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鬼人伝  作者: 牧原のどか
血の誓約
18/54

鬼走る

 五藤が弾かれたように顔を上げた。

「若!」

 五藤の『霊眼』には突如(とつじょ)質を変えた気が見えた。猛流に間違いない。

「どこだ?」

「あっちだ。お怒りだぞ。水芝め、なにかしおったな」

 千騎が五藤の示した方角を仰ぎ見て舌打ちした。

「おれの『透視』ではまだみえぬ。近づくしかないな」

 千騎にはものを透かして見る力があるが、それほど遠くまでは見通せない。せいぜい人の背丈二つ分くらいだ。

 にわかに騒がしくなり、二人は事が起こってしまったのを悟った。

「遅かったか」

 めずらしく千騎が唸った。

「如何いたす?」

「二兎を追う者は一兎を得ず。まずは若をとめる。姫は後回しだ」

 さもなくば大惨事だ。

 水芝一家ですめば御の字。もし、血肉に狂った猛流が野に放たれれば、見境なく人を殺し続ける。手遅れになる前に、正気に戻さなければならない。

 後手後手に回ってしまった。急がなければならない。さもなくば──先祖返りを仕留めるのは小角の役目なのだ。

「曲者、であえ、であえ」

「何者じゃ! この騒ぎ、貴様らの仕業か!」

 千騎と五藤はすぐに見咎められた。無理もない。騒ぎの中心に向かっているのだから。

 くわえて、人に紛れるには、あまりにも不利な外見をしている。千騎でさえ人より頭一つは抜け出ている。五藤はそれよりさらに大きい。その趣は違えども、人の記憶に残るほどの美貌は目立ってしかたない。

 見つからない方がおかしいのだ。

「小角は隠密にむかんのう」

「おぬしはとくにな」

「おけ、きさまこそ、何百人の中にいようと、見つけられるぞ」

「おれに気でもあるのか?」

「その手の(ざれ)(ごと)はやめんかい!」

 先にいた者たちが立ち止まり、道をふさごうとする。

「ええい、鬱陶(うっとう)しい。運の悪い(やつ)(はら)よ。出会わなければ、助けてやったものを」

 囲もうとする水芝の家来に舌打ちし、千騎は鯉口を切った。

「切るのか?」

 五藤は顔をしかめた。中には企みを知らぬ者も、忠義ゆえ気が進まずとも加担しなければならなかった者もいるはずだ。斬るのは気が進まない。

「立ちはだかる(やから)はの。おれはかまわんが、そなたはそうはいかんだろう」

「峰打ちすればいい」

「時間がかかるぞ。このようなところで足止めされて、間にあわなんだら、いかがいたす? 我らが遅れる分だけ人が死ぬ」

 それもそうかと五藤も鯉口を切った。

「大義は我らにある! どうあっても通してもらうぞ! 命の惜しい者、救いたい者があるものならば、我らを通せ!」

 一声吠えた五藤の姿が、一瞬消えたように回りにいた者には見えた。

 その正面にいた者が真っ向から唐竹割りにされ左右に倒れる。千騎はそれが倒れきる前に擦り抜けて、その後ろにいた者の体の中を通り抜ける。そのくせしっかりと首を刎ねることは忘れない。千騎に降り注いだ血が体を通り抜け、そのまま地面に降り注ぐ。千騎の体には血の一滴もついていない。

「ひっ、ひいっ!」

 前方にいた正眼に刀を構えた若侍の、その刀を通り抜け腕の半ばで立ち止まり、千騎は微笑みかけた。

「退く気はないか? あまり先のあるものを斬りたくない」

「わあぁぁあああ!」

 若者は刀を放り投げ、頭を抱えてうずくまった。おかげで斬られずにすんだ。

 千騎は若者の体を通り抜ける。

 五藤はそのわきを通り過ぎた。

「脅かすなよ」

「おかげで斬らずにすんだであろう。みな、ああだと、助かるのだがな」

 決して千騎の悪戯(いたずら)好きだけではないのだ。脅かしてどいてくれるなら、それに越したことはない。水芝をすべて叩き切る必要などないのだから。

 多少、趣味が入っているのは否めないが。

 別の者が横合いから切りつけた。千騎の体を通り抜けて、五藤に当たって刃が折れる。

 二人はまったく防御は考えていなかった。時間がないからである。どうせ、いくら切りつけられようと、傷つきはしないのだ。

 二人を見つけてしまったものは不運であった。死にに行くようなものである。

「どけ! 命が惜しくば、退いておれ!」

 千騎が目にもとまらぬ早さで刃を振るう。とにかく足が止まらない。前方にいた数人が、体で止めようとしても、その体を幻のように通り抜ける。

 しかし、何より恐ろしいのは、その身が傷つかぬことである。守りを捨てて走る千騎に、何度も刃が当たっているはずである。しかし、それは幻を切るかのごとく擦り抜けて、それでも千騎の攻撃だけは、相手を傷つけるのである。これほど嫌な相手もない。

