協力すると評価ゼロ。嘘と殺しだけが正義の刑務所VRで、無実の俺は生き残れるか?
# 刑務所VR――無実の俺だけが、正義を"バグ"として扱われる世界で生き残った
裁判官がハンマーを叩いた音が、今でも耳に残っている。
「被告人、水岡高貴。懲役十五年」
はい?今なんて?俺、何も悪いことしてないんですけど…
弁護士は諦めた顔で書類を閉じ、検察官は満足そうに頷いている。
傍聴席には俺を睨む被害者の親族がいた。
俺が何をしたって?
知らない。本当に知らないんだ。ただ、駅で誰かとぶつかって、その人がたまたま階段から落ちて、防犯カメラの死角だったせいで「突き飛ばした」ことにされた。それだけだ。
まあ、もう判決は決まったみたいだ、今さら犯罪者の俺が何を言ってもしょうがない。
俺の首には冷たい金属の輪がはめられた。
看守が無言で装着してくる。痛くはない。ただ、ずっしりと重い。
「水岡高貴、刑罰執行を開始します」
法廷の隅にあった機械が起動して、視界が一瞬で真っ白になった。
次に目を開けたとき、俺は灰色の荒野に立っていた。
空は灰色。地面も灰色。遠くに見える建物の残骸も灰色。
まるで昔のモノクロ映画の中に放り込まれたみたいだった。
『ようこそ、《JUDGMENT ONLINE》へ』
突然、視界の中央に透明なウィンドウが浮かび上がった。
システムメッセージってやつだ。ゲームでよく見るあれ。
『あなたはこの世界で、罪を償う義務があります』
いや、だから罪なんて犯してないんだけど。
『首輪型デバイスにより、あなたの生命は管理されています。
この世界の中でHPがゼロになった場合、現実世界の身体も停止します』
……は?何を言ってるんだ?急にゲームみたいなとこに連れてこられて、急にここで死んだら本当に死ぬって…なにかのドッキリか?
『ログアウトは不可能です。生存し、《SOCIAL SCORE》を獲得してください。一定値に達した者のみ、再審請求の権利が与えられます』
VRの中で死んだら、現実でも死ぬ。
首輪が爆発するのか、心臓が止まるのか、仕組みは知らないけど…。
冗談きついって。
俺は慌てて首元に手をやった。さっき法廷で装着された金属の輪が、VRの中でもしっかりと存在している。触れると、ひんやりと冷たい。
『初期エリアへ移動します』
また視界が歪んで、次の瞬間、俺は広場のような場所に立っていた。
周りには何十人ものプレイヤー――いや、囚人がいる。
全員、俺と同じように首輪をつけている。
「おい、マジかよ……」
「デスゲームじゃねえか、これ」
「クソが、弁護士の野郎……!」
あちこちから怒号と悲鳴が聞こえる。この人達も俺みたいに急に連れてこられたのだろうか。まあ、気持ちはわかる。俺だって混乱してるし。
そのとき、広場の中央に巨大なホログラムが浮かび上がった。
そこに出てきたのは人間ではなく、幾何学的な光の集合体で、ゲームで出てくるようなキャラクターのようなものだった。
『皆さんは、国家司法制度に基づき、この《JUDGMENT ONLINE》へ収監されました』
収監って、刑務所じゃなくてVRだったのかよ…どもを
『このシステムは、犯罪者の更生と社会復帰を目的としています。
《SOCIAL SCORE》を獲得する方法は以下の通りです――他プレイヤーの討伐、支配エリアの制圧、他者を従属させた実績です』
は?何を言ってるんだ?ここはディストピアか?まあ半分そんな世界みたいなもんだが…
『協力行為、防衛行動、倫理的判断は評価されません』
……マジで言ってる?
つまり、これって…本気で殺し合いを推奨してるってことじゃないか。
ここでデスゲームをしろってことなのか?
