木の上から見る世界は、地上の俺たちが忘れていた景色でした。
「木の上から見る世界は、地上の俺たちが忘れていた景色でした」
第1期(全24話)前半 第1話〜第12話
登場人物
・木田枝26歳 ツリーハウス建築家。生きた木を傷つけず、木と共に成長する家を作ることを信条とする。
・チャイルドフッドのブランチ 令嬢。子供の頃に木の上に作った秘密基地を壊された過去を持つ。
・オフザグラウンドのリーフ 「地面に足をつけたくない」という言葉を文字通り実現したい少女。
・ツリーラバーのモス 木が好きすぎて木に住みたいと願う少女。木と対話できると信じている。
・グロースのリング 木の成長と共に家が変わることを楽しみにする少女。
・ファーストのゼン 木田が最初に建てたツリーハウスがある木を、今も見に来る謎の少女。
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第1話「依頼人は、木の上からやってきた」
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木田枝の事務所は、事務所と呼ぶにはあまりに緑が多すぎた。壁の一面が本物の蔦に覆われ、天井からは苗木のポットが吊り下げられている。依頼人が来るたびに「ここは温室ですか」と聞かれるのが、枝にとってはちょっとした誇りだった。
「はじめまして。ツリーハウスを、お願いしたいんです」
応接用の切り株の椅子に腰掛けたのは、見るからに育ちの良さそうな令嬢だった。名刺には「ブランチ」とだけ書かれている。
「木の上に、本気で住みたいということですか?」
「はい。地上に家があるのに、木の上にもう一軒欲しいんです」
枝は椅子の背もたれに体重を預け、彼女の目を見た。依頼人の言葉の裏に、いつも本当の理由が隠れている。それを聞き出すのが、枝の仕事の半分だった。
「理由を聞いても?」
ブランチは一瞬だけ黙り、それから小さく笑った。
「子供の頃、庭の楢の木に秘密基地を作ったんです。父に頼らず、自分の手で。……でも、庭師の手違いで、剪定と一緒に壊されてしまって」
「それで、大人になった今、本物を」
「はい。今度は、誰にも壊されない場所を」
枝は立ち上がり、窓の外の欅を見上げた。木は風に揺れているだけなのに、まるで頷いているように見えた。
「いいでしょう。その木を、見せてもらえますか」
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第2話「木を測るということ」
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ブランチの屋敷の庭にある楢の木は、二十年前よりずっと大きくなっていた。枝は幹に手を当て、樹皮の感触を確かめる。
「木を測るとき、俺たちは寸法だけじゃなく、木の“機嫌”も見るんです」
「機嫌、ですか?」
「はい。この枝ぶりなら、南側に張り出すのを嫌がってる。北側なら喜んで受け入れてくれそうだ」
ブランチは目を丸くした。木に機嫌があるという発想が、彼女には新鮮だったらしい。
「木田さんは、木と話せるんですか?」
「話せるというか……長く付き合っていると、なんとなく分かるようになるんです。人間と一緒ですよ」
そう言った瞬間、強い風が吹いて、ブランチの髪が舞い上がった。とっさに手を伸ばした枝の腕に、彼女がよろけてぶつかる。
「わっ……すみません!」
「いえ、こちらこそ」
一瞬だけ触れた肩の感触に、枝は妙な気恥ずかしさを覚えて、慌てて幹の測量に戻った。ブランチはまだ頬を赤くしたまま、彼の背中を見つめていた。
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第3話「地面に足をつけたくない少女」
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二件目の依頼人は、事務所の扉を開けるなり裸足で床に立った。
「あの、すみません。靴、脱いでもいいですか。地面……というか、床に、あまり足をつけたくなくて」
枝は面食らいながらも頷いた。依頼人は「オフザグラウンドのリーフ」と名乗った。
「地面に足をつけたくない、というのは、比喩ではなく?」
「はい。文字通りです。できれば一日のほとんどを、木の上で過ごしたいんです」
リーフの目には、迷いがなかった。むしろ確信めいたものすら感じられた。
「理由を聞いてもいいですか」
「……今は、うまく言えません。でも、木田さんの作るツリーハウスなら、地面に降りなくても生きていけると聞いて」
枝は少し考えてから、静かに言った。
「分かりました。でも一つだけ約束してください。作る過程では、地面に立ってもらう瞬間があります。木を測るのも、材料を運ぶのも、地上との協力があってこそだから」
