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鬼人伝  作者: 牧原のどか
木霊の託宣
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木霊

 その神社は古いものだという。初代様が作らせたという由緒あるものなのだそうだが、建物も古く小さい。忘れ去られたような人気のない寂れた神社だ。

 ただ、ひとつ、大きな古い桜があり、春には人の目を楽しませていたという──が、三月ほど前、落雷により木は真っ二つになった──それがすべての始まりなのだそうだ。

「あれか?」

「はい。見えませんか?」

 信之助が指差す方を鬼成は目を凝らしてみていたが、やがて首を振った。

「なにかいる、のは分かるんだが、はっきりせんな」

 信之助にははっきりとそこにたたずむ主水が視える。だが、鬼成にとっては、そこには真っ二つになった桜の木と、妙な気配があるだけだ。

「なんの話だ?」

 不機嫌そうに(くだん)の千騎が聞いた。

 わけも教えず鬼成が有無を言わせず無理矢理連れ出したので、非常に機嫌が悪そうだ。信之助は肩身が狭い。

 元はといえば信之助のせいなのだ。

 鬼成が木の根元を指差した。

「あそこ、真っ二つになった木の根元にいるらしいんだが、おまえは視えるか?」

「なに?」

「おれは人の怨霊ぐらいなら視えるが、人の霊とも少し違う」

 千騎がさらに顔を厳しくした。

「……詳しく話せ……なにがいると?」

「それは、自分が」

 信之助は恐る恐る話しに割って入った。

「そちらは?」

「白石信之助と申します。鬼成殿は自分の話を聞いて力になってくださるとおっしゃったもので、自分の方から説明させていただきます」

 信之助が頭を下げると、千騎の表情が少し和らいだ。

「二月前、親友の清河主水が流行り病で亡くなりました。ところが、つい先日、この神社で主水の幽霊をみまして……本人が言うには、心残りがあったのではなく、桜の木霊につかまったのだそうです」

