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密談と策謀

 王城の奥深く、重厚な扉に閉ざされた一室。窓の外は漆黒の闇に包まれわずかな月明かりすら届かぬ暗い夜だった。室内に灯る蝋燭の炎は揺らめき二つの影を壁に長く落としている。


 国王レオナルド二十世は威厳に満ちた玉座に深く身を沈め、その向かいには細身の体躯を持つ一人の貴族がひざまずいていた。


彼の名はグラント侯爵。


新興貴族の出ながら国王の信任厚い腹心でありその怜悧な頭脳は時に冷徹な策を紡ぎ出すことで知られていた。


「……陛下。これ以上は看過できぬ事態かと存じます」


 グラント侯爵の声は闇に溶けるようにひそやかだった。しかしその言葉には確固たる意志が宿っている。


「増え続ける土地を持たぬ貴族たち。彼らを養うことは我が国の財政にとって大きな重荷となっております。加えて近年台頭してきた新興の商人たちが仕掛ける『富裕層ビジネス』とやらで彼らは無限に金を吸い取られ、ますます窮乏しているのが現状です」


 国王は深くため息をついた。その顔には隠しきれない疲労と苛立ちが滲んでいる。


「うむ、承知している。かの者たちの贅沢三昧が国庫を蝕み、かと言って見捨てるわけにもいくまい。由緒ある家柄だ。彼らが路頭に迷う姿は民の目にも貴族の威信にも関わる」


 グラント侯爵は顔を上げ、蝋燭の光が彼の鋭い眼光を照らした。


「そこで陛下にご提案がございます。この状況をむしろ我が国の財政再建と真に有用な貴族を選別する機会と捉えてはいかがでしょうか」


 国王の眉がわずかに動く。グラント侯爵は国王の反応を見極めるようにさらに言葉を続けた。


  「没落しつつある貴族たちに互いに競争させ、自力で活路を見出すことを命じるのです。そしてその競争を生き残った者には現在問題となっている彼らの不良債権をすべて押し付けるという形で……」


 国王は虚をつかれたように目を見開いた。その計画はあまりにも冷徹でそして同時に絶望的な状況を打破する可能性を秘めているかのように聞こえた。


 グラント侯爵は自らの提案が国王の興味を引いたことを確信し内心でほくそ笑んだ。彼の真の狙いは疲弊しきった貴族たちがビジネスなどで成功できるはずがないと見越していた。



 彼らは競争の過程でさらに借金を増やし破滅するだろう。そうなればその膨れ上がった不良債権を身内の貴族で買い占め、現在の貴族社会の均衡を崩し自らの影響力が盤石にする。


 密談を終え王城の堅牢な石造りの廊下をグラント侯爵は静かに歩いていた。彼の足音だけが深夜の静寂に吸い込まれていく。その表情には先ほどの密談で見せたひざまずく忠臣のそれとは異なる獰猛なまでの野心が宿っていた。


 馬車に乗り込み自身の邸へと戻ったグラント侯爵は、夜半にもかかわらず邸内に煌々と明かりが灯っているのを目にした。広間からは抑制されながらも楽しげな話し声が漏れてくる。彼を待ちわびていたかのように多くの親族――皆地位は低いが彼の血を引く土地を持たぬ貴族たち――が集まっていたのだ。


「侯爵様おかえりなさいませ!」


「陛下のご様子は?」


 彼らが一斉に立ち上がりグラント侯爵に詰め寄る。グラント侯爵は満足げに彼らを見回しゆっくりと口を開いた。


「計画は予定通り進む。陛下は我々の提案に耳を傾けてくださった。これからは真に力ある貴族が台頭する時代となるだろう。そしてそれはすなわち我々の時代が来るということだ」


 彼の言葉に広間は歓喜のさざめきに包まれた。ワイングラスが打ち鳴らされ祝宴が始まる。土地を持たず燻っていた彼らの目にグラント侯爵は救世主のように映っていた。彼らは知る由もなかった。



 この祝宴が他者の没落の上に築かれる冷酷な勝利の狼煙であることを。


 グラント侯爵はその賑わいを静かに見つめながら自らの野望の輪郭がまた一つ明確になったことを確信していた。


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