連日の夜襲
その頃、部屋から逃げ出した槌也は宿の屋根の上にいた。
警備のものに見咎められるわけにもいかず、かといって部屋に戻るわけにもいかない。
一番人の目が届かない場所といえば屋根の上である。屋根の上に人がいても気づきもしない警備のものを情けないといえばいえるが、今はそのほうがありがたい。
夜着でうろついている理由など言えないし、人様の部屋に乱入するわけにもいかない。人に見られれば何を邪推されるかわかったものではない。
ただでさえ悪い評判を、さらに落とすのは兄上に申し訳がない。
そんな理由で槌也は隠れていた。
何の因果で男の自分が貞操の心配をしなければならないのか。
自分は呪われているに違いない──生まれ自体がすでにしっかり呪われているが──国許では自分に懸想する男色家と暮らし、外では兄嫁(予定)から言い寄られ、忠義に燃えた腰元から寝込みを襲われる。いったい俺が何をしたかと天に聞いてみたくなる。
夜の冷え込みは土御門領内より厳しく、夜着の槌也は震えた。
実は少々寒がりであるのだ。
翌日何事もなかったかのように顔をあわせた一同は、予定通りに宿場を離れた。
幸いにも槌也は風邪を免れていた。
その翌晩のことであった。
「槌也殿、槌也殿」
潜めた声が槌也の部屋でした。
そっと忍んできたのは──夏姫だった。
頭から布団を被った槌也はぴくりともせず──夏姫ははっと息を飲んだ。
寝息さえ聞こえない。
夏姫は一気に布団を剥ぐ。
「おのれ、空蝉!」
そこにあったのは、丸めて人形に見えるようにおいてある座布団だった。
「むう、こうまでして妾を拒むとは、失礼な。妾のどこが不満だというのじゃ」
己が容姿に多少なりと自信のある姫にとっては屈辱であった。
悔しげに唇を噛み、逃げられたと悟った夏姫は潔く槌也の部屋を後にした。
あちこち探すのはさすがにまずい。宿直の交代の時間までに、部屋に戻らねばならなかった。
夏姫が去った後、部屋の押入れの戸が開いた。
「やっぱり、来たかよ。恐ろしい主従だ」
こんなこともあろうかと、押入れで寝ていたのである。
槌也は首をひねった。
「どうやって、宿直をごまかしてきたんだ、あの姫さん?」
夏姫には交代で人が寝ずの番をすることになっている。部屋の前にも護衛のものが交代で警戒している。
ふらふらと抜け出せるわけがないのだ。
それが、夏姫が親切顔で振舞った茶の中に、そっと落とした薬のせいだとは知るはずもない槌也だった。
護衛に一服盛るとは、さすが北張筋の姫。
それから二日後の深夜のこと。
布団を剥いでみると、やはりそこに槌也はいなかった。
夏姫から聞かされていたとおりだ。
「どこにいかれたのでしょう……」
楓は考えた。
槌也とて、深夜にあまり出歩く姿はみせられないはずである。どこかに隠れているとしか思えなかった。
部屋を見渡してみて──押入れが目に付いた。座布団を出しているのだから、人の入れる隙間くらいはある──楓は恐る恐る戸に手をかけ──ひきあけた。
検分してみても、そこに槌也はいなかった。
「どうしましょう……」
さすがに、宿の中を探して歩き回るわけにもいかない。
いつ土御門のものに見咎められるか。
楓とて、人に見られては困るのだ。
その頃──槌也は宿直にあてがわれていた無人の部屋で寝ていた。
灯台下暗しという。
うん。呪われてるね。
こういうふうにモテても嬉しくもないだろう。
夜這い……美少女とか美女が迫ってるのにどうしてこう潤いがないかね。艶もない。色気ってなに?それおいしいの?状態。