「木霊に……」

「三月前、雷で真っ二つになった桜は、初代様が力を与え、その根元に幼物を封じていたものなのだそうです。しかし、雷に当たったため、その妖物を逃がしてしまったと──」

「──なぜそれをはやく言わない!」

 千騎が顔色を変えた。くるりと背を向ける。その背に鬼成が声をかける。

「どこへいくよ」

「霊眼に長けたものをつれてくる。屋敷で言ってくれれば、あらかじめつれてきたというのに!」

 鬼成が目を瞬いた。

「おまえは視えんのか?」

 きっと千騎が鬼成を睨みつけた。

「俺は、霊眼(そちら)の方は、〝人並み〟だ!」

「おぬし、ものを透かして見ることができるのだろう?」

「透視と霊眼は別物だ!」

「それは、したり。話しておくべきだったか」

 飄々とした鬼成とは対照的に、千騎の表情は殺気さえ感じられた。さすがに信之助にも、この二人が──というよりは千騎が一方的に鬼成を嫌っていることがわかった。

「千さん?」

 千騎が弾かれたように振り返った。

 つられて鬼成と信之助も桜の方を見た。

 真っ二つになった桜の向こうに人影が二つ。鬼成よりもさらに背の高い男と、それよりは小さな影。

 信之助は状況も忘れて見蕩れた。

 年のころなら十三、四。潤んだ黒い瞳に紅をひいたような紅い唇、艶冶なまでの美童だった。これほど美しい童子は見たことがなかった。

 背の高い男も、またきりりとした美男である。惚れ惚れとするような美丈夫であった。

 古びた神社、折れた桜の向こうから現れた二人は現実とは思えないほど美しかった。

 千騎の表情が一変した。艶やかなまでの微笑を浮かべたのだ。

「これは、これは、若。このようなところに」

「おお、五藤。奇遇だの」

 鬼成が背の高い男に声をかけた。背の高い男──五藤は軽く会釈した。

「悪いが、しばらくは若の御用で、手が空かぬ。手合わせはまたの機会に」

 鬼成は不敵な笑みを浮かべた。

「おれも用があったのだが、どうやらそちらの用と無関係ではないらしいの」

「若が、なにかに呼ばれているような気がするというので、お供いたしたのだ。そちらと同じとは思えんが」

 五藤が鬼成と話している間に童子は桜の木のあたりを見つめた。

「ああ、ここでいいみたいです」

 五藤が目を眇めた。

「なにかがいる、のは分かるのですが、はっきりいたしませぬ……」

「御主の霊眼でも視えぬのか?」

 千騎が驚いたように言う。ということは、この五藤という美丈夫は霊眼に長けた者なのだろう。

「無理もありません。純粋な木霊ではなくなっています。別のものを取り込んでいます。人……ですか?」

 若と呼ばれた童子が主水に顔を向けた。

「呼びましたね?」

「これは驚いた。あなたは人か? 今のわたしの眼にはそうは視えない」

「人ではありません。小角の末にて。小角猛流(おづのたける)と申します」

 猛流と名乗った童子には主水が視えるようだった。それよりも、小角の姓を名乗るということは、小角の跡継ぎということだろうか。

「若、そこにいるのは?」

 五藤の問いに、猛流が答えた。

「僕にはここに人の姿をしたものが視えます。ほそっりとした、切れ長の眼の──男の人です」

「これは名乗るのが遅れましたな。わたしは生前清河主水と申しておりました。二ヶ月ほど前、流行り病にて落命した者であります」

「主水殿というらしいです」

 猛流が五藤に振り返って言った。

 その様子を見ていた千騎が信之助と鬼成に言った。

「どうやら、若に視えるらしい。ならば、ここからは我らの領分。そちらには遠慮願おうか」

「ことわる」

 千騎の秀麗な額に青筋が浮いた。

「なに?」

「元はといえば、その木霊に取り込まれた男に頼まれたのは我らだ。後から割り込んだのはそちらよのう。こんな面白そうな話、途中で降りられるか」

 千騎は何も言わなかった。言わなかったが、信之助程度にもわかるほどの殺気と怒気を放っていた。にもかかわらず、鬼成はにやにやと哂いながらその気を受け流す。

「……千さん、鬼成殿といると人が変わりますね……」

「……千騎、そっちのが真っ青になっているぞ」

 ふいっと千騎がそっぽを向いた。信之助は目の前が暗くなり、視界が傾いた。

「おっと」

 鬼成に支えられ、気を失いかけたのだとわかった。自覚がないほどに恐怖し、その恐怖から開放されて気を失いかけたのだ。

「気あたりか? 千騎、こいつはただの人だ。気をつけてくれよ」

「ここからは、ただの人には入れる領分ではない。命が惜しければ、立ち去ることだ」

 と、千騎はにべもない。

「に……逃げません。主水に頼まれたのは……自分です。友の信頼を裏切るわけには……」

 まだ身体がおかしかったが、ここでひくわけにはいかなかった。

 千騎は何も言わなかったが、一度だけこちらを見た目は少し困っていた。随分と優しい眼だと信之助は思った。

 猛流が信之助に言った。

「そうですか。では、なるべくぼく達か、鬼成殿の後ろにいてください」

「若!」

「ただの人ですぞ!」

 驚いたのは猛流の従者の方だった。

「でも、清河殿が視えるんです。ここで追い返したら、自分達で調べるかも。それくらいなら、眼の届くところにいてもらったほうがよいかと」

「しかし……」

「大丈夫ですよ。言うべきでないことは言いません」

 主水がなにやら含みのある言い方をした。

「主水殿が、言うべきでないことは、黙っていてくれるそうです」

 なにやらおかしいが、主水の声が届くのは信之助と猛流だけらしい。主水の声は自分か猛流が伝えなくてはならないのだろう。

「下のほうに、黒い禍々しい気の残り香のようなものを感じます。これは?」

「それなら、この五藤にもわかります。なにかが封じられていて……その気配の残り……ですな」

「わかりますか。それはこの桜が封じていた妖物の気配です。初代様が封じられたのですが、三月前の落雷で弱った木の拘束を破り、逃げたのです。木霊は動けず、助けを求めていました。わたしは相性がいいらしく、人との通詞として取り込まれました。妖物が暴れだす前に、それを誰かに伝えようとしておりました」

 主水の言葉を猛流が伝えていたが、信之助には二人が言う禍々しいもの、は感じなかった。

「なるほどな、妙な感じがすると思ったが、妖物ねえ。それはどんな形をしているんだ?」

 鬼成が嬉しそうに聞いた。

「その妖物の本体はほとんど浄化されています。ですから、今は形を持ちません。しかし、穢れを取り込み、なにかに憑いて形を持つでょう」

鬼成と五藤は霊眼の持ち主です。千騎は透視ね。猛流は両方持ってます。

主水の姿が見えて声が聞けるのは信之助と猛流だけです。

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