とりとねこのぬいぐるみが梅雨に不満を述べる話。
空梅雨気味だった去年に比べて、今年の梅雨はちゃんと雨が降っています。
雨の降らない日でも空には雲がかかっていて、なんとなくどんよりとしたお天気が続いています。
会社員のマキさんは、五月くらいからいきなり気温三十度越えを連発していた去年に比べれば今年はよっぽど過ごしやすいと思っていました。
今のところ水不足の心配もなさそうだし、電力事情も逼迫してないし。
これが本来の正しい季節感だよなあ、などと思っていました。
しかし、それに納得していない人物がいたのです。
いえ、人物ではありませんでした。
納得していない化繊のけものたちがいたのです。
「マキー」
「おーい、マキー」
「マキマキマキー」
久しぶりのお休みに、部屋で寝っ転がってスマホで動画を見ていたマキさんは、二つの声にしつこく名前を呼ばれていました。
誰が呼んでいるのか、その声の主はスマホの画面から顔を上げなくても分かっています。
この家の居候である、間抜けな顔をした白いとりのぬいぐるみと、これまた間抜けな顔をした三毛猫のぬいぐるみです。
どういう理屈かは分かりませんが、普通の物言わぬぬいぐるみだったこのふたりは、ある日突然勝手に動いて勝手に喋るようになったのです。
最初は驚いたマキさんも、もうすっかり慣れっこになっています。
今ではふたりはクッションに埋まってテレビを見たり、出窓で日向ぼっこをしたり、部屋にとり電鉄を開通したりと好き勝手に暮らしています。
「ちょっと待ってー。今いいところだから」
マキさんがそう答えると、
「また耳掃除の動画か」
と言いながら、とりさんがふこふこと近寄ってきました。
「どうして分かるの?」
「最近いつもそればっかり見てるじゃないか。綿棒で取るやつだろう。ぼくはピンセットで摘まむやつの方が好きなのに」
「そうそう。あのぺりぺりって剥がすのがいいんだよねー」
そんなことを言いながら、ねこくんも近づいてきます。
「えー。やだよ。剥がすの痛そうだもん。綿棒の方がいいよ」
マキさんがそう言うと、とりさんはいかにも嘆かわしいと言うように、両手羽を広げます。
「分かってないな、マキは。ごっそり詰まってる耳垢をピンセットで一気に引っ張り出すのがいいんじゃないか」
「いいんじゃないかー」
とりさんの言うことは何でも信じちゃうねこくんも追随します。
「えー。綿棒で優しく取ってくれるのがいいんじゃん」
「ピンセットだよ、時代はピンセット」
「世はまさに大ピンセット時代」
とりさんとねこくんはそんなことを言いながらも、ふこふこした身体を押し込んで、マキさんのスマホを覗き込みます。
「おー。これは大物だぞ」
「取れるかなあ」
「どうだろう。ピンセット先輩なら一発だが、綿棒くんには荷が重いんじゃないか」
「だよねえ。マキ、ピンセット先輩呼んできてー」
「呼べません」
現金なもので、文句を言っていたくせにとりさんもねこくんもすぐに動画に夢中になりました。
「お、もう少しで取れるんじゃないか?」
「いけー!」
「うわー、すごいのが取れたー!」
「ひゃー! まだあんなに隠れてたー!」
ふたりは歓声を上げてハイタッチをした後で、「やばかったな」「すごかったね」と言い合いながら、ふこふこと帰っていこうとしました。
「何か用があったんじゃないの?」
マキさんがふこりとした背中に声をかけると、ふたりは「はっ!」とか言いながら振り向きました。
「そうだ、忘れていた! あんな動画で煙に巻こうとは、卑怯なりマキ!」
「怠惰なりマキ!」
「ふたりが勝手に覗き込んできたんでしょ」
マキさんは次の動画を探しながら言いました。
「それで、何?」
「かびてしまいます」
「は?」
マキさんは顔を上げてとりさんを見ました。
「え? 何?」
「かびてしまいます」
とりさんはもう一度言いました。
「カビテシマイマス?」
マキさんが繰り返すと、ふたりはうんうんと頷きます。
「かび? ……何が?」
「我々が」
とりさんがふこりと手羽を広げます。ねこくんもぴこりと腕を広げました。
「我々はもうここ何日も太陽を浴びていない。じめじめとした雨ばかりを眺めているんだ。このままでは……このままでは我々はかびてしまう」
とりさんは手羽先で目を押さえてよよよと泣きました。
「白いとりなのに、緑のとりになってしまう」
「ぼくも三毛じゃなくて黒のぶちねこになっちゃう。よよよ」
ねこくんも手で目を押さえて泣きました。
もちろんふたりともぬいぐるみなので、とりさんの黒いビーズの目からもねこくんの刺繍された目からも一滴の水分も出てはいません。
「そんなこと言ったって、梅雨なんだから仕方ないでしょ」
マキさんは困惑します。
「毎日雨なのは私のせいじゃないよ」
「ちょっと晴れた日もあったんだ。でも時間が悪かったから、出窓の角度のせいで日光が入ってこなかった」
とりさんは出窓を指します。
「出窓の位置変更を要求する」
「もしくは出窓の拡大を」
とねこくんが追随します。
「できるわけないでしょ」
マキさんはため息をつきました。
「ふたりとも心配しすぎです。化繊のぬいぐるみなんだから、このくらいの湿度でかびなんか生えるわけないでしょ」
そう言って、スマホに目を戻します。