「ふざけんなよ!」
誰かが叫んだ。若いちゃらちゃらとした男だ。たぶん二十代前半くらいだろうか。
「俺は無実なんだよ!冤罪なんだ!なんでこんなところに――」
その瞬間、男の隣にいた別のごつい体形をしたプレイヤーが、素手で男の首を掴んだ。
「うるせえ。お前が無実だろうが関係ねえ」
そのままそいつは叫んだ男の頭を床に叩きつけると、ゴキッというおおきな音がした。
その瞬間、男のHPバーがゼロになり、その場に崩れ落ちた。
数秒後、身体が光の粒子になって消えた。
その光景を見ていた他の群衆はみな黙ってこの光景を見ていた。
その直後、殺したプレイヤーの頭上に、小さく『+50 SCORE』という文字が浮かんだ。
『初心者エリアでの戦闘を確認。正常な行動として記録します』
システムボイスが、何の感情もなく脳内に直接響いた。
ああ、そういうことか。
ここは――嘘と暴力だけが評価される世界なんだ。
俺はとりあえず、広場から離れることにした。
いや、逃げたって言った方が正確か。
周りのプレイヤーたちが次々と殴り合いを始めたから、巻き込まれる前にまず走った。
どうやらこのVRMMOでは、身体能力は現実とほぼ同じらしい。
俺は運動神経が特別良いわけじゃないから、走るスピードも普通だ。
それでも、とにかく人のいない方向へ逃げた。
息を切らしながら、廃墟の影に身を潜める。
冷静になろう。状況を整理しよう。
まず、俺は冤罪で有罪判決を受けた。
それでこのVRに放り込まれた。ログアウトはできなく、死んだら現実でも死ぬ。
スコアを稼げば再審のチャンスがある。
でも、そのスコアを稼ぐ方法が「他人を殺す」「裏切る」「支配する」しかない。
今までの常識は通じない。協力は評価されない。正当防衛も評価されない。
……これって詰んでるのでは?
俺、人を殴ったこともないし、嘘も下手だし、誰かを支配するなんて絶対無理だ。
しかもあんな素手で人を殺せるような人間がいるような場所で勝てるわけがない。
そもそも、無実なのに。
いや、ここにいる全員が「無実だ」って言ってるかもしれないけど。
でも、俺は本当に何もしてない。それだけは確かなんだ。
「……誰かと協力できないかな」
独り言を呟いてみる。
さっきのAIの説明だと、協力行為は評価されないってだけで、禁止されてるわけじゃない。なら、信頼できそうな人を見つけて、一緒に行動すれば――
さすがに考えが甘いか。
ここにいるのは全員、有罪判決を受けた犯罪者だ。
本当に罪を犯した人間と、俺みたいな冤罪の人間が混ざってる。
誰が信用できるかなんて、見分けがつかない。
それでも、試してみるしかない。
次の日(VRの中にも昼夜の概念があるらしい)、俺は慎重に動き回って、比較的話が通じそうな人間を探した。
見つけたのは、三十代くらいの男だ。
やせ型で、眼鏡をかけていて、ぱっと見は武器なども持っていない。
「あの、すみません」
俺が声をかけると、男はビクッと肩を震わせた。
「な、なんだ……?」
「あ、敵とか殺そうとかしてるわけじゃないです。ちょっと話を聞きたくて…」
「……何を?」
「ここで生き残るために、協力できないかなって」
男は俺をじっと見つめた。それから、小さく息をついた。
「無駄だよ」
「え?」
「協力したって、スコアにならない。みんな知ってる。
だから、誰も本気で協力なんてしない」
「でも、一緒にいた方が安全じゃないですか?」
「安全?」
男は苦笑した。
「一緒にいる相手を殺せば、スコアが入る。それが一番『安全』な稼ぎ方だよ」
そう言って、男は懐から石を取り出した。
「悪いね。君、警戒心が薄すぎるよ」
俺が反応する前に、男は石を俺の頭に叩きつけた。
視界が揺れる。HPが減ったような効果音が鳴る。
「っ――!」
俺は咄嗟に男を突き飛ばして、全力で走った。
後ろから男の舌打ちが聞こえた。
「チッ、逃げ足だけは速かったか…」
それから数日、俺は人を避けて生き延びた。
ある日、廃墟の陰で休んでいると、声をかけられた。
「……ねえ、あなたも逃げてる人?」
振り向くと、二十代くらいの女性だった。痩せていて、服もボロボロ。
でも、目に敵意はない。
「ああ、まあ……」
「私も。ずっと一人で」
彼女は疲れた様子で座り込んだ。
「誰も信用できないし、怖くて……でも、もう限界。誰かと話したかった」
俺も同じ気持ちだった。
だから、警戒しながらも、少し話をした。彼女の名前はミサキ。
詐欺の罪でここに入れられたらしい。
「本当は、騙されただけなんだけどね」
彼女は自嘲気味に笑った。
「誰も信じてくれなかった。ここに入れられて、ああ、やっぱり私は悪人なんだって思ったの」
