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鬼人伝  作者: 牧原のどか
外伝 蜘蛛草子 社の盟友
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杜の守護者

今回から主人公は土御門槌也となります。

 それはあまりにも醜悪な代物だった。さまざまな生き物が組み合わさり(うごめ)いている。獣の毛皮。鱗。羽毛。いくつもの(あぎと)(くちばし)。何対もの目。肉食獣のそれやら、鳥の目やら、蛇の目。

 槌也(つちや)は舌打ちした。

「融合すりゃあ、強くなるってモンでもねえだろうに、見苦しいんだよ!」

 愛刀夜叉(やしゃ)(まる)を振るい、鋭い爪を生やした脚の一本を切断する。

 痛みを共有したのか、全ての口が絶叫する。槌也は駆けて高く跳躍する。その高さは尋常ではない。何よりも、地面に脚をつけず、空に止まる。まるで足場があるかのようにさらに高みに駆けあがり、上空から切りつける。

 ざくりと大きく切り裂き、槌也はそのまま落下せずに、横に引かれるように滑空した。

「ここは俺の縄張りだぁ、好き勝手はやらせねえ。ここに出たことを後悔しやがれ」

 繰り出される攻撃を身軽にかわし、ざくざくと相手を切り刻みながら、槌也は舌打ちした。相手は大して強くはない。ただ、いくつもの魔が融合しただけに、大きさとしぶとさだけが厄介だった。

「弱い! それでも物の怪かよ! 人間のほうが、よっぽど手ごたえがあったぜ!」

 血と肉をぶちまけつつ、槌也は吼えた。

 己が作り出した血の海の中で、満たされぬ何かに憤っていた。


 辺りを己の血と肉片で地獄絵図に変えた物の怪の息の根がとまると、槌也はやっと切り刻むのをやめた。原型が分からぬほど細かく切り刻んだのは、命をいくつも抱えていたため、細かくしなければ仕留められなかったのだが、仕留めたという満足感はない。

 血刀を一振りし血を払う。

「腕が……鈍っちまいそうだぜ」

 脳裏に浮かぶのは二人の男だ。おそらくは最強の鬼の一人と、自分と互角に殺しあった剣鬼。強い相手と試合たいと思うのは、業だろうか。勝てないことは分かっている。死ん(それ)でも本望(イイ)かなと思ってしまうが、役目を放り出すわけにはいかない。

「援護しなくても、よろしかったでしょうか」

 涼やかな微笑を浮かべ、尋ねてくるのは相方だ。森に不似合いな小袖姿が妙に似合う。

「かまわねえよ。図体ばかりでかい、小物だ。これくらい一人でやらせろよ」

 かけられた声にぞんざいな答えを返し、あらためて血まみれの肉片に目をやった。辺りに漂うきつい血臭に眉をひそめ、口元を覆った。その唇が微かに震える。

「要りますか?」

「……よこせ」

 相方は妙な笑みを浮かべ襟を開こうとして──槌也は鬼の形相でとめた。

「馬鹿野郎。手ぇ、出せ!」

「わたくしはかまいませんのに」

「俺が、か・ま・う」

「何故ですか」

「気色悪いだろうが!」

 相方──(かぜ)(まる)三弥(さんや)はしぶしぶ手を出し、槌也は嫌そうに手をとった。

男色(これ)さえ、男色(これ)さえなけりゃあ、悪い奴じゃねえのにっっ!)


──この地は妖の気配の濃い土地也。未来永劫、子々孫々まで、この地を守護し、人を守れ。されば人の心と姿を与えん──土蜘蛛の段より抜粋。

 かつて、天下は魑魅魍魎(ちみもうりょう)の支配する世であったという。それを(うれ)いた天は、天下を統一することになる初代様を降臨させた。

 天より降臨したが故に初代様は名を持たず、数々の不思議な力を振るえたという。初代様は魑魅魍魎と戦いこれを鎮め、治世を築いた。

 これにより初代様は御開祖様と呼ばれることになる。

 御開祖様は人と交わり幾人かの子を得た。そのうちの男子四人が皇帝と葵御三家の始まりである。

 開祖様には四人の息子があった。長男を次の皇帝と定め、残りの三人の息子には(あおい)の姓を与え、西州(にししゅう)南戸(なんど)北張(きたはり)の地に封じられた。

それぞれ西州葵、南戸葵、北張葵と称されている。開祖の血を引く者は多いが、葵を名乗れるのはこの三家のみであり、残りはどんなに近しい間柄であっても、予備血統家と呼ばれる大名となる。

 この三家と皇帝は現在に至るまで、友好関係を保つため複雑な婚姻関係を築き、血の近さを維持している。

 御開祖様は魑魅魍魎どもをすべて滅ぼしたのではなく、その血に宿る神通力で魑魅魍魎を人へと変え家来とした。言い伝えが正しければ、譜代や大名の多くは妖怪の先祖を持つことになる。

 これが世に広められている建国話(けんこくばなし)ではあるが、真実はもうひとつある。

 妖怪の姿を変えた神通力が、代を重ねるごとに効力を減らし、先祖帰りを起こした妖怪が生まれること。御開祖様は自らの国を結界で包み、外からの魔の進入を防いだ。しかし、結界の結び目ともいうべき弱い部分があり、放っておけば魑魅魍魎が再び徘徊する世の中になる事。

 それらは注意深く隠されている。

 土御門(つちみかど)の家は代々、その結び目のひとつである(もり)を守護する任を、御開祖様より仰せつかっている。土御門の家にその能力を持つものがいない場合、小角(おづの)の家から代行が使わされる。槌也は土御門の血に連なるものであり、風丸はその補佐として小角から来たものだ。

 小角の役目は結界の守護と、もうひとつ。悪しき先祖帰りを狩ることだ。


 数刻後、槌也は口元を手の甲でぬぐった。

「落ち着かれましたか?」

 風丸は軽く手をさする。

「ああ、おさまった」

「小物、とか、言っておられませんでしたか?」

「馬鹿野郎。においのせいだ。この程度の相手で、本気になるかよ」

「帰りますか?」

「……そうだな……網にかかってねえし……そろそろ」

 弾かれるように槌也が顔を上げた。くんっと、空のにおいを嗅ぐ。その瞳が赤く染まり、ある一点を凝視する。

「侵入者ですか?」

「外からだ。人間……だな。『お狩場(かりば)』だと知らないのか?」

 (もり)と関係者が称す森は、『お狩場』として許されたもの以外の立ち入りを禁止してある。

 槌也はいちど目を閉じる。再び開いたとき、その瞳は元の黒に戻っていた。

「鬼、杜の入り口まで運べや」

「はい」

 とん、と風丸が軽く脚を鳴らし──そして一陣の風が吹き──一瞬後、その場に二人の姿はなかった。

風丸(こいつ)さえ、こいつさえいなければ、ボーイズラブいりませんでした!!

というわけで、新主人公は槌也くんです。どーぞよろしく。

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