第6話「視線の正体」
『虚実の狭間に立つ者』
第6話「視線の正体」
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午後の授業も終わり、放課後になった。
僕は鞄を持って教室を出ようとした。
「柊くん、ちょっといい?」
藤堂さんが、声をかけてきた。
「何でしょう」
「あのね、今日の放課後、時間ある?」
「……何かありましたか」
「実は——」
藤堂さんは、周囲を気にするように声を潜めた。
「相談したいことがあるの」
「相談?」
「うん。ちょっと、変なことがあって——」
彼女の顔は、いつもの明るさが消えていた。どこか、怯えているような表情だ。
「わかりました。話を聞きます」
「本当? ありがとう、柊くん」
藤堂さんは、ホッとしたように笑った。
◇
校舎裏のベンチで、僕たちは向かい合った。
「それで、何があったんですか」
「実はね——」
藤堂さんは、スマホを取り出した。
「最近、変なメッセージが届くの」
「メッセージ?」
「うん。知らない番号から。でも、内容が——」
彼女はスマホの画面を僕に見せた。
そこには、一連のメッセージが表示されていた。
『見てるよ』
『いつも見てるよ』
『逃げられないよ』
『もうすぐ会えるね』
「……これは」
「最初は、イタズラだと思ったの。でも、どんどんエスカレートしてきて——」
藤堂さんの声が震えていた。
「それに、最近——視線を感じるの。誰かに、見られてるような気がして」
「視線?」
「うん。家にいても、学校にいても。ずっと、誰かに見られてる感じがするの」
僕は、メッセージを注意深く見た。
普通のストーカーなら、警察に相談すべき案件だ。しかし——
何か、引っかかる。
「藤堂さん、一つ聞いていいですか」
「何?」
「最近、何か変わったことはありませんでしたか。例えば、噂話を聞いたとか、怖い話を見たとか」
「噂話——?」
藤堂さんは首を傾げた。
「そういえば、先週——友達と一緒に、怖い話のまとめサイトを見たわ」
「どんな内容でしたか」
「えっと、確か——『見つめる女』っていう話だった」
僕の背筋に、冷たいものが走った。
「その話、詳しく聞かせてもらえますか」
「えっと——」
藤堂さんは思い出すように言った。
「ネットで話題になってる都市伝説で、その話を最後まで読んだ人は、『見つめる女』に見つめられるようになるって」
「それで?」
「見つめられ続けると、だんだん正気を失って——最後には、自分から『女』のところに行ってしまうって」
「藤堂さん」
僕は、できるだけ落ち着いた声で言った。
「今夜から、一人で外出しないでください」
「え——?」
「できれば、家族と一緒にいてください。一人になる時間を、なるべく減らして」
「柊くん、何を——」
「詳しくは説明できませんが、お願いです。信じてください」
藤堂さんは、僕の目を見た。
僕の真剣さを感じ取ったのか、彼女は小さく頷いた。
「……わかった。信じる」
「ありがとうございます。何かあったら、すぐに連絡してください」
僕は、自分の連絡先を彼女に渡した。
「私、大丈夫かな——」
「大丈夫です。僕が、守りますから」
その言葉は、自然と口から出ていた。
藤堂さんは、驚いたように目を見開いた。
「柊くん——」
「すみません、今日はここで失礼します。気をつけて帰ってください」
僕は一礼して、その場を離れた。
急いで、支部に報告しなければ。
「見つめる女」——ネットで最近話題になっている、新しい都市伝説だ。
まだ実体化しているという報告はなかったが、藤堂さんの症状は——明らかに、怪異の兆候だ。
◇
東京支部に到着すると、僕はすぐに鷹取さんに報告した。
「『見つめる女』か——」
鷹取さんは難しい顔をした。
「確かに、ネットで急速に広まっている都市伝説だ。まだ実害の報告はなかったが——」
「藤堂さんの状態は、初期段階だと思います。今なら、まだ間に合うかもしれません」
