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鬼人伝  作者: 牧原のどか
外伝 蜘蛛草子 社の盟友
33/54

水野の三の姫 夏

「苦しゅうない。面をあげい」

 促されるまま顔を上げ、槌也は息をのんだ。

 夏姫は扇で隠すでもなく、(おもて)をさらしていたからだ。

 通常、高貴な姫は人とは御簾越しか、直接対面するときでも扇などで顔を隠す。

 にもかかわらず夏姫は顔をさらし、槌也を凝視していた。

「土御門槌也にございます。此度は国許への護衛を仰せつかり、光栄にございます」

「そなたが守之殿の弟御かの」

 人形が喋っているようだ。と、槌也は思った。

 水野家の三の姫、夏は齢十五と聞く。確かに高貴で美しくも歳相応に愛らしい容姿だが、どこか硬質の作り物めいた様子だ。

 夏は槌也の顔を大きな瞳で凝視している。むしろ槌也のほうが息苦しくなる。どうにも居心地が悪い。

 十分に検分して気が済んだのか、夏が声をかけた。

「悪くない。妾の趣味からは外れるが、なかなか見られる顔よの」

 何を言われたのか、一瞬、理解できなかった。ややあって、品定めをされたのだと思い当たり、槌也は腰が抜けるかと思った。

 お付の側近らしき女房がのけぞっているのが、視界の端にかかった。

(こっ、高貴な姫が、男の品定めなんか、すんなよっっ!)

 何を考えているのかと、言葉には出さず槌也は考えた。

 よいように考えれば、夏姫はまだ見ぬ良人の面影を、近い血筋の自分の上に見出そうとしているのだろう。

 高貴の姫に結婚相手を選ぶ権利などない。家の都合、親の都合で嫁げと言われ、従うだけだ。相手の顔を知らないことのほうが多い。だとしたら、気の毒ではある。

 兄、守之と自分はあまり似ていない。よくよく見れば、顔の作りは似てなくもないが、印象が違いすぎる。

 兄守之はおっとりとした雰囲気がある。

 違いを訂正するべきだろうか。

「この夏、天下のためとあらば、我とわが身を差し出すを厭いはせぬが、やはり相手は見目良いほうがよい」

(なんちゅう、言い草だ)

 と、槌也は声に出さず心のうちで呟いた。確かに土御門との婚姻は計略結婚ではあるが、この言われ方では兄が気の毒になる。

 しかし、なるべく好意的に解釈しようとしていた、その槌也の思いを打ち砕く言葉が、夏の紅唇より零れ落ちた。

「そなた、分かっていような。この夏は、北のご隠居の意を受けておる」

 瞬間、槌也の全身が凍りついた。

 まさかとの思いと、やりかねないとの思いが交差した。

「……意味が……わかりませぬ……北のご隠居の意とは?」

「ほう、分からぬか。それとも、分からぬふりをしておるのかの?」

 夏は優雅に扇で口元を覆った。

「……一向に」

 全身にいやな汗をかいていた。体の震えを抑えられず、ぐっと拳を握った。

 すうっと、夏の眼が細められた。

 分かっておるぞ、とその眼が言っている。

「では、そういう事にしておこうかの。されど、覚えておくがよい。このことは守之殿も承知のうえじゃ。妾も天下のためとあらば、いつでも人の道を外れる覚悟がある」

 おつきの女が取り乱して詰問する。

「ひっ、姫様、それはどういう事でございますか! 北張のご隠居様は、姫君に何をさせようとしているのでございますか!」

「戯れを」

 腸が煮えくり返る思いを抑えつつ槌也はいった。

 なんとしても、戯れにしてしまわなければならなかった。

 暗に兄嫁との不義密通を示唆されているとは、認めたくはなかったのである。

 北の隠居だけならともかく、兄嫁といい、まさか兄までが一枚噛んでいようとは!

(勝手に、人の道を外れる覚悟なんかするんじゃねえ! 生娘のくせに、不義密通を唆すなよっ! 俺の意思はどうなる!)

