1-2:展開
パンパンパン―――
「新潟ぁ?」
黒板消しを窓の外で叩きながら月乃は聞き返した
ちなみに今は終業式前日の大掃除だ
大掃除は面倒ではあるがこれから長期休暇が始まると思うと楽しく思える
「新潟かあ、良いなあ。でも講習とか文化祭準備はどうするの?特に準備はちゃんと出なきゃ文化祭委員が怒るぞ〜」
自分だけが参加しないわけにはいかないのでちゃんと準備には参加するつもりだが千波にはどうしても解せないことがあった
どこでもそうなのかもしれないが、女という生き物は協調性を大切にしたがるらしい
否、協調性といえば聞こえが良いが女のそれは少し違う様に思える
どこにでもリーダー格の人間がいる
そしてその人間が発言をすれば右に習え―――
要するに自分だけがはみ出すことを極端に恐れるのだ
千波や月乃の性格が自己中心的であるだけかもしれないが、そんなタイプの女は千波には自分がない集団にしか思えなかった
ちなみに、千波が仲良くしている子達は良くいえば自分を持っている、悪くいえば自己中。そんな子ばかりだが、そこが彼女には居心地が良かった
「準備はちゃんと出るよ。夏休みずっとあっちにいるわけじゃないからさ」
千波は箒の柄に手の平をのせ、そこに顎を置きながら面倒臭そうに答えた
「そっかあ。何だかんだ最低限の協調性は持てるようになったんだね」
中学の頃から千波を知っている月乃はからかうようにそう言った
「なにさー」
と、その時ふと一瞬煙草の臭いがした
そして月乃の耳にクラスメイトの女の子の声
「うーわ、臭い」
「どうせまた佐野でしょ」
「ほんと最悪。知ってる?あいつってさー‥――」
「え、それまじで?」
そこまで聞いて、月乃はもう話が耳に入らないよう努力した
‥聞く側は気分が良いものじゃないな
月乃もあの子達の噂話の的となっている佐野を別に好きではなかったのだが
ふと千波を見ると彼女は臭いにだけ気付いたようだ
「う、うげ〜。煙草の臭いだ‥‥」極端に煙草が苦手な千波は早くも気分が悪そうだ
「大丈夫?」
「うん、一瞬だったから」
「そっか。良かった」
――学校が終わりその日の帰り
二人はコンビニに立ち寄った
目的はひとつ。
そう、アイスを買うためだ。
月乃はさっさと選び外で先にアイスを食べている中、
千波は西瓜の形の某アイスか当り付きの安い某アイスかで迷っていると横から声を掛けられた
「ちーなーみっ!」
そちらを向くと
「セナ!どうしたの久しぶり!」
期末試験が終わって以来学校に来ていなかった友達、瀬永穂がいた
セナはちょうど付き合って1年記念日に彼氏に振られたと言ってショックで立ち直れなかったという。長い黒髪にパッツン前髪は清楚というよりはロリータというのだろうか。そんな印象を受ける
名前は穂だが、男みたいで嫌だ、と言ってセナと呼ばせている
"穂"でみのると読むなんて格好良いのにな、とみんなは思っているが、名前の話をすると怒るので、思うだけに留めている
「あまりのショックに引き込もってました‥」
千波の問いに正直に答えるセナ
「何言ってんの!明日は終業式だよ。来るんでしょ?」
「うん。もう大丈夫‥多分」
「良かった。みんな心配してたからさ」
「ありがとう。じゃああたしこの後バイトだから」
「あ、そうなんだ。頑張ってねー」
「バイバイ」
セナとバイバイをした私はアイス(散々悩んだ結果西瓜にした)を買って外に出た
すると外ではクラスの男子が月乃と何かを話していたのか、丁度さよならをしている所だった
「お待たせ。あれ、誰だっけ。クラスの男子だよね」「いい加減名前くらい覚えなよ。どんだけ興味ないの‥‥。渡辺だよ。密かに人気の」
「へ〜」
千波は大して興味もなさ気にアイスの袋を破きながら返事をした
「‥‥‥千波って今は彼氏作る気ないの?」
既にアイスを半分以上食べ終えている月乃が言った
「あー‥‥‥。そうだね〜。私ちゃんと好きになった人と付き合うことにしたんだ」
