顛末
上のかたがたの論議など知らず、小角では葉月の床払いが行われていた。
「ようございました。姫様がお倒れになったときは、この小春、どうしたものかと……ああ、水芝などの招待を受けるのではございませんでした。まさか、姫様の身に、このような事が起きようとは」
涙ながらに、小春が訴えた。
「うーん、なーんか、患っていた気がしないのよね。記憶がはっきりしないから、そうだったのかも知れないと思うけど」
「快癒されて、よろしゅうございました。水芝などは、疫神が暴れまわった由。人死にや、気の触れた者もいるとか」
いけしゃあしゃあと、その疫神本人の一人が言う。
「……さよう……」
難しい顔で、やはり疫神その二が言う。こういうときほど、千騎の面の皮を羨ましいと思うことはない。
「そ、そうですね」
ご本尊は視線を泳がせた。
「もう、全然、なんともないのよ。ああそうね、夢を……見たような気がするわ」
「どのような?」
「奇麗な女の人が出てきたわ。顔は……思い出せないんだけど……そのとき、猛流にそっくりだって思ったの」
「ぼくに……ですか」
葉月はしみじみと猛流の顔を眺めた。
「うん。前々から思ってたけど、猛流が女の人なら、すっごく奇麗でしょうね」
「……うれしくありません……」
ちょっと、悲しい猛流だった。たとえそれが褒め言葉でも罵りでもなく、ただの真実だったとしても。
許婚に、女にしたら奇麗だと言われて、喜ぶ男がどこにいるというのだ。
千騎が苦笑した。
「奇麗でしょう。若は母君にそっくりですから、若を女の人にしたら母君ですよ」
猛流の母である華菜の噂は、葉月も聞いていた。美男美女ぞろいの小角の中でも、絶世の美女だそうだ。猛流をみれば、誰でも納得するだろう。
「猛流の母君? 一度会って見たいものね。ああ、それで、あんな夢を見たのかしら」
「夢でしょう。熱にうなされたのですな」
ここで葉月は首をかしげた。
「どんな病だったのかしら」
「さ、さあ? それよりも、なにかして欲しいことなど、ございませぬか? 多少のことなら、五藤も許します」
五藤は話をそらそうとした。
「そうだ、五藤、前に投げ技のこつを教えてくれたでしょ。今度は止めのさしかたまで教えて」
「はあ、よろしゅうございますが?」
「おやめください! 姫に何を教えるのですか! ああ、そのようなことを教えるから!」
小春が絶叫した。
あっさりと了承した五藤に、めずらしく千騎が食ってかかった。
「『姫』に、『無手』の『組み打ち』を教えるな! それくらいなら、舞いでも教えろ!」
「なにを言う! 姫に、男舞など、教えられるか!」
千騎と五藤は、互いを常識を知らないと、言い争った。千騎が五藤を、常識がないと罵る日がこようとは。
「組み打ちはよくて、男舞はよくないと言うのか? 組み打ちを教えるくらいなら、懐剣の使い方の方がましよ」
「できるか! 小太刀ならまだしも、懐剣なんぞ、使わんわっ! それに、組み打ちは無手になったとき、非常に有効なのだぞ」
「そういう問題ではない!」
「なにが、問題だというのだ!」
猛流は首をかしげた。
「どうして教えて欲しいんですか?」
「んっと、止め差したいくらいの、馬鹿にあったの」
うっと、千騎と五藤は唸って、一時喧嘩を中断した。二人と小春は同時に同じことを考えた。我らが姫は、なにゆえここまで雄々しいのだろうかと。
「……誰に止めをさすんですか?」
「えっと、誰だったかしら……」
「小角の者ではないでしょうね」
「違う……と、思う。誰だったかしら、思い出せないわ。変ねえ」
葉月はしきりに首をかしげた。どうも、記憶があいまいだ。
「でも、駄目ですよ」
めずらしくきっぱりと言い切る猛流だった。猛流が葉月を諌めるなど、なかったことである。千騎と五藤は我が耳を疑った。
「どうしてよ」
葉月はむくれた。
「鬼神流は血統お止め流ですから。姫に教えるわけにはまいりません」
「おお」
ぽんっと五藤が手を打った。
「そうでございました。よくぞ、言ってくださいました」
「ずっるーい。いいじゃない、教えてよ」
「姫、これはこの五藤が、悪うございました。鬼神流は教えられません」
「ああっ酷いっっ! ずるい! あたしが不埒者に襲われたら、どうするのよ!」
「姫、生兵法はケガのもとですぞ」
「だから、ちゃんと極めるまで、教えて欲しいの!」
「血統お止め流ゆえ、ご容赦ください」
「姫様! 良家の姫が組み打ちなどをぉぉ!」
小春が、多いに嘆いた。
「大丈夫ですよ」
猛流がにっこり笑った。
「どうしてよ」
おおいにむくれて、葉月がたずねた。
「葉月さんは、ぼくがお守りいたします。そのような輩は、ぼくが成敗いたしましょう。指一本、葉月さんには触れさせません」
猛流があまり晴れやかに言うので、葉月は頬に血を上らせた。その顔を見られたくなくて、思わず背を向けた。
「期待してないけど、そうしてね」
「はい」
猛流は晴れやかにほほ笑んだ。もちろん、生涯誓いを守り続けるつもりだった。
ツンツンデレデレ、ツンデ~レ(違
一応口説いてます。でも無意識です。次は意識して口説こうな猛流。
次からは主人公が変わります。