1-3:原点
7月24日AM09:36
プルルルルルルル――――
駅のホームに新幹線の発車の合図が鳴り響きしばらく経つとゆっくりと列車は動き出した
今、千波は新幹線の中に居た
ぎりぎりで駆け込んだ為乱れた息を整えながら自分の席を探す
千波の住む町から新潟へ行くのには新幹線を使って3時間程かかる
そこから各駅停車の電車に乗り換え更にバスに乗り、また更に歩いた所でやっと目的地である明間千代子の家にたどり着く
ようやく自分の番号の席を見付け、足元にキャリーバッグを置き(重くて持ち上がらないので上には乗せられなかった)窓際のシートに腰掛けると一息ついた
隣の席には人は座っていない
通り過ぎていく窓の外の景色に少しずつ緑色が増えていくのを眺めてるうちに、千波はなんだか眠くなってきた
(昨日楽しみでなかなか寝れなかったからなあ‥‥)
目を閉じて深く息を吸うとそのまますぅっと眠りに落ちていった
***
AM10:07
その頃、例の草食少年
渡辺裕之は携帯の画面を睨みつけていた
「返信がこない‥‥‥‥。」自分でもヘタレだなあと思うが仕方ない
こんな彼だからこそ不本意ながら"草食"と言われてしまうのだ
***
しばらくすると列車の揺れる音で目が覚めた
いつの間にか眠ってしまっていたらしい
窓の外に目をやるとそこには川が流れていて川辺では子供が網を振り回しているのが見えた
外にはもう建物は数える程しか見当たらない
規則的な列車の揺れを感じながらぼーっとしていると車内にアナウンスが流れた
次に留まる駅のそのまた次が新潟だ
ふと、自分が空腹であることに気付いた
そういえばまだ何も食べていなかった
バッグの中からおにぎりの詰め合わせとお茶を出す
ちなみに新幹線に駆け込む羽目になったのは、このおにぎりを選ぶのに時間が掛かりすぎた為だ
そうこうしているうちに列車が停車した
次はとうとう新潟だ
***
同じ頃、東京のファミレスでは岡崎月乃と瀬永穂が役割分担をしながら宿題を片付けていた
宿題を中断し、パフェの苺をつついていたセナは口を開いた
「あたしね、特にやりたいことがないの。だから何となく大学行くだけなの。親に心配かけたくないし」
「それなら私もそうだよ。殆どの人がそうじゃない?」月乃が答えるとセナは首を振った
「わかってる。わかってるけど、夢中になれる何かが欲しいなって思うの。私は月乃みたいに冷静になれないし千波みたいに他人の目を気にしないで堂々ともできない。‥‥自分にすら自信が持てないんだよね」
セナは散々つついた苺を口に入れるとうなだれた
「あー‥確かに千波は人のこと気にしないけど‥。私、あれは欠点でもあると思うよ」
「どうして?あたしには羨ましいけど」
「自分の世界でしか生きられないのは問題だと思う。千波はセナみたいに人懐っこいのを羨やんでたよ」
「うーん‥わかんないなあ。」
「受験のストレスで考え過ぎてるだけだよ。」そう言うと月乃はクリームソーダのアイスを一口食べた
その時不意に
「ねえ、岡崎さんに瀬永さん」
二人に声をかけてくる人影。
その意外な人物に二人は驚いた
***
ミーンミンミンミンミン
ジーーーーー
「‥‥‥‥‥‥。」
田舎道を走るバスに揺られること数十分
千波は田んぼと田んぼの間の道の小さなバス停でバスを降りた
道は車がぎりぎりすれ違うことができる程度のものだ
日光がジリジリと皮膚を焼くのを感じながら千波はひたすら田舎道を歩いた
記憶の中の景色と何一つ違わないそれを見ると、なんだか不思議な気持ちでいっぱいだった
何かが込み上げてくる気がするのはきっと暑さのせいだろう
キャリーバッグをゴロゴロと引きずる音を響かせながら歩く千波の意識は朦朧としていた
新潟ってもっと涼しいものじゃなかっただろうか
そんなことを考えながら歩いていると不意に木陰に入った
見ると道の脇に大きな桜の木が堂々と立っている
そしてその下には立派な門が。
嗚呼、やっと‥‥‥‥
「‥‥‥ただいま」
意識せずとも口から出た言葉だった
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