「どけ、どけ、我らには大義がある! 天下のためだ、通してもらうぞ!」

 凄まじいのは五藤も同じ。

 受ける刀ごと、豆腐でも切るように人を切る。その切れ味、剛剣は、尋常ではない。

 一人が決死の覚悟で抱きとめた。

「ぬう!」

 五藤が唸った。千騎と違い、五藤は止められるのだ。後で引きはがされようと、その一瞬があればいい。

 数人が後から切りかかったが、なんの備えもしていないはずの体が、切れぬ。刀が折れて宙を飛ぶ。突いた刀も同じこと。突いた方の手がしびれる。しがみついた男を片手で引きはがし、投げ捨てる。それが切りかかってくると察し、後から切りかかった男の一人は燈籠(とうろう)の後に隠れるが、五藤は燈籠ごと片手でそれを切り捨てる。

 恐れをなし敵が引いた隙に、五藤は前だけを見て走った。

「どけ、どけぇ! 命を助けてやろうというのだ! どかんか!」

 多勢も、後ろから切りかかるのをも、五藤は卑怯とは言わぬ。それ以上に、自分の存在自体が卑怯であるからだ。

 五藤は切れない、のだ。矢も刀もはじき返す。『金剛(こんごう)(しん)』それもまた、彼が受け継いだ小角の力の片鱗である。

 敵はいっさい自分達を傷つけられないのに、自分達の攻撃は効く。それも、習練によるものではなく、受け継いだ鬼の血ゆえにだ。これほど不公平な勝負もない。

 それを自覚するがゆえに、小角は他家と事をおこすをよしとしない。鬼神流のいっさいを表に出さぬ。

 他流試合を受けぬがゆえに、卑怯、臆病と(そし)られようと、甘んじてそれを受け入れる。それが小角の生き方だ。

 千騎と五藤を切りたくば、鬼をも斬る剣の持ち主が必要だ。稀に、人にも鬼を斬る事のできる者もいる。しかし、それはごく一部の、真の達人だけである。

 雑魚にそれは望むべくもない。

 二人の足は、本来ならば甲乙つけがたいものなのだが、千騎はともかく、障害物を避ける必要がない。幻のように通り抜ける。五藤がそうはいかない分だけ早い。

 先行する千騎が怪異を見せつけ相手の度肝を抜き、五藤のための道をつくる。五藤は、人以外の障害物を切り払い、それに続いた。

 ある意味、小角の専門が暗殺だというのは本当である。

 小角の専門は、人知れず、妖怪を(ほうむ)()ることなのだから。

 毒を持って、毒を制すの言葉どおり、現在に生まれた妖怪を捜し出し、悪しき心を持つときは、それを斬る。それが皇族から依頼される、小角の仕事だ。

 捜し出すだけならば、他の者にもできよう。げんに、地方の妖を見つけだすのは、北張葵先代が密に組織した情報網のほうだ。

 しかし、妖を斬れるものは数少ない。(あやかし)専門の戦闘集団、それが小角を特別扱いする由縁だ。

 それを捜し出し密に始末するものがいるからこそ、世の太平は守られている。

 小角はそれで、数々の手柄を立てている。決して公にできない手柄ではある。

 戦が絶えて久しいと思い込んでいる者が、真実を知れば仰天するだろう。本当は世の中に真の妖怪変化はゴロゴロしているのだ。

 小角がいなければ、天下は妖怪変化に好き勝手に暴れられ、帝国を維持できなくなるかもしれないのだ。

 小角に嫉妬し陥れようとする者は多いが、いかに政治的な手段を駆使しようと、貴重な実動戦力を皇族が手放すわけはない。

 それを知らず、権謀術数にあけくれる、権力の亡者が要らぬ手出しをしてくれるものだ。小角の身分が固定されているのも、出世争いの競争相手にはならないと、政治闘争から逃れるためである。にもかかわらず、嫉妬だけでことを起こすものがいる。小角にとっては迷惑千万。喧嘩を売った相手が悪かったと、思ってもらうしかないだろう。

 太平は薄氷のごとし。

 踏み砕く気のあるものが一人でもいれば、たやすくそれはなされるだろう。

 妖怪相手に修羅場を踏んでいる者に、太平に慣れ切った、道場剣術のただの人間が勝てる訳はない。

 あまりの怪異、凄まじさに、腰を抜かす者がいる。恐怖に立ちすくみ、追うのをやめる者、二人の俊足について行けぬ者、それらは幸運であった。

 邪魔をしない者を斬るつもりなど、二人にはなかったのである。

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