「お前は、どうしたい」
「彼女を守りたいです。そして、『見つめる女』を祓いたい」
鷹取さんは、僕をじっと見た。
「その女子生徒は、一般人だな」
「はい」
「お前との関係は」
「クラスメイトです」
「それだけか」
「……それだけです」
鷹取さんは、しばらく黙っていた。
「いいだろう。この件、お前に任せる」
「ありがとうございます」
「ただし、条件がある」
「何でしょう」
「一般人を巻き込むな。彼女には、何も知らせるな。我々の存在を悟られるな」
「わかりました」
「それと、バックアップとして誰かをつける。お前一人では危険だ」
「凛太郎は——」
「橘は別件で出ている。他の者を手配する」
鷹取さんは、内線電話を取った。
「……神楽坂を呼べ。至急だ」
数分後、紬が部屋に入ってきた。
「お呼びでしょうか」
「神楽坂、柊と組め。新しい任務だ」
紬は僕を見て、小さく頷いた。
「了解しました」
こうして、僕と紬は——「見つめる女」との戦いに臨むことになった。
◇
支部の会議室で、僕たちは作戦を練った。
「『見つめる女』の特徴を整理しましょう」
紬がホワイトボードに書き込んでいく。
「発祥は、約三ヶ月前。ネット掲示板に投稿された怪談が元になっている。話を読んだ者、または話を聞いた者が対象になる」
「感染型の都市伝説ですね」
「ええ。きさらぎ駅のような『場所型』とは違う。対象を追跡し、精神を蝕んでいくタイプ」
紬は続けた。
「症状は段階的に進行する。第一段階は『視線を感じる』。第二段階は『姿を目撃する』。第三段階は『接触を求めるようになる』。そして——」
「第四段階で、取り込まれる」
「その通り。藤堂さんは、今おそらく第一段階の終わりか、第二段階の初め」
「まだ、間に合うということですね」
「ええ。でも、時間はあまりない。この手の怪異は、進行が早いわ」
僕は考えた。
「対処法は?」
「二つある。一つは、対象を怪異から『隠す』こと。結界で守り、視線を遮断する。もう一つは——」
「怪異そのものを祓う」
「ええ。でも、『見つめる女』はまだ実体化していない。斬る対象がない」
「では、実体化させる必要がある」
「そうね。でも、それは危険を伴うわ」
紬は真剣な表情で言った。
「実体化させるには、怪異の『核』を呼び出す必要がある。それには——」
「囮が必要ですね」
「真夜くん——」
「僕がやります」
僕は即答した。
「藤堂さんを囮にするわけにはいきません。僕が代わりになります」
「でも、あなたは『見つめる女』の話を知らなかった。対象になる条件を満たしていないわ」
「今から満たせばいい」
僕はスマホを取り出した。
「『見つめる女』の話を読みます。それで、対象になれるはずです」
「危険よ」
「承知の上です」
紬は、しばらく僕を見つめていた。
やがて、小さく溜息をついた。
「……わかったわ。あなたがそう決めたなら、私は全力でサポートする」
「ありがとうございます」
「でも、約束して。絶対に、一人で突っ走らないで」
「約束します」
僕は頷いた。
紬は、少しだけ微笑んだ。
「あなたって、本当に——変わらないわね」
「そうですか?」
「ええ。訓練所の頃から、ずっと。自分を犠牲にしてでも、人を守ろうとする」
「それは——」
「褒めてるのよ。でも、心配もしてる」
紬の目が、真剣になった。
「あなたが壊れたら、悲しむ人がいることを——忘れないで」
「……覚えておきます」
僕は、姉の顔を思い出していた。
姉も、同じことを言っていた。
『真夜、自分を大切にしなさい』——と。
◇
その夜、僕は「見つめる女」の話を読んだ。
ネットに転がっている、無数の体験談。その中から、最も詳細に書かれたものを選び、最後まで読み通した。
読み終えた瞬間——
視線を感じた。
部屋の隅。窓の外。天井の角。
どこからか、見られている。
「——来ましたね」
僕は立ち上がり、刀を手に取った。
戦いが、始まる。
——第6話「視線の正体」完——




