故人
今回よりまた主人公が変わりますが、以前の人達ももちろん出てきます。
二度と会えないと思っていた馴染みの顔に思いもかけず再会し、信之助は驚愕した。
切れ長の瞳も、どこか謎めいた微笑みも変わりない。背は高いが、ほっそりとしてどこか優雅な物腰。品があると女子に騒がれたものだ。しかし、記憶とは大きく変わってしまったことがある。その姿は、向こう側が透けて見える。
無理もない。主水は二月前、はやり病で死んだのだ。
「迷ったか、主水! 迷わず成仏してくれ!」
信之助は思わず地面にふして、一心不乱に念仏を唱えてしまった。
「わたしの姿が見えるか? やれ、よかった。ようやく勤めが果たせる」
主水はむしろほっとしたように言った。
「信之助、念仏では、わたしは成仏できない。助けて欲しいのだが、力を貸してくれないか?」
信之助は顔を上げた。
「主水、何が心残りだったのだ? 言ってくれ、おゆきへ思いを告げたかったのか? それとも、新実への恨みから成仏できんのか? なんだ?」
おゆきは近所の小町、新実は生前色々と因縁のあった相手だ。竹馬の友が死に切れず迷っていると思ったからこその言葉だったが、主水は呆れたように溜息をついた。
「……信之助、おゆきとはなんでもないと、何度言えば分かる…新実のことも、恨むほどではない。いや……生前のことで成仏出来ないのではない。わたしは通詞なのだそうだ」
「通詞? なんの」
「木霊のだ。どうしても伝えたいことがあるらしいのだが、人の魂を介さないと、人と意思の疎通が出来ないらしい。それで、わたしは取り込まれてしまったのだ」
その屋敷はかなりの年代ものであった。くたびれてはいるものの、母屋に離屋がある。下働きの者もいる。華美ではないもののさほど暮らしに貧窮しているようにも見えない。身分ある隠居が結ぶ庵のようだ。
しかし、住人は年寄りではない。年のころは三十がらみ、若すぎず、年寄りでもなく、充実した働き盛りのようである。
背は高く、横幅も其れにふさわしくがっちりしている。身なり金をかけない主義のようだが、腰のものは見るからに業物である。それだけではなく、向かい合っているだけで無言の重圧を感じさせる存在感がある。いかにも男臭い武芸者のようだ。
故あって浪々の身になっているといったところだろうか。
主人はいきなり尋ねてきた信之助を怪しむでもなく、快く家に上げて、話を肴に盃を傾けていた。
男は信之助の話が済むと口元をぬぐって言った。
「面白いな。しかし、何故おれのところに来た?」
「信じていただけるのですか?」
これには信之助の方が驚いた。
男は爆笑した。
「おいおい、自分で持ちかけておいて、それはなんだ? 信じぬほうがよかったか?」
「い……いえ、自分で言っていて、あまりにも荒唐無稽でしたので、どう信じていただこうか、案じておりましたので」
「荒唐無稽ねぇ……そうでもないぞ。それ以上に破天荒な事実を知っているからな」
自分の話以上に荒唐無稽な話しがあるのだろうかと信之助は頭を抱えた。考えてみれば、信之助はまだ男の名前を聞いてもいない。
「そういうことなら、その道の専門家がいる。そのものを差し置いて、どうしておれなのか不思議に思うただけよ」
信之助は仰天した。
「い……いるんですか、そんなのが」
「いる」
男はきっぱりと断言した。
もし、そういうものがいるのなら、なぜ主水はそれらを教えてくれなかったのだろうか。それを知っている男にも、わざわざ自分を指定したのは奇異に思えたに違いない、と信之助は思った。
「主水は力になってくれそうな輝きを持つ人がいると教えてくれはしましたが、それ以外のことは……」
「ああ、人限定か。ならばしかたないな。吾奴らは人ではないからな」
おかしな言葉を口にして、男は無邪気に笑った。とてつもなく上機嫌であった。盃を置くと、立ち上がった。腰に大小ぶち込んで、さっさと玄関へ向かう。
「そういうことなら、彼奴らの出番だろう。付いて来い」
かつて、天下は魑魅魍魎の支配する世であったという。それを憂いた天は、天下を統一することになる初代様を光臨させた。
天より光臨したが故に初代様は名を持たず、数々の不思議な力を振るえたという。初代様は魑魅魍魎と戦いこれを鎮め、治世を築いた。
これにより初代様は御開祖様と呼ばれることになる。
御開祖様は魑魅魍魎どもをすべて滅ぼしたのではなく、その血に宿る神通力で魑魅魍魎を人へと変え家来とした。言い伝えが正しければ、譜代や大名の多くは妖怪の先祖を持つことになる。
御開祖様は人と交わり幾人かの子を得た。そのうちの男子四人が皇帝と葵の姓を名乗る三皇家の始まりである。その神通力は血に受け継がれ、代々目覚めようとする妖怪の血を鎮めてきた。
それ故に、天下を治めるのは御開祖様の直系子孫でなくてはならないと言われている。
だが、太平の世が続いた今では、それは覇権争いの勝者がいいように歴史を書き換えたのだとも言われている。
しかし、だとしても今の世は太平が続き、あえて謀反を起こそうとするものもなく、大衆はそうとは知らず惰眠を貪っていた。
昨日と同じ今日。今日と同じ明日。ささやかな悲しみや、たわいのない喜び。数多の愛憎を飲み込み時は流れていく。
おっさん(?)が中心人物になります。どうぞよろしく。
え? 若い方がいい?