「梅雨が終わったら、めちゃくちゃ暑い夏が来るよ。そしたらどうせ今度は暑い暑いって騒ぐんだから。これくらいの気温の日は大切にした方がいいよ」
「えー」
「ちぇー」
とりさんとねこくんはまだ不満そうでしたが、マキさんとしても天気まではどうすることもできません。
それでも何もしてあげないのもかわいそうなので、仕方なく立ち上がって白い小さなビニールの包みを二つ持ってきました。
「じゃあこれでもどうぞ」
「お。なんだなんだ」
とりさんとねこくんはふこふこと寄ってきます。ビニールの包みの中には何やら白い粒が入っています。
「何か書いてあるー。ぼく読むー」
ねこくんが得意げに包みの表面に書いてある文字を読み上げます。
「たべられません、だって。えー、食べられないのー」
「ねこくん。ぼくらはそもそも霞しか食べないぞ」
「はっ。そうだった」
「これはシリカゲルです」
マキさんが言うと、とりさんとねこくんは顔を見合わせます。
「しりかげる……?」
「じゃあ、尻で!」
ねこくんが元気にぴこりと腕を上げます。
「ふふふ、それならぼくはゲルにしておこう」
とりさんも言いました。マキさんはまた溜息をつきます。
「尻かゲル、じゃないの。シリカゲル。これは乾燥剤なのよ。クッキーの箱か何かに入ってたやつなんだけどね。湿気を吸ってくれるから、これでかび対策になるでしょ」
そう言って二人を持ち上げると、お尻の下にシリカゲルの袋を座布団のように敷きました。
「それで満足して」
マキさんはあくびをしながらまた横になりました。
乾燥剤の袋を敷かれたとりさんとねこくんは、ひそひそと話し合います。
「マキめ。ぼくら繊細な化繊のことがまるで分かってないな」
「そうだね。出窓のひなたぼっこがぼくらにとってどんなに大切か」
「雨ばかりであめたぼっこになってるからな」
「あめたぼっこもう飽きたー」
「こうなったら、仕方ない」
とりさんは手羽をぐっと握りました。
「待っていたって太陽は来てくれない。ぼくらは自立した行動するぬいぐるみ。こちらから太陽に会いに行こうじゃないか」
「とりさんかっこいい」
ねこくんは手を叩きます。
「太陽さんどこにいるの」
「ふふふ」
とりさんはシリカゲルから飛び降りると、テレビのリモコンにふこふこと歩み寄ります。
「ぽちっとな」
テレビをつけます。ちょうど、何かのドラマをやっているところでした。男の人と女の人が会話をしています。
「あ。この人たちきっと不倫だよ」
ドラマの男女は必ず不倫していると思い込んでいるねこくんが言います。
「そうだろうな。不倫しなきゃドラマにならないからな」
ねこくんの勘違いの元凶のとりさんもふこりと頷きます。
「でもぼくが今見たいのはドラマじゃないんだ」
とりさんはふここことリモコンのボタンを押してチャンネルを変えます。
テレビ大好きのねこくんは、次々に切り替わる画面に「うおー」とか「ひゅー」とか反応します。
「お、ここでやってるな」
とりさんがチャンネルを止めました。
画面には、デフォルメされた日本列島が映っています。白い指示棒を持ったお姉さんがその脇に立っています。
天気予報をやっているようです。
「見たまえ、ねこくん」
とりさんはびしりと画面を指さしました。
「この中で太陽マークが出ているところに、太陽はいる!」
「さすがとりさん!」
でも、日本列島のほとんどが雨を示す傘マークで占められていました。
「傘ばっかり」
ねこくんがふにょんとへこみます。が、端っこに一つ、真っ赤な太陽マークが燦然と輝いているのを見つけて元気を取り戻しました。
「とりさん! あそこに太陽さんが!」
「おお。よく見つけたな、ねこくん」
とりさんは悠然とテレビ画面に近づきます。
「見つけたぞ、太陽。チェックメイトだ」
「チェックメイトって何ー?」
「格子柄のシャツを好んで着る仲間たちのことさ」
「へー」
ねこくんもテレビに近づきます。
「ここに行けば太陽さんに会えるんだね」
ねこくんはふこぺしと画面を叩きました。
「ここ、どこ?」
「那覇だそうだ」
「那覇ってどこ?」
「晴れてるってことは熊谷の先あたりだろう。高崎線で行ける」
「さすがとりさん!」
「じゃあさっそく出発の準備だ」
「あいあいさー!」
ふたりが唐草模様の風呂敷にビー玉を詰めたりしていると、不意にマキさんが顔を上げました。
「ほら。ふたりとも見て」
そう言って、スマホの画面をふたりに見せます。
「なんだ、マキ。ぼくらは今、那覇までの電車に乗る準備をしているところなんだ」
「そうそう。忙しいんだよ」
「那覇までの電車?」
聞き間違いだと思ったマキさんは、「いいから、これ見て」とスマホを揺らします。
「だからぼくらは忙しいと……うおお」
「ぬおー」
ふたりはスマホに駆け寄りました。
画面ではふたりが見たこともないほどでっかい耳垢がピンセットによってべりべりと剥がされていくところでした。
「これはすごいぞ。ピンセット先輩、がんばれー」
「がんばれー」
一生懸命応援するふたりの背後で、出窓にほのかな光が覗いていました。
どうやら雲の切れ間に太陽が顔を出し始めたようです。
この分だと那覇行の電車に乗らなくてもふたりは太陽に会えそうですね。




