貴族社会からの疎外感
それからひと月後アイザックはまた別の貴族のパーティーに招待された。
場所はかつて訪れたどの場所よりもきらびやかな屋敷で、シャンデリアの光が磨かれた大理石の床に反射し眩いばかりの世界を作り出していた。しかし外は冷たい雨が降りしきり窓ガラスを叩く音がどこか心に重く響いた。
彼はいつものように友人のルークと談笑しようと思っていたがルークの姿が見当たらない。
会場のあちこちに視線を巡らせるがあの軽薄な笑みは見つからない。少しばかり探してみるとルークは奥まったサロンの一角で見慣れた貴族の友人グループと楽しそうに話し込んでいるのが見えた。
彼らはアイザックの姿に気づくことなく肩を寄せ合い親しげな様子で笑い合っている。
アイザックの胸にちくりと針が刺さったような痛みが走った。しかし彼は平静を装って彼らの輪に近づいていく。
「ルークこんなところにいたのか。探したぞ。何をそんなに楽しそうに話しているんだ?」
アイザックの問いかけにルークは一瞬ぎこちなく顔をこわばらせたがすぐにいつもの笑みを取り繕った。
「おお、アイザック! いや大した話じゃないさ。この間の郊外での夜会が最高だったって話をしてたんだよ。あそこは本当に静かで最高のワインが揃っていた。アデリア公爵の別邸を知っているだろう? あそこでの夜会はいつ行っても素晴らしい」
ルークの口から放たれた「この間の郊外での夜会」という言葉がアイザックの耳に嫌な響きとなって届いた。
アデリア公爵の別邸での夜会? そんな夜会が開かれたことなど彼は聞いていない。そして友人たちは皆ルークの言葉に頷き、楽しげに笑っている。誰もアイザックに視線を向けることはない。
「……え、何だそれ。俺は知らないんだが?」
アイザックは思わず問い返した。その瞬間友人たちの間に沈黙が落ちる。彼らの表情は一様に気まずそうに歪み視線は宙を彷徨う。まるで何か隠し事をしていたところを暴かれたかのような反応だった。
その沈黙がアイザックの心に決定的な衝撃を与えた。周りからはしごを外されている。このきらびやかで華やかなパーティーの喧騒が突如として遠いものに感じられ彼の耳には外で降り続く雨の音がまるで世界の終わりを告げるかのように響き渡った。
ルークが慌てて口を開こうとしたがアイザックはもう何も聞きたくなかった。胸の奥から込み上げる深い傷つきと今まで感じたことのない疎外感。貴族社会の冷たい現実が彼に容赦なく突きつけられた。
これまで頻繁に届いていた社交の誘いがこのひと月の間に明らかに減っていた。すれ違う貴族たちのどこか冷ややかで突き放すような視線。それらの小さな異変の点と点が今一本の冷たい線となって繋がった。ヴァルアール家は徐々に貴族社会からつまはじきにされている。
パーティー会場の華やかさとは裏腹に外の雨が彼の心を映すかのようにどんよりと淀んでいた。
この先の将来を楽観視していたアイザックの胸に、言いようのない不安が募っていく。もしこのまま家が没落すれば自分はバルト男爵のようにこの輝かしい社交界から完全に姿を消すことになるのだろうか?
彼にとってその危機感は背筋を凍らせるほど現実的なものだった。
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