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鬼人伝  作者: 牧原のどか
外伝 蜘蛛草子 社の盟友
28/54

事情それぞれ

「それで怒っておいででしたか」

 風丸は膳を設えながら溜息をついた。

 杜の庵には人がいない。その質素さは噂を鵜呑みにしたものが見れば驚くだろう。風丸ひとりがついて槌也の身の回りの世話をしている。

 槌也が相談できるのも風丸一人だ。

「小角から人がきたら、すぐに水野の家まで迎えに行かなきゃならねえ。他の随身(ずいしん)はもう選抜済みだとさ。そっちからは、何も言ってこなかったか?」

「若の代わりのものが参るという連絡は受けました。四日程で参ります」

 小角は言葉を使わず、どれほど離れていても心と心で会話する〝心話(しんわ)〟という力がある。

「えらくかかるじゃねえか。おまえみたいな技は使えないのか?」

「連絡は〝心話〟で一瞬ですが、他人を連れて〝()べる〟〝舞人(まいびと)〟は、小角にもそれ程いません。歩いてまいります」

「なんにしろ、大掛かりなことさ」

 槌也は食事を始めた。

 実は四日というのは、かなり早い。健脚のものが来るのだろう。皇都から土御門の治める地までは、ふつう八日ほどかかる。

 姫を迎えにいくのに相応しい行列をしつらえ女足にあわせるとなれば十日はいる。それを考えても、少なくとも水野家につくのは半月も先だ。そこから折り返し、戻るとなると、帰り着くのには一月弱かかることになる。

 その間姫の安全と健康に気をつけなければならない。考えるだけで荷が重い。

 槌也はできれば人の中にいたくない。杜の中には人はおらず、何よりもいざというときは風丸がいる。だからこそ安心していられる。しかし道中では風丸はいない。杜に残って代役の手伝いをすることになっている。風丸がいないとなれば、まさかのときの抑え役がいなくなる。

 一番の危険は、槌也自身だ。

 何よりも透けて見える企みが気にくわない。

「裏が見え見えじゃねえか。警護が薄くなれば、俺が何かすると思い込んでねえか?」

「……それだけ、恐れておられるのでしょう。〝先祖帰り〟は、若と、本家の若君だけですゆえ……策にのるつもりは?」

「殴るぞ」

「でしたら、何も問題はございません。ようは若がしっかりしていれば何事も起きません。策は不発でございましょう。まさか、密通しろなどと誰が言えます?」

「……そうだがよ」

「お怒りは分かりますが、それだけ若の〝先祖帰り〟を恐れてのこと。なんとしても抑えたいと思うのは、北のご隠居だけではありますまい。かといって──」

「──部屋住みに皇帝血筋を降嫁させるわけにもいかない。そこら辺は、おまえんとこの若さんより問題だな」

 槌也が藩主、もしくは跡継ぎであれば、血の濃い予備血統家の姫を与えればそれですむ。しかし、落胤の部屋住み次男となれば、姫を与えようにも他の大名から抗議が来ることは必至。それゆえの非常の策である。それは分かる。分かるが──あまりにも酷すぎる。

 このたびの事も大名の非難をかわすため、夏姫は嫁入り前の物見遊山に来ることになっているのだ。

 小角の〝鬼降ろし〟の若には、皇帝の娘が許嫁(いいなずけ)と言う名目であてがわれている。この姫の実母が、北の隠居の実娘で、北の隠居は皇帝の舅ということになる。

 槌也は会ったこともないが、非情の策を練る策士という噂だ。

「それよりも、若の代りともなれば小角の中にもそれほどいませんよ。そちらの方が心配です」

「いるだろ。例の……あいつとか」

 ふと、槌也の脳裏に〝鬼降ろし〟の若をのぞけば小角最強と思われる二人の鬼人の顔が浮かんだ。

 風丸がきりりと袖を噛んだ。

「あちらの方は、若の御付きで忙しいかと……それに……あの方と二人になるのは──わたくしがつらいのですが」

「──そうか、初恋の相手だったな」

 槌也は鳥肌を立てた。風丸は横を向き、そっと涙をぬぐった。

「──どうしてわたくしが懸想(けそう)する相手は、男色に興味がない人ばかりなのでしょう」

 数年も二人きりでいれば雑談くらいはする。気安くなれば身の上話もするし、何かの拍子に人には言えない秘密を打ち明けたりもする。おかげで槌也は三弥の身の上について、かなり詳しくなっていた。逆もまたしかり。

 そのうち風丸が槌也に情が移ったらしい。

「あいつに、剣鬼のあれ、それに俺か。似ているような、いないような……」

「あなた様が同族で、男同士でも身を固められるのなら、わたくしはいくらでも協力いたしますのに……」

 槌也は茶碗を取り落とした。

「……やめろ、飯が食えなくなる……」

 男同士では身を固められない事に槌也は感謝した。槌也に男色の気はない。それはもう、きっぱりと。男の求愛など、身の毛がよだつ。全身の血が凍る。

 小角にも御開祖様の血は流れているが、人外の血が混じると、身を固める効果は同族にしか効かなくなる。そうでなければ、鬼の嫁を押し付けられたかもしれない。

 もっとも、蜘蛛と鬼の血が混じると何が起こるのか、槌也にもわからない。それほどの危険はさすがに誰も冒さないだろう。

改稿してません。いずれ直します。

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