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鬼人伝  作者: 牧原のどか
血の誓約
19/54

謀略の代償

 にわかに騒がしくなり、胤家は小角が動いたものと直感した。なにしろ使者に立てた男が帰ってこないのだ。皇都で戦を仕掛けるはずはないが、手の者を忍び込ませることくらいはあるだろう。

「騙せなんだか。まあいい、屋敷に無断で入り込むのは、賊じゃ。討っても文句を言われる筋合いはない」

「大殿! 大殿!」

 家来の一人が、酷く慌てたようすで、部屋に転がり込んできた。

「小角が動いたか。相手は何人じゃ」

「違いまする! あれは、あれは鬼でございます! 人ではございませぬうぅぅ! お逃げください!」

「なにい! なにを、世迷い言を申しておる! 鬼じゃと? 小角が鬼の子孫と言われておるのは、作り事じゃ! 講談の聞きすぎじゃ!」

 別の者が部屋に駆け込んできた。

「大殿! あやかしにございます! あやかしが屋敷にぃぃぃ!」

「ええい! こんどはなんじゃ!」

「み、見上げるような大男にございます。矢も刀もききませぬ。豆腐か紙のように人を斬り、行く手を遮るものを、幻のように擦り抜けまする! それも、二人も! ともに、講談に出てきそうな美丈夫で──」

「ええい! どいつもこいつも! 鬼神の段など、わしも聞いておるわ! 小角を恐がるあまり、見違えたのであろう!」

 胤家は激高し、家来を叱り飛ばした。

「違いまする! あれは、我が体を通り抜けました! 気が付いたときには、若の首を、ひいっ思い出すのも嫌でございます」

「大殿! これは、皇帝様の沙汰(さた)(ないがし)ろにした、罰でございます! 天罰にございます!」

「若は、葉月姫に狼藉(ろうぜき)を働きましたゆえ、その報いを受けたのでございます! この上は、お家にも(たた)りがぁぁ!」

「待て、待て、いま、なんと申した! 幸尚が、いかがいたした!」

「鬼に、首を取られましたあぁぁ!」

 家来は頭を抱えてうずくまった。

 もう一人も身も世もなく泣きじゃくる。

 胤家は腰を抜かした。

 できの悪い孫である。これで葉月姫の心が奪えるものかと懸念していた。だからこそ、とにかく、ものにしてしまえばいいと、焚き付けたのは胤家だ。しかし、その幸尚が首を取られたというのは。

(いったい、なにが起こっていると、いうのじゃ)

 これよりのち、お前達の娘の一人を、この者の家にやるがよい。この者の子孫の鬼の血を鎮めるため、我の血を交ぜ続けるのじゃ。それを(おこた)れば、たちまちこの者の子孫は鬼となり、世に災いをもたらすであろう。この者の家に、我が血を継ぐ者あらば、鬼を鬼神と変え、いついつまでも天下を守り続けるであろう。

 有名な一節が脳裏に蘇り、胤家は、はっとした。よもや、まさか、小角の家に、皇族の姫が降嫁するのは、そういうことなのか。

「馬鹿な……そんなばかな……そのような……では……わしのしたことは……」

 衝撃のあまり、胤家は呆然と呟いた。

「大殿! 間違っていたのでございます! このような、恐れ多い企み、してはならないものでございました!」

「終わりでございます……水芝は、皇帝様のお怒りに触れ、鬼に祟られて、終わりにございますぅぅ!」

「ばかな! あれは作り事じゃ! 鬼などいるはずがない! そのほうらは、嘘をついておるのじゃ! わしはこの目で確かめるまでは、信じぬぞ!」

 胤家は叫び、部屋を飛び出した。騒ぎの方へと駆けつけ──そして──伝説の証人となるのだった。


 何やら騒がしくて、葉月は目が覚めた。頭がぼんやりしてはっきりしない。

「……うん……」

 牢のむこうの廊下に、何かがいた。

 爛々と赤く光る目、耳まで裂けた口、節槫立ち長く鋭い爪を備えた手。角こそ見えないが、それは鬼だった。

 息が荒く、血塗れで、爪から血が滴っている。興奮しているのか、獣のような唸り声をあげていた。

(……猛流だ……)

 なぜか葉月には、それが猛流だと分かった。 赤い目が葉月を捕らえ、異形のものは、牢に手を伸ばした。

(あたし、喰べられちゃうのかな)

 助けに来たのだとは思わなかった。

 鬼は人を喰うものだから。

(汚く食い散らされるのは、いやだなあ……喰べるのなら、きれいに食べてね……)

 ぼやけた頭で、葉月はそう思った。

 恐怖も嫌悪も感じなかった。

 本当にただ、そう感じただけだった。

 そのまま葉月の意識は闇に飲まれた。

 気を失ったのではない。

 ただ、中断された眠りに戻ったのだった。

 鬼の手が、格子に触れようとしたとき、矢がその手に当たって、弾かれた。

 刺さらない。手っ甲すらない、皮膚に弾かれたのだ。

 それでも鬼は不快に思ったのか、ぎっと、矢の飛んできた方向を睨みつけた。

「ひいっ」

 廊下を区切るための、今は開け放たれている扉の向こう側、弓矢を構えた男がいた。誰かが弓矢を得意なものを連れてきたのだろう。扉の近くにいたものが、あわてて扉を閉める。

 もはや葉月の安否より、自分達の命の方が大事だ。鬼を閉じ込めるため、分厚い(かんぬき)をかけた。多少でも刻を稼げるはずだった。

 鬼が扉を壊そうとすればだ。

 鬼は閉じられたままの扉を、幻のように通り抜けた。

「うわああぁぁ!」

「ひいぃいい! お助けえぇ!」

 鬼は無造作に、弓をむけた男を爪にかけた。

 恐慌をおこし、水芝の家来たちは、命ぎたなくはいずり回る。

 鬼は爪を閃かせ、そのたび新たな血が流れる。屍の山を築きつつ、鬼は駆ける。

 もはや、その鬼が、人が変じたものだと知る者はなく、騒ぎをきいて駆けつけたものばかりであった。

 相手が人であれば、いかな剣豪といえど、ここまでは取り乱しはしなかっただろう。

 だが、このような怪異に、人がどう立ち向かえるというのだ。

 片手で人の首をもぎ取り、いかなる壁もなきがごとし。矢も刃も、その身をわずかにも傷つけない。

 これでは死ににきたようなものだ。

 人にできるのは、逃げることだけだった。

 それすらも、鬼の足にかかっては、逃げ切れるとは思えない。

 なぜ、こんな化け物がいるのだ。なぜ、襲ってくるのだ。

 自分達が鬼に喧嘩を売ったことなど知らずに、水芝の家来は逃げ惑った。

 その鬼の名を小角という。

猛流が手を伸ばした理由は……食欲以外の欲のせいです。そろそろ思春期に入ろうかという年頃ですからねぇ。本人自覚なし。うけけけけ。

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