リーフは唇を噛んで、それでも小さく頷いた。
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第4話「木が好きすぎる少女」
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「木田さん、この欅、今日はちょっと機嫌が悪いですね」
三件目の依頼人、モスは事務所の庭に足を踏み入れるなり、そう言い放った。枝は思わず振り返る。
「……分かるんですか?」
「はい。葉の揺れ方でだいたい。今日は西風が苦手みたいです」
モスは木が好きすぎて木に住みたいという、ある意味もっとも単純な理由でやってきた依頼人だった。だが単純と言うには、彼女の木への理解は尋常ではなかった。
「木と対話できるって、本当に信じてるんですか?」
「信じてるというか……木田さんも、さっき同じことを言ってましたよね。長く付き合えば分かるって」
図星を突かれ、枝は苦笑いした。
「たしかに、言いましたね」
「だったら私たち、似た者同士かもしれません」
モスは楽しそうに笑って、欅の幹に頬を寄せた。その横顔があまりに幸せそうで、枝はしばらく声をかけられなかった。
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第5話「壊された秘密基地」
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ブランチの図面を引きながら、枝はふと聞いた。
「壊された時のこと、まだ覚えてますか」
「……忘れたことなんて、一度もありません」
ブランチは膝の上で手を握りしめた。
「学校から帰ったら、庭師さんが枝を切っている最中でした。私の基地ごと。誰も悪くないんです。庭師さんは私の秘密基地の存在を知らなかっただけだから。でも、あの時感じた気持ちは、今でも忘れられません」
「悔しかった?」
「悔しいというより……無かったことにされた気がしたんです。自分の手で作った場所が、誰にも気づかれないまま消えていくのが」
枝は図面を置いて、彼女の目をまっすぐ見た。
「今度は、俺が一緒に作ります。だから、無かったことにはさせません」
ブランチの目に、うっすらと涙が浮かんだ。彼女はそれを隠すように、慌てて窓の外へ視線を逃がした。
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第6話「見に来る少女」
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枝が最初に建てたツリーハウスは、事務所から歩いて十分の公園の外れにある、古い樫の木の上にあった。今はもう依頼人のものではなく、誰の持ち物でもない、記念碑のような存在だった。
その日も、枝はそこに一人の少女がいることに気づいた。ベンチに座り、じっと木を見上げている。
「よく来てるんですか」
声をかけると、少女は驚いた様子もなく振り返った。
「ファーストのゼンです。……はい、時々。この木のツリーハウス、好きなので」
「俺が最初に建てたやつです。もう七年前かな」
「知ってます」
その一言に、枝は微かな違和感を覚えた。まるで、彼女自身がその現場にいたかのような口ぶりだった。
「知ってる、って……」
「いえ、なんでもないです。また来ますね」
ゼンはそう言って、風のように去っていった。枝はしばらく、樫の木を見上げたまま動けなかった。
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第7話「木を運ぶという協力」
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リーフのツリーハウス建設が始まった日、枝は約束通り彼女に地上での作業を頼んだ。
「木材、運んでもらえますか」
「……分かりました」
リーフは渋々といった様子で、素足のまま地面に降り立った。土の感触に一瞬顔をしかめたが、それでも黙々と木材を運び続けた。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ただ……」
「ただ?」
「地面って、思ったより、優しいんですね。冷たいだけかと思ってました」
リーフは驚いたような表情で、自分の足元を見つめた。枝はその様子を見て、少しだけ安心した。
「地面が嫌いなわけじゃないんですね」
「……たぶん。嫌いなのは、地面そのものじゃないんだと思います」
それ以上は言わなかったが、リーフの声にはわずかな迷いが滲んでいた。
