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鬼人伝  作者: 牧原のどか
外伝 蜘蛛草子 社の盟友
29/54

土御門槌也という御落胤

 その日、岡部(おかべ)(まご)兵衛(べえ)は緊張と興奮で体をいっぱいにしていた。

 岡部の主である土御門守之が正室を持とうというのだ。その姫君は予備血統家の姫。皇帝の温情で姫君は土御門の領地に参られる。岡部はその迎えの一人に選ばれたのだ。なんと、光栄であることか。

 雪のように真っ白な髪と口ひげを持つ初老の岡部はしきりに口ひげをいじった。

「このようなお役目を任されるとは、ほんに名誉じゃな、幸太郎(こうたろう)

「はい。真に誉れと存じます。ですが小父上、幼名で呼ばないでください」

 朴訥(ぼくとつ)を絵に描いたような巨漢早川芳幸は岡部の遠い親戚にあたる。早川にとって武芸の師匠でもある岡部は、いつまでも頭の上がらない相手だ。

 道中の護衛ということで、何人もの腕利きが選ばれたが、早川は特に幼少のころから岡部が直々に、しごきにしごいた愛弟子だ。

 護衛の中でも随一の腕前であろう。

「ですが、大変なお役目でもありますな。あの、槌也様もおられる」

「むう、守之様の唯一の御舎弟ゆえのう」

 早川の言葉に岡部も眉をひそめた。

「悪い噂しかききませぬ。曰く、両刀でお気に入りのお稚児さんと暮らしながら、気が向けば領地内で若い娘に狼藉を働く。曰く、酒を浴びるように呑み、酔っては乱暴を働く。料金は踏み倒し、領民を泣かせている。などなど、一々あげればきりがありませぬ」

「むう、先代様を思い出すのう……」

 先代守繁(もりしげ)は、現役のころから国許のことは一部家臣にまかせっきりで、遊び歩いていた。

 皇都にあって、藩邸を取り仕切っていたのは嫡男守之であり、守繁は名ばかりの当主であった。

 守繁という男は好色で、何人もの側室を抱えるばかりか、領地にあっては度々目に付いた娘に手をつけている。

 跡取りである守之は父守繁の所業に眉をひそめていたという。

 このような当主を抱えながら、土御門がびくともしなかったのは、家臣と跡取りがしっかりしていたのと、大大名という家柄のおかげである。

「血のせいかのう」

 ところで──この土御門槌也という男、三年ほど前に振ってわいたような御落胤である。

 見つかってすぐ土御門に受け入れられたものの、『お狩場』にこもってめったに出てこない。

 おかげでその人となりは、悪い噂は多々あるものの、誰も知らない。

 しかし耳にする噂は前当主を思い起こさせる。それ故に、誰もがそうと思い込んだ。

「姫様に無礼があってはいけませぬ」

「うむ、いざというときは、この孫兵衛、命をかけてお諌めせねば」

 すでに槌也が行くことは決定事項であった。いちおう、責任者ということになってはいるが、実質は岡部孫兵衛が仕切ることになる。

 すでに迎えの人間も決まり、道筋や宿の手配もすんでいる。それらの手配は岡部が済ませた。槌也はついていくだけだ。

 槌也とは今日始めて顔をあわせ、迎えの道中の打ち合わせをすることになっている。岡部も早川も、槌也と顔をあわせるのは初めてだ。

「槌也様が参られます」

「うむ、お通しいたせ」

 障子の向こうから声がかけられ、部屋にいた一同は居住まいを正した。

 障子が開けられ、はいってきた若者に、岡部は瞠目した。

 浅黒い肌に、墨を刷いたような黒い髪、大柄な体躯。髪を短くしているのが妙といえば妙だが、事前に噂を聞いていなければ、たいそうな偉丈夫と思ったことだろう。

「初にお目にかかる、土御門槌也と申します。岡部殿の噂は常々耳にしておりました」

 槌也が殊勝に頭を下げた。

「初にお目にかかりまする、岡部孫兵衛。これなるは、一族の者で早川芳幸と申します」

 形式的な挨拶が交わされ、槌也は薦められるままに上座に着いた。

 その様子に岡部と早川は瞠目した。

 続いて岡部と早川も自らの席に着いたのだが、一瞬、槌也の目が鋭くなった。

 ある程度の武芸を習得したものならば、普段の動作にも無意識にその動作が出る。目配り、足運び、体さばき、それを見るだけで相手の力量が少しはわかる。

 歩いて座る、それだけの動作に互いに感じるものがあった。

(できる……)

 互いにそれだけは心に留めた。

「では、道中の打ち合わせをいたします」

 岡部は地図を広げた。

「まずは、行きですが、これはなるべく速くお迎えに行かねば御無礼と思い少々きつい道のりになりますが──」

 いちおうの予定が説明された。かいつまんで言えば、行きは急ぎの険しい道を進み、帝都で水野の姫御一行と合流。帰りは日数はかかるが女足にも優しい緩やかな道を行くということだ。

 ここまで槌也は異を唱えず大人しく聞いていた。

「天気しだいですが、予定はこうなっておりまする。ここまではよろしゅうございますか?」

「ごもっともかと」

 槌也が鷹揚に頷いた。

「槌也様には道中、宿直(とのい)がつきますので──」

「宿直? なんの戯言ですかな?」

「戯言ではござりませぬ。槌也様は殿のたった一人の弟君、もしもの事あらば、なんといたしまする」

 槌也は顔をしかめた。

「この槌也は、姫君の護衛。護衛に護衛がつくなど、聞いたこともありませぬな。無用に願います」

「しかし、ですな──」

「無用」

 槌也は譲らなかった。

 その後、岡部がなんと言おうと頑として護衛がつくのだけは許さなかった。

「続いては道中の槌也様の馬のことですが──」

「馬には乗らない」

「は?」

 槌也が顔をゆがめた。

「乗れない」

 槌也が下級武士の出だということを岡部は失念していた。いまどきの下級武士なら馬術を習わずにきていても不思議ではない。

「これは、馬術は不得手でございますか。では、一番大人しい馬を用意いたします。だれぞにひいてもらえば──」

「いや。馬とは相性が悪くて、近寄るだけで逃げ出す。無理だろう」

「そのようなことはございますまい。何事も試してみなければ。明日、大人しい馬をそろえておきますので、おためしを」

「──無理だと思うが、それで納得するのならば」

 その点を除いてはほぼ合意が得られ、最初の打ち合わせは終わった。

 槌也は挨拶を済ませ、部屋を出た。槌也とすれ違ったとき、岡部はわずかな血臭を嗅ぎ取った。

 岡部は思わず槌也の後姿を見送った。

 姿といい足運びといい、かなりの使い手と見たが、噂どおり血の臭いが染み付くような生活をしているらしい。

 岡部は内心がっかりした。

(よき若者に見えるというのに、なんとも残念じゃな)

他の人から見た槌也です。これは完全に濡れ衣。前当主のイメージがそのままかぶせられています。

正体不明なんで父がああだから、似ているんじゃないかという勘繰りが『~に違いない』『~なんだ』というふうに断定されちゃっているわけです。

ついでに噂をあおる人達もいたりします。

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