 どこまでも道義心を大事にする槌也であった。

「では、戯れにしておこうかの。下がってよいぞ。妾は支度をしてまいる。道中、よろしく頼むぞえ」

 槌也は答えず、ただ深く一礼した。

 そうしなければ、罵倒の限りを尽くしてしまいそうだったのだ。


 行列の支度をするために部屋を出た槌也は、庭木の枝を握り締め、心の中で罵倒した。

(恐るべし北血筋。あれで十五かよっっ!)

 手の中で枝が砕けた。太い枝だったが、槌也の握力がそれを上回った。

 槌也はもう一人の先祖帰りである小角猛流に思いを馳せた。

 現在分かっている先祖帰りは自分と小角の跡継ぎだけである。

 小角のほうは、ひと悶着あったが、すでに皇帝の姫の一人との婚儀が決まっている。

 その皇帝の姫は、北のご隠居の孫娘なのである。

 会ったことはないが、同じ北血筋なのだ。ああいう風に決まっている。

 夏姫とその姫を重ね合わせ、槌也はまだ見ぬ同胞に同情した。

(ああいうのを嫁にするってのも、災難だよな)

「槌也様、水野の姫様にご挨拶はすみましたかな」

 岡部が声をかけた。

「すんだ。仕度が終わりしだいこられる」

「どのような姫君でございました?」

 期待に目を輝かせる家臣を落胆させることは、槌也にはできなかった。

「……美しい姫だ。さすが、北張血筋の予備血統家の姫というか……」

 嘘は言っていない。

「さようでございますか」

 嬉しそうな家臣にあえて水をさすようなことをするものではないかと槌也は思った。

 どうせ分かるものには、すぐに分かるし、国勤めのものは三年たてば顔をあわせることも無くなるのだ。

 槌也はあえて沈黙した。


「姫様! 先程の言葉は、何事でございますか! 北のご隠居様は、姫に何をさせようというのですか!」

 悲鳴のような詰問に夏は足を止めた。忠実なる側近の顔を眺めて、得心言ったように呟いた。

「悪くない。楓、そなた中々の器量よの」

「戯れを」

「戯れではない。楓、そなた御開祖様血筋の姫の役目を知っておるか?」

 はっと楓は息を飲んだ。

「それは……各大名や譜代様との縁を結び、皇帝様の世を平らかにするという……」

「それは表向きよの。真の役割は、肌身をもって、この世に災いを為すものを鎮めるが役割じゃ。初代様の姫を与えられしは、(つわもの)(あやかし)じゃ。知っておろう。この夏は、蜘蛛を任せられたのじゃ。このような大役、まこと誉よの」

「……肌身……災い……蜘蛛とは、土御門様のことでございますか? そのような御伽噺はございますが……」

 楓は混乱していた。夏姫の言葉の半分も理解できなかった。

「御伽噺が真実(まこと)ではおかしいか?」

「ひ、姫様……ご乱心を……」

「これ、楓。乱心ではない。覚えておくがよい。初代様は真に妖怪変化を人に変える神通力を持っておられたのじゃ。伝えられておる通り、大名や譜代の中には先祖が妖怪だったものが数多い。小角や土御門のようにそうと言い伝えておる者もあらば、忘れておる輩も多いのじゃ。我ら予備血統家の者すら伝えられておらぬ者もおる。我が水野は古き家ゆえ伝えておるがの」

 夏の瞳は熱を帯びていたが、乱心しているもののそれではなかった。

「初代様の神通力とて代を重ねれば薄れてゆく。それを補うのが、我ら開祖様の血を引く姫よ。初代様の血を引くものは、その神通力を引き継ぐが、初代様のように思い通りに使えるわけではない。血肉に宿っておる。そこはそれ、人の血が入っておるからの。使おうと思えば、血肉を喰らわせるのか、あるいは情を通じるしかないのじゃ。妖に嫁ぎ、その血を押さえ込むが、我らが使命。世は大平というが、それを支えるは我らが女子よ」