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第8話「木と話す方法」
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モスのツリーハウス予定地に着くと、彼女はすでに木の根元に座り込んでいた。
「今日の木の調子は?」
「機嫌よさそうです。昨日雨が降ったので、喜んでます」
枝は苦笑しながら、道具箱を下ろした。
「本当に木と話せるなら、俺に一つ教えてほしいことがあります」
「なんですか?」
「この木は、どこに部屋を作られたいと思ってると思いますか」
モスは目を閉じて、しばらく黙っていた。やがて、ゆっくりと東側の枝を指さした。
「あっちです。朝日が当たる方向。……この木、朝が好きなんだと思います」
枝は驚いて、実際に東側の枝ぶりを確認した。たしかに、そこがもっとも安定していて、部屋を作るのに適した場所だった。
「すごいな……当たってる」
「木田さんだって、分かってたんじゃないですか。私が言う前から」
図星だった。枝は何も言えず、ただ笑った。
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第9話「変わり続ける家」
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四件目の依頼人、リングは他の三人と違い、最初から一貫して楽しそうだった。
「木田さん、ツリーハウスって、木が育つと形が変わるんですよね?」
「そうですね。何年か経つと、増築や調整が必要になることが多いです」
「それ、最高じゃないですか」
リングは目を輝かせた。
「普通の家って、完成したら終わりですよね。でもツリーハウスは、木と一緒に変わり続ける。私、それが羨ましくて」
「羨ましい、というのは?」
「……変わらないものに、ずっとしがみついてきた気がするんです。でも、木の家なら、変わることを最初から受け入れてる。それって、すごく自由だと思いませんか」
枝はリングの言葉に、他の依頼人とは違う種類の重みを感じた。
「変わることを楽しみにできる家を作りますよ。約束します」
「楽しみです」
リングの笑顔は、まぶしいくらいに晴れやかだった。
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第10話「四人と、もう一人」
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ある日、事務所にブランチ、リーフ、モス、リングの四人が偶然同じ時間に集まった。
「あら、木田さんって、他にもお客さんがいたんですね」
ブランチが少し驚いた様子で言うと、リーフが小さく笑った。
「四人とも、同じ木田さんに頼んでるなんて、なんだか奇妙な縁ですね」
「私、みなさんとお話ししてみたいです」
モスがそう言うと、リングも頷いた。四人はすぐに打ち解け、事務所の庭で茶を飲みながら、それぞれのツリーハウスへの想いを語り合った。
枝は少し離れた場所から、その光景を眺めていた。窓の外を見ると、遠くのベンチに、あの謎の少女ゼンが座っているのが見えた。彼女はこちらを見ているようで、見ていないようでもあった。
「……気になるな」
枝は小さく呟いたが、四人の賑やかな声にかき消されてしまった。
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第11話「森の祭り」
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その週末、街の外れの森で「木の祭り」が開かれた。枝の顧客たちも誘われ、四人と枝は連れ立って会場を歩いた。
「木田さんって、こういうお祭りにもよく来るんですか」
「毎年です。木と関わる仕事をしてる人間が集まる、貴重な機会なので」
屋台を巡りながら、リーフがふと足を止めた。地面に敷かれた木製のデッキの感触を、素足で確かめるように歩いている。
「今日は、靴を履いてきたんですね」
「……少しずつ、慣れてみようと思って」
その言葉に、枝は微笑んだ。四人の少女たちはそれぞれのペースで、自分の中の何かと向き合い始めていた。
祭りの終わり、花火が森の上に上がった。木々の隙間から見上げる花火は、地上から見るものとは少し違う、静かな美しさがあった。
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第12話「地面が怖いわけ」
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祭りの帰り道、リーフは枝に思いがけないことを打ち明けた。
