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鬼人伝  作者: 牧原のどか
外伝 蜘蛛草子 社の盟友
36/54

待ち伏せ

 土御門の領地は皇都より南にある。女足にあわせてゆるゆると歩みを進めていた。

 駕籠に乗るのは夏姫一人で、それを囲むように腰元がつき、さらにその回りを護衛のものが固めて歩く。後ろからは荷物を積んだ馬や荷車が続く。

 休み休みの行列で、それほど距離は稼げない。脚の弱い女中に強行軍などさせられないのだ。

 鄙びたのどかな景色が続く。何事もなく、欠伸が出そうなのどかさだ。

 それでも滅多に皇都、いや、屋敷から出ない女中達にとって、それは楽しみでもあるようだった。

 鳥や花など些細なことで和やかに笑い声など立てている。

 さすがに女中が多いと、華やかなものである。駕籠に乗る姫が退屈しないようにとの、配慮もあるのかもしれない。

 和やかな雰囲気に、表情を弛めていた槌也は、いきなり顔を引き締めた。

 それは編み笠で誰にも悟られなかった。

 先頭を歩く槌也は足を止め、行列を止める合図を送った。

 一行は合図に従い歩みを止める。

 槌也は天を仰ぎ、においを嗅いだ。

「何事かの、槌也殿」

 駕籠の中から夏姫が声をかけた。

 槌也は駆け戻り駕籠の傍で跪いた。

「おかしな気配があります。探ってまいりますので、少々お待ちください」

「さようか。ならば待とう。人手はいるかえ?」

「いえ、わたくし一人で十分。では」

 短く礼をして、槌也は先へ駆け出した。

 その姿が瞬く間に消え、水野から付いてきた女房が不安そうに囁き交わした。

「何事でしょう?」

「行列を止めるなど……」

「まあ、怖い事でなければよいのですけど」

 実は槌也は水野の家臣に評判がよくない。

 それなりの美丈夫ではあるものの、野趣の強さと、僧でもないのに結えないほどに短く切られた髪のせいである。

 他は体裁を整えてはいるものの、それだけで由緒正しき水野家のご家来衆には奇抜なのだ。

 地元での噂を耳にしたものもいる。

 おかげで槌也に対する水野家の家臣の態度は──一部を除き──もちろん夏姫と楓だ──腫れ物に触るようなものだ。

 槌也につけられた補佐役──実質上の警備責任者の初老の男が、駕籠の脇でひざをつき、夏姫に詫びた。

「申し訳ございませぬ。行列を止めるなど……槌也様は何をお考えなのか……」

「心配ない。ああ見えても槌也殿は鼻が利くのじゃ。何事か嗅ぎつけたのであろうよ。ゆるりと休むがよいぞ」

 夏姫は泰然としていた。


 槌也は一人行列が見えなくなるほど先へ駆け抜けた。途中曲がり角があるためすぐ見えなくなったが、もし誰かがその速さを見ていたら眼を剥いただろう。人の脚に適う速さではない。

 槌也が足を止めたのは、一行が通る予定の道の中で、片側を崖、もう片側には茂みや林などの遮蔽物の多い人気のない道だった。

「おい」

 槌也は藪の辺りに声をかけた。

「そこに隠れている奴等、今からここを水野家姫君の御一行が通ると知ってのことか?」

 答えはない。しかし、槌也は続けた。

「そんなに殺気を出してちゃあ、一里先からでも分かるぜ。俺は鼻が利くんだ」

 答えはない。しかし、藪に潜む者の殺気が膨れ上がった。槌也は目を細めた。

()る気かい? 面白いが、俺は人間は相手にしねえんだよ。隠れているんなら、通り過ぎるまでそのままでいてくれや」

 槌也が何かを撒くように手を振った。その瞬間、臭いが動いた。

「へえ、避けるかい。視えるのか? まあ、いい。一人ぐらい動けても、他の奴はどうかな? 動けねえだろ? 見殺しにするか?」

 槌也は姿の見えない相手に向かって続けた。

「出てくるなよ? 何もしなけりゃ、こっちは見逃してやる。仲間も後で動けるようにしてやるさ」

 藪の中の殺気が消えた。

「そうそう。いい子だ。林の中の仲間にも言っておきな。弓なんぞ置いとけってな。金物の臭いがするぜ。さすがに鉄砲はないようだが、姫にもしものことがあったら、皆殺しにしてやるぜ」

 言うだけ言うと槌也は踵を返して駆け戻った。

 さほど時を置かずして駆け戻ってきた槌也に、夏姫は駕籠の中から声をかけた。

「事は収まったかの」

「は、何事もなく通れまする。ご出立を」

「大儀であった。こちらとしても、よい休憩よの」

 槌也は合図を送って行列を出発させた。理由もあきらかにしない行為に不満のあるものもいないではなかったが、肝心の夏姫が労いの言葉までかけるようでは文句のつけようがない。

 一行は何事もなかったかのように歩を進めた。


 一方──槌也が駆け戻る姿を藪の中から見送った柚月は震えていた。

 柚月の霊眼は、槌也が細い細い糸のような霊気を撒き散らしたのを確かに見た。

 とっさにそれを避けられたのは僥倖だったが、それさえも相手に知られていた。

 霊気の糸に触れた仲間は硬直している。お狩場であったとき、たんなるろくでなしにしか見えなかった土御門槌也だが、あそこに結界を張った張本人だったのだ。

 皇都で剣を学んだということは聞いている。由緒ある流派の、免許皆伝を十五までに実力で勝ち取った腕前だと──しかし土御門槌也が妙な能力の持ち主だとは聞いていなかった。

 情報に手抜かりがあったようだ。

 柚月は言いようのない恐怖に襲われ、全身に汗をかいた。

「……何者なの、あいつ……得体がしれない……敵に回すのは……怖い……」


 数刻後、水野家姫君の御一行は何事もなかったかのようにその場所に差し掛かった。

 行列が通り過ぎようとすると、槌也は列を先に行かせ、自分は最後尾に位置した。

 それと目が合ったように気がして、柚月は全身に汗をかいた。

 弓の隊には事体を知らせ、攻撃を控えさせてはいるが、槌也は万が一を考えて威嚇しているのに違いない。

 妙な術にかかった仲間は硬直し、動かすこともかなわない。ここを襲われたら、少なくとも金縛りの仲間は全滅だ。いざとなれば、見殺しにするしかない。

 槌也が足を止め一行の姿が見えなくなるまで柚月のいる辺りを凝視していた。

 見えているのかと柚月が戦慄すると、ふっと槌也の口元が緩み、軽く何かを引くような仕種をした。すると糸のような霊気が仲間の体からはなれ槌也の手元に戻っていくのが視えた。

 不自然な体勢で固まっていた仲間が力尽きたようにくず折れて、柚月は駆け寄った。

 命に別状はないようだが、全員息を切らせている。

 仲間を抱えた柚月の耳に、槌也の声が響いた。

「見逃すのは一度だけだ。俺は人間とは戦いたくないが、立場ってものがあるんでね。水野の姫に手を出したら、次は斬るぜ?」

 それだけ言うと槌也は一行を追いかけて走っていった。

「あいつは一体、なんなの……」

 柚月にとって土御門槌也は捨てては置けない存在となった。

 天主様の言うとおり──仲間に引き込むか──あるいは──始末しなければならない存在として──

 その日、土御門を目指す夏姫の一行は何事もなくその日の宿にたどり着いた。

 予定通りの実に順調な旅であった。

いちおう戦闘?シーンなのだろうか?

役者が違いすぎ。

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