表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼人伝  作者: 牧原のどか
外伝 蜘蛛草子 社の盟友
31/54

うごめくもの

 日和は上々。爽やかな風が快く、岡部の心も浮き立っていた。

 土御門の領地は通称火の那と呼ばれている。皇都より南にあり、比較的暖かな所だ。

 山が多く緑が深い。大地も肥沃で、比較的裕福な土地柄である。

 山からは良質の木材がとれる。これらは川を利用して里まで下ろされる。海はないものの領地内から岩塩が取れる。

 そこを有する土御門は、建国話に出てくるような古い家柄で、建国話を信じれば、土蜘蛛の子孫ということになる。

──この地は妖の気配の濃い土地也。未来永劫、子々孫々まで、この地を守護し、人を守れ。されば人の心と姿を与えん──建国話に出てくる有名な一説である。

 土御門の先祖が初代と交わしたという契約により、国替えも領地没収も免れている。

 杜と呼ばれる代々の『お狩場』があり、その杜に入れるのは許しを得たものだけである。

 土御門は六、七代おきに予備血統家、あるいは皇家の姫を貰うという、皇帝の憶えめでたき名門であった。

 二年前、当主守繁死去の後、嫡男守之が当主となった。

 守繁とは違い、清廉潔白。たとえ家臣から強く側室をすすめられても女を近づけない守之ではあるが、(しゅう)(どう)の気はない。側室を持たないのは父の所業に頭を痛めたせいだ。

 なにせ、村娘、武家娘、人妻と、美形であれば手当たり次第、相手のことも考えず手を出す人であったのだ。

 一度など、祝言の決まっている娘に手を出し、祝言をぶち壊してしまった。娘は悲嘆のあまり自害したという。

 守之が二十二になって一人身なのは、先代が回りのことに興味がなく、嫁取りの根回しをしなかったせいだ。

 本来ならば、生まれたときから鵜の目鷹の目で相手を物色するのが普通だ。お家の存続が何よりも大事な武家ならば。

 土御門ともなれば、つりあう家柄は少ない。そういう家は早くから相手を決めてしまう場合が多く、中々良縁に恵まれなかった。

 その守之がやっと正室を持とうというのだ。その姫君は予備血統家の姫、家臣一同が熱狂するのも無理はない。

 守之のたった一人の舎弟を筆頭に、国許でも名門でその実直さを慕われている岡部(おかべ)(まご)兵衛(べえ)など、そうそうたる顔ぶれで皇都まで迎えにいくのであった。

 皇都勤めの者をまわすほうが、日程が短くて澄むのだが、藩邸が手薄になるという理由から国許のものが選ばれた。中には一度も土御門の領地を出たことのないものもいる。

 岡部もその一人であった。

 荷物の検分が続いているが、以前から用意させていたものだ。形式にすぎない。

「岡部殿」

「おお、これは柿崎様」

 岡部は筆頭家老に頭を下げた。

「今日はまた、よい日和で、めでたき日にふさわしいのう」

「さよう。この岡部孫兵衛、大役を仰せつかり、光栄でございますれば、滅私の覚悟でやり遂げる所存」

 岡部は当主となった守之を敬愛している。

 守之は国許の急激な変化を好まず、まず筆頭家老との友好な関係を築くべく、国向きの事は任せて、今までのやり方を聞き取ることからはじめた。

 そうして国許の実体を把握してから、改めるべき所は改め、変えるべきではないところはそのままにした。

 気がつけば、いつの間にか掌握されていた。そんな風に国許も皇都の藩邸も我が物とした。

 波風の立つ暇もない。見事な手腕だった。

 まだ年は若いが、賢君といえよう。

「なにより、なにより。予定に変更などありましたかな?」

「昨日、お伝えしたとおりにて。されど、天気の具合もありますので、これから先かわるやもしれませぬ」

「岡部殿のこと、首尾よくやり遂げられると、信じておりますぞ」

 ねぎらいの言葉をかけられ、岡部の胸が熱くなった。なにがなんでも、御正室となられる姫を迎えにいかねばと、使命感に燃えていた。

 多忙の家老が帰った後、早川が報告に来た。

「槌也様が参られました」

「うむ、荷物の確認も終わったの。そろそろ刻限じゃ」


 いつの世にも密かなる企み事とは存在するものだ。その根底には不満がある。様々に形を変え、強さにも差があるが、時にそれは人の道理を見誤らせる。

 柚月は膝を折り、親とも主とも仰ぐ人の言葉を待った。

 頭巾の向こうからくぐもった声がした。

「土御門守之は、水野の三の姫、夏との婚儀を決めた。これが何を意味するか分かるな、柚月」

「はい。土御門がより強く皇家と結ばれるということです」

「土御門の地盤がより強固になる。わしがそれを喜んでいると思うか」

「……いえ。由々しき事態と」

 政情の混乱。それこそがこちらの付け入る隙となる。

「分かっておるなら、おまえはなぜわしの言いつけを聞かなかった?」

 柚月は顔を上げた。言うべき事は言わなければならない。

 御落胤によるお家騒動による混乱、それを招くために柚月は土御門槌也を仲間に引き入れる役を仰せつかった。むろん使うだけ使って、頃合を見て切り捨てるつもりだったが、本人に会い、その案を断念した。

「お恐れながら、天主様、かの者は味方にはできません! あのような腐った者を引き入れては、騒ぎを起こすだけです」

「柚月よ。そなたわしに意見するか」

 びくっと柚月が体を振るわせた。

「天主様」

「まあ、それは後でよい。今はこの婚姻を防ぐ」

「どのように……」

「水野家の夏姫はご恩情により、火の邦への物見遊山へ出かける」

「それは、土御門の領地へでございますか」

 天主は頷いた。

「妻子は皇都に置くという御定法に真っ向から逆らった思い上がりだが、皇帝の肝いりではな。しかし、それならばこちらもやりやすい」

「水野の姫の御命を……」

 柚月は息を飲んだ。相手は予備血統家のなかでも由緒正しき家である。

「護衛には土御門からも人をやるそうじゃ。彼の土御門槌也もその大役を任されておる。もし、姫にまさかの事あらば……」

「土御門槌也もただではすみますまい。兄弟の仲にも亀裂が……」

 水野の夏姫に何事かあれば護衛にその咎がいく。命を落とせばもちろんのこと、怪我だけであっても、最悪、死を賜ることになる。そうでなくとも、何らかの罰は受ける。

 そうなれば槌也も兄守之を恨むだろう。

「行列は今日出た。ここに戻ってくるには二十日はかかる。襲うは帰り道、夏姫が加わってからじゃ。それまでに国許の方の細工を終わらせておくがいい」

「はい。天主様」

悪巧み進行中。色んなのが……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