「小さい頃、家族で登山に行ったことがあるんです。私、その時に足を滑らせて、崖から落ちかけて」
「……」
「助けてもらえたから、大怪我はしなかったんですけど。それから、地面というものが、いつか自分を裏切るんじゃないかって、ずっと思ってて」
枝は黙って耳を傾けた。
「木の上なら、大丈夫だと思ったんです。木は、ちゃんと掴まっていれば、裏切らない気がして」
「地面も、木も、本当は同じですよ」
枝は静かに言った。
「どちらも、ちゃんと向き合えば、応えてくれる。俺はそう信じて、この仕事をしてます」
リーフは何も言わなかったが、その夜、初めて裸足ではなく、靴のまま眠りについた。
(前半 第1話〜第12話 完 / 後半へ続く)
「木の上から見る世界は、地上の俺たちが忘れていた景色でした」
第1期(全24話)後半 第13話〜第24話
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第13話「木と対話する試練」
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モスのツリーハウスの棟上げの日、思わぬトラブルが起きた。予定していた枝の一本が、内部から腐りかけていることが分かったのだ。
「このままだと、この枝には荷重をかけられません」
「……そんな」
モスは青ざめた。彼女が「木が朝日を好む」と言い当てたあの枝だった。
「木田さん、木に聞いてみてもいいですか」
「聞く、って……」
モスは幹に両手を当て、目を閉じた。長い沈黙の後、彼女はゆっくりと口を開いた。
「この木、悪いのは自分だから、無理しないでほしいって、言ってる気がします」
「気のせいかもしれませんが……」
枝は少し考えて、代替案を提示した。
「別の枝に荷重を分散させる設計に変えます。この枝には、無理をさせません」
モスはほっとした表情で、木の幹をそっと撫でた。
「ありがとう。木田さんも、木の言葉、ちゃんと聞いてくれるんですね」
「モスさんが教えてくれたので」
二人は顔を見合わせて、小さく笑った。
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第14話「令嬢の失敗談」
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ブランチのツリーハウス建設中、彼女は初めて金槌を握った。
「わっ……!」
打ち損じた釘が飛び、枝の頬をかすめる。
「危ない、大丈夫ですか木田さん!」
「平気です。それより、集中してください」
「す、すみません……!」
慌てふためくブランチの様子に、枝は思わず吹き出した。
「令嬢が、こんな作業に挑戦するとは思いませんでした」
「バカにしてます?」
「まさか。……本気で向き合ってるんだなと思って」
その言葉に、ブランチは頬を赤らめた。作業を再開しようと身を乗り出した拍子に、足場が揺れ、彼女の体が枝の胸元に倒れ込む。
「わっ……」
「……すみません」
「い、いえ」
二人はしばらく、どちらも動けなかった。木漏れ日だけが、静かに二人を照らしていた。
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第15話「変わることへの恐れ」
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リングのツリーハウスの骨組みが完成した日、彼女は珍しく元気がなかった。
「どうしたんですか」
「……木田さん、実は、私の家族、去年引っ越したんです。父の仕事の都合で」
「それで?」
「私だけ、この街に残ることを選びました。慣れ親しんだ景色が変わっていくのが、本当は怖かったから」
リングは膝を抱えた。
「でも、木の家に憧れるくせに、自分は変化から逃げてるって、矛盾してますよね」
「矛盾はしてないと思います」
枝は静かに言った。
「木は、変わることを恐れてないわけじゃない。ただ、変わることを受け入れる強さを持ってるだけです。リングさんも、今ここにいる。それはもう、変化を受け入れ始めてる証拠じゃないですか」
リングは顔を上げ、目に涙をためて微笑んだ。
「……そうかもしれません」
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第16話「森が消えるという噂」
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ある日、事務所に区画整理の通知が届いた。事務所のある一帯を含む森林区域が、再開発計画の対象になったというのだ。
「まさか、ここも……」
枝は青ざめた。四人のツリーハウス予定地は、いずれもこの森に含まれていた。ゼンが見に来る、最初のツリーハウスがある樫の木もだ。