 楓は愕然とした。

「土御門はの、今〝先祖帰り〟がおる。先祖と同じく妖の力を持つものじゃ。それを鎮めなければならぬ」

 楓はこの婚儀が決められた訳を知った。

「守之様のことで……ございますか」

「いや、槌也殿じゃ」

 衝撃のあまり楓はよろめいた。

「今、先祖帰りは小角の若君と、土御門の槌也殿だけじゃ。小角の方は皇帝が息女、葉月様が任されておる。二人しかおらぬ先祖帰りを任せてくださるとは、皇家の姫君と同列にするは恐れ多いが、北のご隠居様はこの夏を高く買ってくださる。まこと光栄じゃの」

 夏姫は喉をそらして笑った。

「姫様! 姫様は守之様に嫁がれるのでございます! 槌也殿は守之様の弟君ではございませぬか! それでは──あまりに」

 守之と槌也、兄弟二人と通じるというのか、それでは人の道に反すると、楓は衝撃のあまり卒倒しそうになった。守之も承知のうえとは、あまりにも酷い。

(あんまりでございます! 姫様に人の道を踏み外せとおっしゃるのですか、お怨みします、北のご隠居様!)

 忠義者の楓にとっては、身悶えするほどの苦しみだった。

「では、楓ががんばってみるかえ?」

「姫様?」

「北のご隠居の策は二段備えじゃ。妾でなくば、楓じゃ」

「姫様、なにを」

「まあ、槌也殿もなかなか見目良いし、楓も藩主の舎弟の手つきとあらば、出世じゃ」

「なぜわたくしが!」

 夏姫は笑いを止め、すっと扇で楓をさした。

「妾がそなたの生い立ちを知らぬと思うてか、楓」

 楓はよろめいた。

「長田の殿が腰元に生ませた子であろう。御正室をはばかり、我が父が預かった。公には認められなくとも、そなたには予備血統家の血が流れておる。その勤め、努々忘れてはならぬぞえ」

 楓は予備血統家の長田家の当主が腰元に手をつけて生ませた子である。生母の身分が高くなく、また女子であったため、当主の子だと認められていない。

 正室の勘気を恐れた長田の当主は、水野の当主に預けた。身分を認められていない楓は夏姫の側近に取り立てられ、それなりに身を立てていた。

「そなたのように公には認められていないものも使い道があるものよの。北のご隠居のお力をもってしても、妾とそなたの二人しか都合がつかぬ。妾に人の道を踏み外させたくなくば、槌也殿と契ってみせよ。一度でよいのじゃ。一度契れば、心までは妖怪変化にはならぬ」

 へたりと楓が座り込んだ。

「……ひ……姫様」

「無理強いはせぬ。そなたが嫌とあらば妾がやるだけじゃ。妾はどちらでもよい」

 誇らしげに胸を張る夏姫は、機会があれば本当にやるだろう。初代より引き継いだ神通力を誇りにしている。こうと決めたらびくともしない、まさに北張血筋の夏姫を知り尽くしているだけに、楓は絶望した。

 寄る辺のない自分を拾い上げてくれた、大恩ある水野の姫君に、そのようなことはさせられない。

「ひ、姫様にそのようなことは、させられませぬ。この楓、姫様のためならば、操も捨てましょうほどに!」

 涙をこぼしながら楓は訴えた。

「楓……そなたの忠義は嬉しいが、相手のあること故、それほどあからさまにするでない。槌也殿はどうやら道義を大事にするもののようじゃ。人ではないというのにの」

 夏姫は喉を鳴らして笑った。

「三年弱、機会はそれだけじゃ。その間に契らねばならぬ。皇都に戻らねばならぬからの。妾も機会あれば当たる。どちらが先に槌也殿をその気にさせるか、競争じゃの。ゆっくりしておれる(とき)はない」

 初代から受け継いだ神通力にかけて、役目を果たそうとする夏姫と、その夏姫を大事に思うが故に自らを犠牲にする覚悟を決めた楓。二人の女が勝手に自分の将来を決めようとしていることを槌也は毛ほども知らなかった。

 この数刻後、水野家の夏姫とその側近──輿入れ後、夏姫について土御門に移る予定の家臣、女中など──と、土御門からの護衛は合流し、土御門の領地を目指して皇都を出た。

これで十五。恐るべし北血筋。こえ~よ。

あ~でも葉月とはあんまり……二人は又従姉妹ぐらいになるのかね?


こういう理由でモテてうれしいだろうか?

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