表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蛍火  作者: 浦沢 椛
4/4

1-4:再会




門をくぐると広い庭のごく一部が見渡せた

そこは何一つ変わっていなかった



細く流れる小川も石畳のヒビも庭の隅に佇む風化が始まっているんじゃないかと思わせるほど古い木造の物置さえ、取り壊されることなく幼いころの記憶のままだ


この物置ではよく近所の子達と秘密基地ごっこをして遊んだものだ




「ちなちゃん?ちなちゃんかい?」

そのとき、不意に声を掛けられた

声のした方を見ると縁側に和服を着た女性が立っている


「おばあちゃん!!」

千波はそう言うと荷物もほったらかして駆け出した








***



「それにしても本当に久しぶりだねえ」

「10年ぶりくらいじゃないですか」

「敬語なんか使えるようになっちゃって」



千波と千代子は今、広い庭の正面を見渡せる和室で向い合わせに座っている

この家には昔からクーラーが無い

外には見るだけで暑くなるような真夏の景色が広がっている

唯一気分だけでも涼しくさせてくれるであろう風鈴も無風状態の今では本来の役割を果たさない



この人は暑くないのだろうか、と千波は千代子を見遣った


千代子は昔と何一つ変わっていないように思われた

仕草もはっきりとした話し方も老人とは思えない程強い眼差しも





千波は自然と背筋が伸びるのを感じた




「それで、」

千代子が持っていた湯飲みを置いて話し出したので、千波は更に姿勢を正した

意識しなくともついそうしてしまうのだ


「咲枝とはちゃんと話をしてるのかい?」

「仕事は忙しいみたいだけど話すときは話しますよ」

「家には大抵一人かい?」

「まあ、そうですね」

「寂しくはないのかい?」

「全然。だって一人でいるのって楽だし。一人のが好きですよ」



千代子は何か言おうと口を開いたが庭から聞こえた声によってそれは遮られた




「おーばーあーちゃーん!!」「蝉捕ったー!!」

「工作手伝って!!」

「うわぁあああああん」

「コタ泣き虫!」

「ばあちゃーん、腹減った!!」


各自バラバラな台詞を叫んでいる

千代子は溜息をつくと


「近所の子らが来たねえ。後で紹介するからね。先に荷物整理しちゃってておくれ。」

「わかりました」

「部屋はあれね、昔使ってたのを使いなさい」

「はーい」





千波は部屋に向かおうと廊下に出た

後ろからは千代子が子供達をあやす声が聞こえてきた


「‥‥あの人は変わらないな」




さあ、早く荷物を片付けてしまわなければ






***



辺りは既に暗くなっていた

何処からか蛙の鳴き声が聞こえる

荷物を整理し終わり一段落した部屋に布団を敷き、千波は横になっていた




あの後結局近所の子供達は千代子の家で夕飯を食べることになった

夕食の席でもやはり子供達は騒がしかったが千代子の一声で大人しくなったのを見て、やっぱりこの人は流石だと思った







携帯を開くとメールが来ていることに気付いた


[終業式の日にアドレス聞いた渡辺です。登録よろしく(^_^)夏休み空いてる日とかある?良かったら今度遊びに行きませんか?]



返信し終わると、今度は

知らない番号から着信があった


(あ、電話。)



出ようかどうしようか迷った末、千波は電話に出ることにした


「‥もしもし?どちらさ‥‥」

[あー、もしもし?沢田千波?]

「‥‥‥‥‥。」


名乗りもしないでいきなり人のフルネームを言うなんて失礼なんじゃないのか

少しムッとして黙っていると


[あ、悪い。俺、佐野だよ。岡崎さんに番号聞いた。同じクラスの佐野。‥っても沢田さんのことだから覚えてないか]


佐野?佐野って誰だ?



「‥ごめん、誰だか思い出せない」

[だろうと思ったよ]


電話口の向こう側で佐野とやらが呆れたように笑っているのが聞こえた


[まあ良いや。用件としてはさ、俺、沢田さんが好きってか気になるんだよね]


相手の言葉を理解しようとしていた千波は

ん?

と首を捻った


「‥‥‥‥‥‥はい?」

[終業式んとき渡辺が沢田にアドレス聞いてたの見てたからさー。俺もうかうかしてらんねぇなって思った訳。今東京にいないんでしょ?帰ってきたら遊ぼうよ]


‥‥なんで知ってるの‥

って、月乃達しかいないか


千波は心の中で溜息をついた



「あー、そのうちね」

[ちょっと!俺本気だからね!!]

「わかったわかった。もう切るよ」

[また電話するか―――]



千波は電話を切ると携帯を放った



「‥恋愛なんて馬鹿みたい」


寝返りを打つと暑さの為かいつもより元気のない金子さんが目に入った


「ね。金子さんもそう思うでしょう?‥‥‥好きなんて‥一時の‥」






今日一日の疲れが出たのだろうか

千波の意識はすぅっと落ちていった







***



その頃、月乃の部屋では

勉強会という名のお泊り会が開かれていた


「勝手に携帯教えちゃって千波怒ってるだろうなー」

「でもさ、なんで佐野があの子の番号知りたがったんだろ」

「やっぱ気になったんじゃないの?千波モテるし。なんにしても――」


ポテチをつまみながら月乃は複雑そうな顔をした


「佐野だけはやめてほしいよね」

「あー‥、良くは思われてないよね」





ポテチの袋が空になった



「コンビニ行かない?」

ガールズトークはまだまだ続きそうだ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