「木田さん、どうするんですか」
事情を聞きつけたブランチたちが、事務所に駆けつけた。
「まだ決定事項じゃない。反対の声を集めれば、計画は見直される可能性がある」
「私たちにも、手伝わせてください」
リーフが真っ先に手を挙げた。モスとリングも頷く。
「この森は、私たちの木がある場所です。黙って見てるわけにはいきません」
枝は四人の顔を見渡し、深く頭を下げた。
「……力を貸してください」
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第17話「署名活動と、意外な協力者」
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四人と枝は、街中で再開発反対の署名活動を始めた。しかし最初の数日は、思うように署名が集まらなかった。
「木の価値なんて、目に見えないですもんね……」
リーフが肩を落とした時、一人の少女が静かに近づいてきた。
「私も、手伝います」
ファーストのゼンだった。
「ゼンさん……」
「あの木は、私にとっても大切な場所なので」
ゼンはそう言うと、署名の紙を受け取り、通行人に声をかけ始めた。彼女の言葉には不思議な説得力があり、次々と署名が集まっていく。
「すごい……ゼンさん、話し方が上手なんですね」
「昔から、大切なものを守る言葉だけは、迷わず出てくるんです」
その一言に、枝はまた小さな違和感を覚えた。だが今は、それを追及している場合ではなかった。
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第18話「ゼンの秘密、少しだけ」
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署名活動の帰り道、枝はゼンに思い切って尋ねた。
「ゼンさん、最初の樫の木のこと、どうしてそんなに詳しいんですか」
「……木田さんは、あの木を誰のために建てたか、覚えてますか」
枝は言葉に詰まった。七年前、まだ駆け出しだった頃、あの木にツリーハウスを頼んできたのは、体の弱い少女だった。名前は――思い出そうとしても、記憶がぼやけている。
「すみません、名前が……」
「無理に思い出さなくていいです。今はまだ」
ゼンは寂しそうに、でもどこか優しく微笑んだ。
「私は、その子と約束したことを、確かめに来てるんです。木田さんが、ちゃんと木と向き合い続けているかどうか」
「約束……」
「いつか、話します。今はまだ、そのタイミングじゃないので」
枝は釈然としないまま、それでも彼女の言葉を信じることにした。
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第19話「反対集会の夜」
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署名は目標数を超え、反対集会が開かれることになった。会場には、ブランチ、リーフ、モス、リング、そしてゼンが並んだ。
「私は、この森で、自分の手で秘密基地を取り戻しました」
ブランチが最初にマイクを取った。
「壊されても、また作れる。でも、森ごと無くなってしまったら、それすらできなくなる。だから、私はここに立っています」
続いてリーフが口を開いた。
「私は、地面が怖かった。でも木田さんと、この森のおかげで、少しずつ向き合えるようになりました。この森は、私にとって、克服の場所なんです」
モスとリングも、それぞれの想いを語った。会場の空気が、少しずつ変わっていくのを、枝は肌で感じていた。
最後に、ゼンが静かに前に出た。
「この森には、ある少女の願いが眠っています。……その願いを、私は守りたいんです」
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第20話「木田枝の原点」
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集会の後、枝はゼンに促されるまま、最初の樫の木の下に向かった。
「木田さん、思い出しましたか」
樫の木を見上げた瞬間、記憶の断片が蘇った。病室のベッド、窓から見える一本の木、「あの木の上に、家を作ってほしい」と願った、か細い声。
「……その子、体が弱くて、外に出られなかった。だから、窓から見える木の上に、自分の代わりに家を建ててほしいって」
「はい」
「俺は、その子の名前を、まだ思い出せない」
ゼンは目を伏せた。
「その子は、私の姉です。……木田さんがツリーハウスを完成させた三ヶ月後に、亡くなりました」
枝は言葉を失った。ゼンは静かに続けた。
