奇襲
その後は大変だった。
槌也と鬼成は小角の屋敷に運び込まれ、留め置かれた。
事が外に漏れないようにとの、配慮であった。
半ば呆然としているうちに事態は流れていた。槌也の身元調査と、剣鬼たる鬼成の処遇について、回りが右往左往した。
槌也の身元については簡単だったらしい。最初から土御門の血筋なのは確実なため、香月の家への聞き取り調査と、そのときはまだ現役であった先代への詰問。
他家へ嫁がされていた生母の告白ですぐにあきらかになった。
鬼成の方がまだ大変だった。
小角の秘密にかかわり、記憶の差し替えも聞かない特殊体質だったのだ。
口をふさぐことが出来ないでもないが、それでは〝鬼をも斬る剣〟がもったいないということらしい。
妖に対抗できる力は貴重なのだ。
邦のお偉いさんが協議している間、槌也は呆然と奥で寝ていた。
急激な体質の変化が堪えたらしい。
ときおり遠くで子供の声がした。一度など、部屋に女の子と男の子が駆け込んできたことがある。気の強そうな女の子と、礼儀正しい男の子だった。
槌也が声をかけようとすると、女の子の方が自分の唇に人差し指を立て、声を出さないようにと、合図をした。
遠くで人が走り去る音がした。
気のせいでなければ、五藤の声だ。
「申し訳ありません。お客様がいらっしゃるとは、思いませんでしたので」
男の子が礼儀正しく頭を下げた。
「いくわよ」
と女の子が声をかけると、
「はい」
と嬉しそうに男の子が答えた。
最後に男の子がもう一度頭を下げ、なんとなく槌也も頷き返した。
二人が障子を閉めた後、走り去る音がした。
二人とも、やたらと奇麗な顔をしていた。女の子のほうは、開き始めた牡丹のように愛らしかったし、男の子の方は、妖艶なまでに美しかった。
小角のものは、子供のころから美形ばかりなのだな、とぼやける頭の片隅で思った。
他にも、被り物で顔を隠した、妙に貫禄のある客もあった。
いきなり
「邪魔するぜ」
──との声とともに障子を開けて、じろじろと槌也を見たあげく──
「これが土蜘蛛の末かい? いい面構えだが、普通の人間に見えるぜ。二人も『先祖帰り』がいるたあ、おもしれえ時代に生まれたもんだなあ、ええ、おい。桜よ」
と、豪快に笑った。
客の後ろで千騎が、いつも飄々としているこの男にしては珍しく、苦虫を噛み潰しているような顔をしている。
土蜘蛛のことを知っていたことといい、千騎の態度といい、身分のある人なのだろうが、結局、この客が誰だったのか、槌也は知らない。
聞き及ぶ所によると鬼成は嬉々として小角の門弟を捕まえては修行につきあわせていたという。
風丸が鬼成に惚れたのもこの頃だ。
一通り議論が終わり、槌也と鬼成は呼び出され、小角の当主小角猛之にこの世の真実を聞かされた。
自分が土御門の血筋であること、それが妖の血族であること、この世の理、すべてが衝撃であった。その事実を踏まえた上で、土御門の家に入るように言い渡されたわけである。皇帝の沙汰とあっては抗うこともできない。
一度だけ、伯父にあったが、父と信じて疑わなかった相手に頭を下げられたのは悲しかった。
領主の子として認められ、ふさわしい地位につくのだと、信じて疑わなかった伯父は言ったものだ。
『今日からあなた様は、香月の人間ではありませぬ。土御門の家の人間として、ふさわしく振舞いなされ』と。
槌也は何もいえず、ただ頷いた。
鬼成は事件に関しては咎める事はしないが、いずれ小角の家に入ることとなったのである。
こうして土御門の杜は六代ぶりに土御門の血筋の守人を得たのであった。
風丸は槌也とともに杜に来た。
二人が杜の暮らしになれたころ、先任者は小角の家に戻っていった。
かなりの高齢であったから、隠居したのだという。
風丸三弥の大叔父に当たる人なのだそうだ。杜は広いので、風丸の名を持つものが守人に選ばれることが多いそうだ。
風丸は舞人の家系だそうだ。
それから一年後、当主であった守繁が急死した。遠乗りに出て、馬が崖から落ちたのだ。
跡継ぎはすでに決まっていたので問題はない。兄、守之が当主となった。
むしろ守之の代になってからの方が、領内はうまくいっているようだ。
自分のようなものは、疎まれて当然だが、守之は何かと心を配り、気にしてくれる。
そんな兄に、心から仕えたいと槌也は思っている。
「未だに俺は自分が土御門の者だという自覚がない。むしろ伯父貴に仕込まれた武士道ってもんの方が強いな。兄上と呼ばせてもらうのも恐れ多いが、主君土御門守之様に仕えているって方がしっくりくる。俺を造反させるのは無理だぜ」
