51.スキル覚醒
「リリアナ様!」
エドワードの声が、静まり返った謁見の間に響き渡る。
リリアナの放った乱射の一筋が、処刑台の十字架を砕いた。猿轡が外れ、彼は必死に愛する人の元へと駆け寄った。
震える手で彼女を抱きかかえると、リリアナの身体はあまりにも軽く、あまりにも冷たかった。
胸に耳を当てる。
何も聞こえない。
心音が、ない。
「そんな……そんなはずは……」
エドワードの頬を、温かな雫が伝い落ちる。
己の不甲斐なさが、胸を締めつけた。捕らえられた自分を救うために、リリアナは命を賭してここまで来てくれたのに。
『愛しています』
ハンカチに包まれた、あの愛らしい告白の文字が脳裏に蘇る。
「リリアナ様……私は、私は何と愚かな……」
一瞬でも彼女を疑った自分を、エドワードは許せなかった。騎士として、男として、これほどの失態があろうか。
膝から崩れ落ちる。
「ハハハ! エドワード! 貴様もここで息絶えるがよい!」
女王の高笑いが木霊する。
もはや生きる意味も見出せない。愛する人を失った今、この世に何の未練があろう。
ならば、せめて最後に――。
「リリアナ様……私も、心から愛しております」
そっと、彼女の唇に己の唇を重ねた。
その瞬間だった。
【称号〝色盲の染料師〟を獲得しました。スキル覚醒】
天から降り注ぐような、神々しい光に包まれて、金髪の美女がゆっくりと上半身を起こした。まるで深い眠りから目覚める森の姫君のように、美しく、神秘的に。
「リリアナ様!」
何が起こったのかは分からない。しかし確かに、愛する人が今、ここに戻ってきてくれたのだ。
「エド……ワード様……?」
かすれた声音に、エドワードの心は歓喜で満ち溢れた。
「ああ、良かった……本当に良かった!」
彼は迷わずリリアナを抱きしめる。
リリアナの身体を包む、淡い薔薇色のオーラ。
それは間違いなく、覚醒の証だった。
女王は戦慄する。自分よりも遥かに強大な魔力が感じられた。
「まさか……エドワードのスキルに、『色』の力を回復させる何かが……」
狼狽える女王を尻目に、リリアナは静かに立ち上がった。
視力は失われたままだ。けれど全身に漲る力を、彼女ははっきりと感じ取っていた。
(覚醒したスキル――それは人の『心の色』を奪う力……)
「エドワード様……お願いです。私の手を支えてくれませんか?」
トラウマを呼び起こされ、四肢の震える彼女がエドワードに尋ねる。
彼女の小さな手を、エドワードはしっかりと包み込んだ。
「いつでも、リリアナ様のお側におります」
いつからだっただろう。
自分がリリアナ嬢を目で追うようになったのは。
「新しい王宮染料師が来るらしいぞ」
「どんな人だろうな」
まだ兵士見習いだった頃、美しい衣装をまとった女性が王宮に現れた。それがリリアナ嬢との出会いだった。
最初は数多くいる職人の一人としか思わなかった。
しかし――。
「リリアナ! 陛下がまた貴女の染め物をお褒めになっていたわよ!」
「素晴らしいじゃない!」
瞬く間に宮廷の人気者となった彼女を、エドワードは遠くから眺めていた。
転機は、騎士に昇進してしばらく経った頃のことだった。
森での演習でモンスターの体液にまみれた服が、どうしても綺麗にならない。思い切ってリリアナに直接頼んでみることにした。
「お任せください!」
弾けるような笑顔で引き受けてくれた彼女。
だが三日経っても、服は戻ってこなかった。
心配になって夜中に工房を覗くと――リリアナは眠ることも忘れて、一心不乱に作業をしていた。
額に汗を浮かべ、真剣なまなざしで。
王宮染料師は多忙を極める。常に女王や王族の大量の注文を抱えているのだ。丁度その時期は重要な国事を控え、工房は大変な忙しさだったのだろう。
「手伝える事はありませんか」
思わず声をかけた時、リリアナは振り返って微笑んだ。
「わたくしの夢は、誰にも負けない染料師になって、みんなを笑顔にすることなんです」
その時だった。
エドワードの胸に、温かな感情が宿ったのは。
『誰にも負けない染料師』――。
それ以来、リリアナの作る色は何であろうと、エドワードにとっては世界で最も美しい色となった。
その想いは、決して変わることはない。
「リリアナ様。私が敵の注意を引きます。その間に、スキルを――」
【スキル彩眼】
エドワードは雷光のような速さで女王に肉薄した。
「小癪な!」
女王の槍がうなりを上げて突き出される。しかしエドワードの洗練された剣技が、その攻撃を完璧に封じ込めた。
「今です、リリアナ様!」
光を失った瞳が、力強く見開かれる。
両手を天に向けて広げると、掌の中心が眩い光を放ち始めた。青、紅、翠、黄金――ありとあらゆる色彩の奔流が、天高く立ち昇っていく。
女王も負けじとスキルを放つが、その魔力はリリアナのそれに及ばない。
リリアナは魂の底から叫んだ。
「わたくしは今――人々から『心の色』を奪います!
不安の色!
悲しみの色!
憂いの色!
もう誰も病に怯えることがないように!
もう誰も戦で愛する人を失わないように!
もう誰も飢えに苦しまないように!」
天井を突き破った魔法の色彩は、王都の空に広がり、遥かルーバリア王国にまで届いた。
人々の身体から病斑が消え失せ、食卓にはパンが現れる。
街に現れたモンスターは泡と消え、ダンジョン配信で失われた命が肉体に戻っていく。
包帯にくるまれ棺に納められていたニヒリアが、葬儀の最中にむくりと起き上がった。会場は恐怖と歓喜の悲鳴に包まれる。
「愚か者が」
女王は必死にスキルを放ちながら毒づいた。
「そこまで覚醒スキルを使えば、魔力そのものが封印されるぞ」
「構いません」
リリアナの声は、揺るぎない決意に満ちていた。
「わたくしはリリアナ・ヴァンディス。染料師です。色を奪い、色を与えるのが――わたくしの使命ですから」
彼女の光が、女王のスキルを完全に圧倒していく。
「リリアナめえぇ―!」
轟音。
謁見の間に大爆発が響き渡り、女王は瓦礫の山に呑み込まれていった。