「姉は、完成したツリーハウスの写真を見て、すごく幸せそうに笑ってました。だから私は、あの木がずっとあの場所にあってほしいんです」
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第21話「守りたかったもの」
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「ずっと、あなたを見てたんです」
ゼンは涙を堪えながら言った。
「木田さんが、ちゃんと木と向き合い続けているか。姉との約束を、忘れていないか。……確かめずには、いられなかった」
「ゼンさん……」
「怒らないでください。ただ、姉が最後に幸せそうに見た景色を、誰にも壊してほしくなかったんです」
枝は樫の木に手を当てた。七年前、まだ何も分からないまま、必死に作ったツリーハウス。あの時の想いが、ようやく形になった気がした。
「怒るわけないです。……教えてくれて、ありがとうございます」
枝はゼンの肩に、そっと手を置いた。
「この木は、絶対に守ります。あなたのお姉さんとの約束、俺も一緒に背負わせてください」
ゼンは初めて、心の底から安堵したような表情を見せた。
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第22話「再開発計画、その結末」
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反対集会の翌週、市の担当者から連絡があった。
「森林区域の再開発計画は、見直しの上、白紙撤回することになりました」
事務所に集まった四人とゼンは、歓声を上げて抱き合った。
「木田さん、やりましたね!」
「みんなの力です。俺一人じゃ、何もできなかった」
枝は五人の顔を見渡した。それぞれが、それぞれの理由でこの森を守りたいと願い、声を上げてくれた。
「これで、みなさんのツリーハウスも、無事に完成させられます」
「ゼンさんの、お姉さんの木も」
リングの言葉に、ゼンは静かに頷いた。
「ありがとうございます、皆さん。……姉も、きっと喜んでます」
窓の外の樫の木が、風に揺れて、まるで頷くように葉を鳴らした。
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第23話「完成、そして木漏れ日の下で」
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数週間後、四人のツリーハウスがついに完成した。ブランチの秘密基地、リーフの空中の部屋、モスの朝日の部屋、リングの成長を楽しむ家。それぞれが、それぞれの想いの形になっていた。
「木田さん、本当にありがとうございました」
完成祝いの日、四人は木の上に集まり、枝を招いた。木漏れ日が差し込む中、皆で持ち寄った料理を囲む。
「これから、この家はどう変わっていくんでしょうね」
リングが楽しそうに言うと、モスが幹に耳を当てた。
「この木、これからもっと大きくなりたいって言ってます」
「じゃあ、私たちの家も、一緒に大きくなるんですね」
ブランチが微笑んだ。リーフは靴を脱ぎ、床板の感触を確かめながら、静かに笑った。
「地面も、木の上も、もう怖くありません」
枝はその輪の中で、木漏れ日を見上げた。七年前には見えなかった景色が、今、確かにここにあった。
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第24話「木の上から見る世界」(最終話)
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最初の樫の木の下、枝とゼンが並んで立っていた。
「木田さん、これからもここに来てもいいですか」
「もちろんです。この木は、みんなのものですから」
ゼンは樫の木を見上げ、目を細めた。
「姉が最後に見た景色、私も一緒に見てもいいですか」
枝は頷き、はしごをかけた。二人でツリーハウスに登ると、街並みが一望できた。地上からは見えなかった、木々の緑と、遠くの空の広さ。
「……綺麗ですね」
「はい。地上にいた頃は、こんな景色があるなんて、考えもしませんでした」
遠くから、ブランチたちの笑い声が聞こえてくる。それぞれの木の上で、それぞれの暮らしが、確かに息づいていた。
「木田さん、これからも、木の上で暮らしたい人たちの願いを、叶え続けてくれますか」
「はい。木と一緒に生きることの意味を、これからも探し続けます」
風が吹き、木々の葉が一斉に揺れた。まるで、この物語の続きを祝福するように。
木の上から見る世界は、地上の俺たちが忘れていた景色だった。
そしてその景色は、これからも、誰かの想いを乗せて、育ち続けていく。
(第1期 完)