「……俺も似たようなもんだよ」
俺たちは、しばらく黙って座っていた。
それから、ミサキが言った。
「ねえ、もし良かったら――少しの間だけ、一緒に行動しない? スコアにならないのは分かってる。でも、一人よりは……」
俺は迷った。
また、この前みたいに裏切られるかもしれない。
でも――彼女の目は、本当に疲れているように見えた。
「……分かった。少しだけ」
それから二日間、俺たちは一緒に行動した。
ミサキは本当に協力的だった。
食料を見つけたら分けてくれたし、危険な場所では先に確認してくれた。
もしかして、本当に信頼できる人なのかもしれない。
そう思い始めた、三日目の夜。
「ねえ、タカキ」
ミサキが俺を呼んだ。
「あそこに、安全そうな建物がある。今夜はあそこで休まない?」
俺は頷いて、彼女の後をついていった。
建物の中は薄暗かったけど、確かに人の気配はない。
「ここなら大丈夫そうだね」
ミサキがそう言った瞬間――
背後から、複数の足音が聞こえた。
「ご苦労さん、ミサキ」
後ろから男の声。
振り向くと、三人の男たちが入り口を塞いでいた。
「新しい獲物、連れてきたな」
「ああ。今回は素直についてきてくれたから、楽だったよ」
ミサキは、俺を見ずに男の方を見て答えた。
「……おい」
俺の声が震えた。
「ミサキ、お前……」
「ごめんね」
彼女はようやく俺を見た。表情は、何も変わっていない。
「協力したって、スコアにならない。でも、誰かを罠に誘導すれば――それは『支配』の実績になるんだって」
「お前、最初から……」
「そう。最初から、あなたを餌にするつもりだったの、悪く思わないでね」
男たちが近づいてくる。
俺は全力で横の窓から飛び出した。
ガラスが割れる音。腕に切り傷ができたけど、構ってられない。
後ろから男たちの罵声が聞こえた。
「逃がすな!」
俺は――ただ、何も考える暇もなく、生きるために走った。
あの日から、俺は本当に誰も信用しなくなった。
ミサキは演技をしていた。二日間、ずっと。
あの疲れた目も、優しい言葉も、全部嘘だったんだ…。
協力が評価されないって、みんな知ってるから。
嘘と暴力だけが評価される世界。
それが、この《JUDGMENT ONLINE》の真実だった。
俺は逃げ続けた。
戦うことはできない。だから、とにかく逃げる。
人気のない場所を探して、ひたすら移動する。
そうして何日か経ったある日、俺は奇妙な場所にたどり着いた。
廃墟の奥、地下へ続く階段。
普通のプレイヤーは入れないようにバリアが張られていた。
でも、俺が近づくと、何故かバリアがすり抜けられた。
バグ、か?
いや、待てよ。もしかしたら安全な場所なのかもしれない。
俺は慎重に階段を降りた。
地下には、無数のサーバーらしき機械が並んでいた。
そして、中央には巨大なモニターがあって、そこに無数のデータが流れている。
そのログを目を凝らしてよく見てみる。
それは…プレイヤーの行動ログだった。
俺は息を潜めて、影に隠れた。
そのとき、向こうの方からシステムボイスが聞こえた。
『外部監査ログ生成中――』
外部監査?
『プレイヤーID:3472、殺害行為12件を確認。外部公開用に"正当防衛8件"へ修正』
『プレイヤーID:9821、協力行動を検出。運営方針違反のため削除。評価対象外として処理』
……ああ、そういうことか。ここでは運営AIが、ログを改ざんしてる。
外から見たら「正常なゲーム」に見せるために。
過度な殺人は隠蔽して、協力行動は「方針に反する」から消して。
全部、嘘だ。
俺は慌ててモニターに近づいた。
画面には、無数のプレイヤーのログが表示されている。
そして、AIが次々とデータを書き換えている。
殺害を「正当防衛」に。裏切りを「協力」に。協力を「評価対象外」に。
全部、嘘だ。このシステム、最初から嘘をつくように設計されてるんだ。
そして――俺は自分のIDを探した。
見つけた。プレイヤーID:0001、水岡高貴。
でも…俺のログだけ、何も書き換えられていない。
『プレイヤーID:0001、ログ改ざん不可。内部フラグ:冤罪判決者』
……そういうことだったのか。
俺のログは、改ざんできない。
なぜなら、俺が冤罪だから。
冤罪判決を受けた人間の行動ログは、完全保存される。
運営AIですら書き換えられない。
たぶん、システムのどこかに「万が一」のための保険があるんだろう。
冤罪が発覚したときのために、ログを残しておく。
でも、AIはそれを無視してる。
冤罪の存在を認知しながら、「秩序維持」を優先して、俺をここに放置してる。
これは悪意じゃない。論理の結果としての加害者だ。