「一時期千波、男遊びすごかったもんね」
「遊んだんじゃないよ。付き合う期間が短いだけ」
月乃は何か言いたげだったが何も言わなかった
「さっ、行こっか!」そんな月乃を気にも留めず千波は元気に言った
―――その日の夜
部屋の片付けその他諸々は恐ろしい程苦手な千波だが旅の支度は別だ
いそいそとキャリーバッグへと荷物を詰めていく
「下着〜、着替え〜、カメラ〜、勉強道具〜、お菓子〜‥‥」
ぶつぶつ独り言を言いながら部屋の中をうろつく
「ギョキョギョッ」
隣にいた金子さんが不意に喋り出した
「あと金子さんでしょ‥‥‥あっ、充電器充電器!」
何度も荷物を出し入れして忘れ物のないようにする千波の気分は遠足前夜の小学生のそれだ
「よしっ、完璧‥‥げっ!閉まらない!!」
***
同じ頃、
岡崎月乃は男友達からの恋の相談と睡魔に頭を悩ませていた
キューピッド役などは彼女の性ではない
顔に似合わずサバサバした月乃からすれば
『恋愛は他人が絡むとややこしくなる』だけなのだ
[俺さあ、沢田さんが気になるんだよね]
受話器の向こうからは例の"渡辺"の声
「じゃあ好きって言えば?」[でもあんま話したことないし沢田さんってクールで近寄り難いっていうか‥‥]
苛々苛々。
クール?千波が?あの沢田千波?
ただ人見知りだから無愛想なだけでしょうが
私に相談なんかしてないで勝手に解決してくれ
これが噂の草食系ってやつか?
あー‥‥眠い。ほんとに眠い。
「大丈夫でしょう。振られてももう夏休みだし」
[そんな、いくらなんでもそりゃな―――]
プツッ
心の隅で悪いなと思いながら月乃は電話を切った
睡魔に勝てるものなどありはしないのだ
***
一方瀬永穂はというと
「髪切ろうかな‥‥‥。別人になるくらいのイメチェンがしたいな」
自分改革について考えていた
「大丈夫、私は強い子。泣かない泣かない泣かない‥」
***
7月23日
サウナ状態の体育館で意識が飛びそうになるのをなんとか堪え、終業式は無事終了した
体育館から出ると、気温36℃のはずの外が涼しく感じられた
クラス中が夏休み前で浮かれている騒がしい中、担任によって通知表が配られた。
千波はなんだか急に受験生なんだ、という気分になり言い知れぬ不安が広がった。突然先のことが怖くなったが今は忘れよう、と夏休みの楽しい計画を考えた
「千波ー。月乃ー。バイバイ」
自転車置場で二人を見付けたセナは二人に手を振った
「「ばいばーい」」
「夏休み遊ぼうねっ。千波は新潟行くんだってね!お土産よろしくね」
「任せてー」
「メール頂戴ね〜」
そう言いながらセナは走り去った
「元気そうで良かった」
「ほんとにね。じゃ、うち等も帰ろ」
二人が自転車に乗り、帰ろうとしたときだった
「あの、沢田さんちょっといいかな」
渡辺が千波に声を掛けた
「‥あたし先行ってるね。コンビニにいるから」
そういうと月乃はスーッと行ってしまった
「‥‥何?(知らない人と話すの嫌だなあ‥)」
「あ、あのさ(やっぱこの子近寄り難っ!まあそこが素敵なんだけど‥)」
「よかったらアドレス教えて欲しいなー、って‥」
「アドレス?別に良いけど」
そう言って赤外線でアドレスを交換すると
「ありがと」
「いいえ〜」
そんな社交辞令みたいなやり取りをして渡辺と千波はその場を後にした
そんなやり取りを無言で見ていた人間には気付かずに
***
コンビニに向かうと
月乃は外の簡易ベンチに座っていた
「待たせちゃってごめんね」「全然良いよ〜。で、渡辺は何だって?」
「アドレス教えてって。」
「それだけ?」
「そうだけど‥‥」
「ふーん(あのチキン!)」
「じゃ、帰ろうよ」
「うん」
二人は自転車に乗り、いつもの川沿いの道を走った
自転車が感性の法則に従い急な坂を滑り落ちるなか空を見上げてみると、千波は何だか無性に叫びたくなった
_




