりましょうか?」

 門弟は溜息をつくと笠の紐をほどいて差し出した。

「お使いください。気休めですが、顔を晒すよりはましでしょう。柳庄門下のものにそれがとおるとは思えませぬ」

「そうだな」

 鬼成が笠をかぶり、紐をくくる。しかし、顔を隠していても鬼成のもつ独特の雰囲気は変わらない。見知ったものがいればそれに気づくのではないかと、信之助は思った。

「次に、八つごろに屋敷の方においでくださいとのこと。なにやら話があるとか」

「承知」

 鬼成が返答すると門弟は一礼して去っていった。それを見送る信之助は、わずかにしかいない人々がそれでも思わず振り返って門弟を見つめることに気づいた。

 無理もない──猛流や千騎ほどでないにしろ、美貌の若者だったのだ。

 体格がよく、美形で独特の華がある──信之助のであった小角は皆そうだった。小角の特徴なのかもしれない。

「それまでそこら辺を流すか」

 鬼成には屋敷に帰る気はない様だった。

「じゃあ、いちおう霧が流れていった方をさがしますか?」

「そうだな」

 信之助が先んじて歩き出すと、鬼成が含み笑いをもらした。

「なにか?」

「いや、昔弟みたいに思っていたやつを思い出したのさ。そいつもすぐちょろちょろするやつでな。あってねえが、達者だろうとおもってよ」

「その人、どうしたんですか?」

「三年と、半年近くなるか──邦に帰ったよ。先祖からのお役目を守るためにな」

 鬼成と連れ立って探索中、よくよく見れば顔を隠した小角門下らしき者があちらこちらに立っている。

 おそらく妖の探索にかりだされた霊視にたけたものなのだろう。

 それでもなおかつ妖の行方は知れなかった。


 鬼成は約束どおり信之助を連れて件の屋敷にあがりこんだ。連絡がいきとどいていたようで、すぐに屋敷の一室に通され、やはり小角の一族なのだろう背の高い若く奇麗な女が茶と菓子を運んできた。

「千騎は?」

「所用にて立て込んでおります。しばらくお待ちください」

 女は深々と一礼し、部屋を出て行った。

 間がもたず、信之助は出された茶に口をつけた。いい茶葉を使っているらしく飲んだこともないような味わいだ。菓子も上等の砂糖を使った贅沢なものだ。ありがたくいただいた。

 鬼成も茶は口にしたが、菓子には手をつけなかった。

「食べないのですか?」

「甘いものは苦手だ」

「……(間がもたない)……なんのようでしょうね?」

「さて、北の隠居あたりからなにか流れてきたかな?」

「北の隠居? どなたです」

 軽く眼を見張った鬼成が振り返り──

「ああ、そうか」

 なにやら納得したようにこぼした。

「どなたです?」

「………………………知らねえほうがいい」

 長い沈黙の後、ぽつりと言った。


 しばらくのち、廊下を歩く音がした。

「きましたね」

「二人連れ? 誰だ」

 鬼成が訝しげにいい、異なる足音がしていることに気づいた。

「待たせたな」

 障子の向こうから声がかけられ、障子がひき開けられるとそこには千騎ともう一人いた。

 恰幅のいいその人は、無造作に被り物をとると『新さん』だった。

 昨日とは着ているものが違う。なんとも高い身分だと思わせる市井では見ることもないものだ。

 新さんと鬼成は互いにしばし見詰め合い──同時に吹きだした。

「おめえ、三年半前に葬式出した男にそっくりだぜ」

 と新さんが豪快に笑えば

「さる高貴なお方に似ておりますな。さて、その方がこのようなところにいるわけもなし」

「言いやがるぜ」

 と二人で豪快に笑う。

 間違いない──この二人は顔見知りだ。相手の正体を知っていて、あわせるつもりなのだと信之助にも理解できた。

「遅かったじゃねえか」

 鬼成が千騎にいうと、新さんが口を開いた。

「悪いな、話があるのは俺だよ。ちょいと話が長引いてな」

 新さんがあたりを見渡した。

「藤の字はどうしたい?」

「若についております。話はこの千騎が承ります」

「桜、若さんごとでもいいぜ、呼べよ」

「──しばしお待ちを。誰か替わりに若についてもらいます」

 部屋から出ようとする千騎に新さんが声をかけた。

「若さんはお味噌かい?」

「できれば、若にはかかわって欲しくありませんね」

 千騎が肩をすくめれば、新さんが苦笑する。

「ちげえねえ、“降り”たら妖どころじゃねえもんなぁ」

 どこから話が流れたのか、すぐに千騎が五藤を伴って現れた。

 これで部屋の中には信之助と鬼成、千騎と五藤に新さんとなる。

呼びにいった若者は騎手にあらず。小角の下っ端。でも美形。

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