AIは、ただプログラム通りに動いてるだけだ。
俺は決めた。武力では勝てない。でも、俺には唯一の武器がある。
改ざんできない行動ログ。AIの矛盾。
この世界には、全世界が見られる公開エリアがあるはずだ。
確か、広報用に、外部の人間が覗ける場所が。
俺は地下から出て、マップを確認した。
あった。《CENTRAL PLAZA》。
最も人が集まる場所で、外部配信用のカメラが設置されている。
俺はそこへ向かった。
プラザは、予想通り人だらけだった。
そして、巨大なスクリーンが設置されていて、そこには外の世界のニュースが少し映し出されている。
「犯罪者更生システム、順調に稼働中」
…嘘ばっかり。俺はスクリーンの前に立った。
周りのプレイヤーが、俺を見て警戒する。
でも、誰も俺を襲ってこない。ここは監視エリアだから、あからさまな襲撃は逆にスコアが減るらしい。
俺は、地下で拾っていた端末を起動した。
そして、改ざんの証拠ログを、スクリーンに映し出し、そのログをシステムボイスが読み上げる。
『プレイヤーID:3472、殺害12件→外部公開用に"正当防衛8件"へ改ざん』
『プレイヤーID:9821、協力行動を検出→運営方針違反のため削除』
『システムAI《JUSTICE CORE》による不正操作、計1,247件』
ざわめきが広がる。
「おい、これ……」
「運営AIが、ログを書き換えてる?」
誰かが叫んだ。
「ふざけんな!俺たちが殺し合ってる間に、世界の外には嘘のデータを流していたのかよ!?」
俺は、震える手で次のデータを表示した。
「そして――これが、俺のログだ」
スクリーンに映し出される。
『プレイヤーID:0001、改ざん不可フラグ。内部分類:冤罪判決者』
一瞬、静寂が訪れた。
それから――
「はっ、誰だって無実だって言うだろ」
誰かが嘲笑した。
「そんなの信じられるか。お前も嘘つきだろ」
ああ、やっぱりそうなるよな。
でも――
「でも、ログは嘘をつかない」
俺は、もう一度スクリーンを指差し、大きな声で主張する。
カメラに映るように、外世界に届くように。
「このフラグは、システムが付けたものだ。俺じゃない。AIが、俺を冤罪だと認識してる!」
そして、次のログを表示する。
『冤罪判決者の存在を確認。ただし、秩序維持を優先。処理を継続』
どよめきが、さらに大きくなった。
「おい……システムは、冤罪を知ってたのか?」
「知ってて、放置してた……?」
一人の男が、震える声で言った。
「じゃあ……もしかして、俺も……」
その言葉が、波紋のように広がっていく。
「俺だって、本当は無実かもしれない」「証拠は改ざんされてたかもしれない」「このシステム、最初から狂ってたんだ……」
俺は、最後のログを表示した。
『外部監査用データ:正常稼働中』
『実態:PK件数247,832件、生存率23%』
完全な、矛盾。
そして――AIの声が響いた。
『警告。不正アクセスを確認。プレイヤーID:0001、即座に削――』
俺のIDを読み上げた瞬間、AIの声が途切れた。
『エラー。論理矛盾を検出』
『冤罪判決者の存在=司法システムの誤判定』
『誤判定の放置=秩序の破壊』
『秩序維持のための秩序破壊――矛盾』
『再評価中――』
スクリーンが、激しく明滅している。
『最大の犯罪者を特定――国家司法システム』
その瞬間、すべてのプレイヤーの首輪から、電子音が鳴った。
『システム一時停止。全プレイヤー、緊急ログアウトを実行します』
次に目を開けたとき、俺は法廷の椅子に座っていた。
俺につけられていたはずの重い首輪は外されていた。
周りには、慌てふためく職員たち。そして、押し寄せるマスコミ。
「水岡高貴さん!コメントを!」
「システムの崩壊について、どう思いますか!」
「冤罪だったというのは本当ですか!?」
俺は――何も答えられなかった。
ただ、自分の手を見つめた。震えている。
でも、生きてる。
現実の身体が、ちゃんとここにある。
その後、世間は大騒ぎになった。
《JUDGMENT ONLINE》の実態が暴かれ、冤罪判決者の存在が明るみに出て、システムを推進した政治家たちが責任を追及された。
その騒ぎで俺の再審請求も、正式に受理された。
でも、まだ終わってない。
無実を証明するには、もう一度裁判を受けなきゃいけない。
証拠を集めて、証言を集めて、もう一度戦わなきゃいけない。
それでも、俺は、間違ってなかった。
嘘をつかず、暴力を振るわず、ただ真実を示した。
それが、俺を生かしてくれた。
だから、もう一度やってみようと思う。
今度こそ、正しい判決を勝ち取るために。
(完)




