伝説
この作品はファンタジーであって時代劇ではありません。よって時代考証その他の制約は受け付けておりません。
さあさあ寄ってらっしゃい。
お代は聞いてのお帰りだ。今は昔、皇帝様の初代ご開祖様は魑魅魍魎があふれる世を嘆き、地を治めるべく天から降り立ったぁ!
地に平穏を与えるべくその地を治める魑魅魍魎を平らげて家来とし、帝国を打ち立てたお話だ!
今日はその開祖様の懐刀となる『鬼神血の契約の段』。
その鬼どもの強さと言ったら、開祖様もてこずったという強敵も強敵。これを聞き逃したら後悔するよぉ。
中略
さしもの鬼も角を切り飛ばされ、がっくりと膝をつき、己が負けを認めまする。
これはもう我の敵う方でなし。さあさあ、首を切って勝ちの証しとされませいと。
ところがご開祖様、これほどのものを殺すには惜しい。その力、天地を定めるため我のため働けいと、鬼の命を救いまする。
気持ちはありがたや、されど我は人で無し。人の血肉を食らう者、貴方様の家来にふさわしくなしと、鬼は噎び泣きまする。
そこでご開祖様、我が肌を自ら切り裂き、ぱあっと真っ赤な血を流されまする。その血の滴る腕を、ぐいっとばかりに鬼に突き出します。
飲むがよい。さすればそなたは鬼ではなくなる。
開祖様のお言葉に従い鬼がその血をすすりますると摩訶不思議、たちまち鬼は姿を変えまする。
耳まで裂けていた口は紅を引いたような唇に。血走り爛々とした眦あがった目は潤んだ真っ黒な瞳に。
二目と見られぬ恐ろしい姿が、あーら不思議、類い稀なる美丈夫となりまする。
中略
さてさて、この鬼、のちのち開祖様のおんため天下統一のために親身を惜しまず働きまして、ご開祖様の娘を貰います。
後日談となりますが、ご開祖様は四人の息子を集めてこう申しました。
これよりのち、お前達の娘の一人を、この者の家にやるがよい。
この者の子孫の鬼の血を鎮めるため、我の血を交ぜ続けるのじゃ。それを怠れば、たちまちこの者の子孫は鬼となり、世に災いをもたらすであろう。
この者の家に我が血を継ぐ者あらば鬼を鬼神と変え、いついつまでも天下を守り続けるであろう。
この鬼こそが、彼の小角鬼神流を興しましたる、小角猛宣にごさい。
かくて鬼神、血の契約の段、一巻の終わりにございます。
講談 鬼神 血の契約の段より抜粋。
とてもいい匂いがした。
それはとても美味しそうな匂いだった。
我慢できずにそれを引き千切り、口に入れた。
それは美味しくて──噛むと口の中に甘い汁が広がった──猛流は夢中でそれを食べた。
引き千切り、噛み砕き、飲み込む。
どれだけそうしていただろう。
いつの間にかそれは美味しくなくなっていた。
「……」
むせ返るような不快なにおい──鉄の味のような生臭さが口の中に広がっていた。
これは──血の匂い──それは食べてはいけないものだ。
猛流は食べていたものに目をやり──そこに転がる生首を見た。
恐怖と絶望に歪んだその顔は──
「ああああぁぁぁ!」
猛流は自分の悲鳴で目が覚めた。
何度も見た夢だった。
ただの夢ではない。
猛流のかつての罪を再現していた。
ただ、違うのは──
「葉月さん」
ファンタジーなのですよ。
時代劇ではないのです。和風な異世界が舞台なので、なにをやろうが自由なのですよ。