「そう。どうやらこちらの眼鏡違いね。そんなに忠義心があるとは思わなかったわ」
柚月は溜息をつくと、槌也に正面から近づいた。柚月は丸腰だった。何か隠し持っているようすもない。なにか隠していれば、においで分かる。
触れ合えるほど近くで柚月は足を止める。
「……なんのつもりだ」
訝しげに槌也が聞くと、柚月は微笑んだ。
「なら──死んでもらうしかないわね」
衝撃が槌也の体を襲った。
「ぐっ!」
脇腹に食らった一撃に、突き飛ばされたが、すんでのところで、転倒だけは免れた。
常人なら、脇腹をぶち抜かれていたところだ。
「……てめえ……超常能力者か……」
手をかざしたままの姿勢で柚月は青ざめていた。
「なんで、死なない……のよ……あたし……殺すつもりで……撃ったのに」
槌也は血を吐き捨てた。至近距離で食らったそれに、腸を少々やられた。
「ざまァ、ねぇな。ぬかった」
どうやら柚月は刺客だったらしい。それも、得物を必要としない能力を持った、生きた凶器だ。
人には時々こういう変り種が生まれる。完全な人間にもかかわらず、妖のような特別な力の持ち主だ。
霊糸を避けたところをみると、霊眼もあるようだが、それはさほど強くはないだろう。でなければ、自分や鬼どもには近づかない。
力を凝縮した気の球を撃ちだしているのが主な能力のようだ。槌也の強靭な肉体を貫くのは無理でも、常人なら余裕で殺せる。
柚月の掌に輝きが生まれ、力を込めた球となる。次こそ仕留めるつもりか、先ほどより強い力を感じる。
あれを食らえば、槌也とてただではすまない。骨くらいは折れる。
「覚悟ぉ!」
「夜叉丸ぅ」
自分に向かって打ち出された力球を槌也は夜叉丸で切り払った。
壊された〝力球〟の欠片が見当違いの場所を破壊した。畳の一部、調度の破片が辺りを舞った。
ありえざる事態に、柚月が驚愕のあまり硬直する。
「驚いたみてぇだな。こいつは、いわゆる魔剣ってやつさ」
槌也は夜叉丸を構えなおした。
美しい刃紋を持つ刃が光を弾いた。それはたっぷりと人外のものの血を吸った刃だ。
名人と呼ばれる刀工の鍛えた刀の中で、会心の出来のものの中に、極まれに妖物をも斬ることのできるものが混じっている。
いわゆる〝魂の入った剣〟だが、神剣、魔剣、妖刀呼び方は様々あるが、それは見つかれば優先的に妖怪退治をするものに回される。ひとつでも多くの〝魂の入った剣〟を得るために、皇帝は名のある刀工を優遇し抱え込んできた。
槌也の夜叉丸もそのひとつだ。杜の守護を司るものに代々伝えられてきたものだ。
「妖怪が専門だが、神通力、霊力、法力の類もぶった切れる。不意打ちならともかく、おめえの力は通用しねえよ」
自分の力が通用しない事態など、柚月は考えもしなかった。
「そんな……あたしの……力が……」
柚月は激しく頭を振った。
「あたしの力は世直しのために授かったのよ! 通じないなんて、あるはずがない!」
柚月は再び力球を打ち出すが、それはやすやすと切り払われる。
「世直しのため、授かっただぁ? 生まれつき持ってた力だろうが。数は多くねぇが、人には時々そういう変り種が生まれるんだよ」
愕然と、柚月は槌也を見ていた。
「人間はな、時々とんでもねえ力を生みやがる。まじりっ気なしの人間のくせに、才能と修練で鬼をも切る剣鬼になるやつだとか、器物に妙な能力を付随させる名人とかよ。おめえのなんざ、分かりやすい力だよ」
槌也は夜叉丸を返すと、峯を肩に乗せた。
「引けよ。夜叉丸は、人間も切れるが、俺ぁ、真っ当な人間相手に、殺し合いする気はねえんだよ」
「あたしを……見逃すって言うの。あたしは、命を狙ったのに」
ふんっ、と槌也は鼻を鳴らした。
「殺せねぇだろうが。おとなしく縛につけば、乱暴な真似はしねえよ」
槌也が不敵に笑い、柚月は唇を噛んだ。そのとき、廊下を走る音がして、障子がひき開けられた。
「槌也様、何事でございますか!」
柚月の姿を認めたものが叫んだ。
「やや、曲者!」
「馬鹿野郎! 下がれ!」
騒音を聞きつけた警備のものが部屋へ駆け込んできて、一瞬――槌也の気がそれた。
柚月はそれを見逃さず、警備のものを〝力〟で弾き飛ばして、庭に逃れた。
弾き飛ばされた警備のものは同僚を巻き添えに、調度類に突っ込んでいた。
「ちいっ!」
ふわりと柚月の体が宙に浮いて、塀を越える。跳んだのではない、力で自分の体を引き上げたのだ。
追いかけたい所だが、家中のもの前であまり人間離れした所は見せられない。
何よりも、槌也には効かなくても、常人ならば十分殺せる力を柚月は持っている。
続けざまの戦闘シーン。回想シーンには一章で出てきたあの人とか、この人も。誰だかわかるよね?