社の危機
走りに走って、杜の入り口が見えたとき、面前に風丸と五藤が現われた。
「何があった!」
このさい礼儀も何も後回しだ。ここまで近づけば、結界の様子がはっきり分かる。
崩壊するまでには至っていないが、大穴がいくつもあいてはざるも同然だ。
これは間違っても五藤が斬ったものではない。規模が大きすぎる。
「申し訳ございませぬ。されどこれは──」
弁解しようとする風丸を、槌也はさえぎった。
「心当たりはある。いつからだ」
「槌也殿が出立された次の日だ。俺の霊眼に狂いがなければ、外から壊された」
槌也は舌打ちした。
おそらくは柚月の仕業だ。
最初に網を壊されたときに気づくべきだったのだ。
「それからやたらと小物が湧く。三弥に言わせれば、これほど出るのは珍しいというが、外に出さぬようにするのが精一杯だ」
「そうか、とりあえず、外回りだけでも直すぞ」
槌也は杜に向かって走った。
「若、心当たりとは?」
「柚月だ。いつぞや杜に入り込んでいた男装の女、あやつ超常能力者だ」
おそらく水野家に向かった後、出会う前の間に結界にいくつもの穴を開けておいたのだ。結界の主である槌也ならともかく、いくら〝遠見〟や〝霊視〟のできる風丸や五藤でも結界すべてを見通すのは不可能だ。
「しかし、なぜ?」
「俺が知るか!」
槌也は腹立ち紛れに怒鳴った。
「槌也殿、ここはお狩場で、御止め場だったな。役人すらめったに入らぬという」
「そうだ」
「ならば、人目をはばかるものが、利用しようとするのではないか?」
隠れ場としてこれ以上の場所はない。しかしそれはそこが尋常の場所ならばだ。
「普通の人間なら、入り口辺りで俺の霊糸に触れて引き返す。そうでなくとも、ここに溢れる妖気で気分が悪くなるはず──」
そこまで言って、槌也の脳裏に閃くものがあった──杜に誰も足を踏み入れないのは、おふれもあるが、もともと杜に溢れる妖気を、それと知らず嫌がるからである。さらに霊糸を張り巡らし、それを増長させて引き返させるからくりだが──それをものともしない存在に気づいた。
「柚月か! あいつ、天童教とかいうのの一人だったな。杜を利用するつもりか」
超常能力者ならば、残留妖気くらいではびくともしない。霊糸も例の力で千切られる。今思えば、最初であった時の破損は柚月の仕業だ。
霊眼は利く方ではないようだったから、ここが恐ろしい場所だとは気づかなかったのだろう。
「できるのか?」
「無理だ! 人のにおいなんざふりまかれた日には──」
馳走のにおいにつられて、外のものがこちら側に入ってくる。
杜の地を踏んだ途端、槌也は唸った。
「馬鹿が! 誰か入り込んでやがる!」
槌也の目が赤く染まった。
小屋──のように見える残骸──槌也が出立したときにはなかったもの──に群がる妖怪と──十数の人──に襲い掛かる妖怪と──それを返り討ちにする柚月──が見えた。頑張ってはいるものの、さすがに数が多すぎる。時間の問題だ。
侵入する奴が悪いといえばそれまでだが、まさか見殺しにも出来ない。
「ひとつはもう無理だ。もうひとつは、柚月がいるか。少しはもつが、出るまでもたん」
「位置は」
槌也はある方角を指差した。
「こっちだ。結界の端近くまで戻ってるが、たいしてもたん」
「では」
風丸が足を踏み鳴らし、三人の姿がその場から消えうせた。
風丸の能力のひとつです。テレポート。
この結界の穴は後で槌也がせっせと修復します。