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50.リリアナ死す

 全身に悪寒が走りました。


 汚れた石ころを見る冷酷でさげすんだ視線。


「よくも戻ってきたものだな、裏切り者よ」


 陛下の声は低く、わたくしの心臓を締め付けます。


「わたくしはエドワード様をお助けするために来ただけです!」


 わたくしの叫び声が、広い謁見の間に響き渡りました。


 激しい鼓動。手の平には冷たい汗がにじみます。


 本当なのです。わたくしに謀反むほんの心など、微塵もございませんのに。あのときだってそうだった……。


「フゴフゴ」


 エドワード様は縛り付けられたまま、さるぐつわで口を塞がれておいでです。何かを必死に訴えようとなさっているよう。


「フフフ……」


 陛下がゆっくりと立ち上がり、謁見の間の中央へと歩を進めました。両手を天に向けて掲げると、なんと、あの忌まわしい三又のやりが現れました。わたくしを色盲にした、あの槍です。


 身がすくみます。わたくしはプルプル震えながら、戦闘の構えを取りました。


 一度受けた攻撃。今度こそ見破って、反撃の糸口を掴まなくては!


 額を伝う汗。震える手。それでも、エドワード様のためなら——


「やるしかございませんわ!」


 決意を込めて唾を飲み込んだその瞬間、陛下の唇から予想だにしなかった呪文が紡がれました。


「スキル染滅せんめつ、発動せよ!」


 雷に打たれた衝撃がわたくしを襲います。


 なんということでしょう——陛下が使われた魔法は、わたくしと同じ『染滅せんめつ』だったのです!


 チュイーンと陛下の槍にエネルギーが収束し、わたくしに向けて振り下ろされます。


 ズガガーン!


 わたくしとは比べ物にならないパワー!


 美しいステンドグラスは無残に砕け散り、チェス盤を模した大理石の床は蜘蛛くもの巣状にひび割れ、その衝撃波で壁面までもが歪んでいます。


「まさか……陛下が染滅せんめつを……!」


 わたくしは咄嗟に前転し、破壊のエネルギー波から身を逸らしました。ひざはがくがくと震え、唇は恐怖で青ざめます。


(……なるほど! わたくしが色盲になったのは、瞳にフルパワーの染滅せんめつを受け、視神経に深いダメージを負ったからなのですね!)


「ハハハ! 年月を重ねて、逃げ惑うことしか覚えなかったのか!」


 陛下は詠唱すらなさらず、次から次へと染滅せんめつのエネルギー弾をこちらに撃ち込んできます。


 わたくしは必死に駆け回り、椅子や壁のくぼみに身を隠そうとしますが、陛下の魔力は圧倒的! 隠れみのを次々と粉砕され、もはや身を守る場所が何一つ残されていないではありませんか!


 ケホケホ……


 舞い散る粉塵で、謁見の間は霧に包まれます。


 わたくしは涙で曇った瞳で陛下を睨みつけ、反撃を試みました。


「スキル染滅せんめつ発動なさい!」


 あの三又の槍に命中すれば、虹色のエフェクトが散って、武器を無力化できるはず——!


 けれども、


 陛下はわたくしのエネルギー弾を、小さな虫でも払うように、片手で弾き飛ばしてしまわれるのでした。


「嘘……そんな……!」


 反則です! あまりにも不平等な力の差!


「自分の技が役立たぬだろう? どんな気持ちだ?」


 陛下が再び片手を天にかざすと、今度は聞いたこともない呪文が。


「スキル染滅せんめつ、【メモリー】!」


 一体、何?


 空間がぐにゃりと歪むと、床から半透明の緑色をした人影が、ぞろぞろとわき上がってくるではありませんか!


 地獄の亡霊のように、それらはわたくしに向かって不気味に歩み寄ってまいります!


 背後は壁。逃げ場はございません。


 しかも——緑の亡霊たちの顔は、見覚えのあるものばかり。


 わたくしに汚水をかけて嘲笑あざわらった衛兵たち。

 自分を襲おうとしたグリゲン様。

 わたくしを裏切った染料師の同僚たち。

 わたくしを見世物にしたランキング上位の配信者。


 それらすべてが、悪夢から抜け出してきたかのように、わたくしの前に立ちはだかっているのです。


「きゃ、きゃああー!」


 わたくしの口から、制御の利かない悲鳴が漏れ出しました。


 脳の最も深い場所に封印していた、思い出したくない記憶の数々——それらが一気に蘇り、わたくしの心を容赦なく蹂躙じゅうりんしていくのです!


染滅せんめつ! 染滅! 染滅! 染滅! 染滅!」


 何も考えられません。


 ただただ恐怖に駆られて、わたくしは染滅せんめつを乱射いたします。どこに向かって撃っているのかもわからないまま、がむしゃらに、必死に!


 緑の亡霊たちは消えては現れ、消えては現れ、包囲の輪をじりじりと狭めてまいります。


「どうだ!」


 陛下の勝利のこうしょう


「スキル染滅せんめつには覚醒段階がある。覚醒した染滅せんめつは、人の心の色そのものを操れるのだ!」


 なんということ……覚醒スキルだったなんて……!


 緑の亡霊たちに攻撃力はほとんどございませんが、わたくしの心に刻まれたトラウマを呼び起こし、精神を破綻させようとしているのです。涙が止めどなく溢れて、頬を濡らしてまいります。


 そうです——あの頃のわたくしは……





 色の世界をまだ知っていた、光に満ちた日々。


 職人仲間たちは、いつもわたくしの染料を見て賞賛してくださいました。


「リリアナは私たちの希望の星よ」

「いつかリリアナみたいな一流の職人になれたら……!」


 自信に満ち、未来に何の不安も抱いていなかった、あの輝かしい日々。


「来月は陛下の御召し物を手がけさせていただきますの」

「陛下、どうぞお待ちくださいませ。必ずや心を込めた傑作を完成させてみせます!」


 何のいさかいもなく、

 何の疑いもなく、

 自然に笑っていられた、あの美しい日々。


 希望という名の光に包まれていた、あの幸せな日々。


 それが、ある日突然、

 たった一言で

 すべてが奪い去られた。


 わたくしはらくの底へと突き落とされてしまったのです。


 わたくしの顔から笑顔は消え失せ、恐怖と絶望に彩られた毎日を送ることになりました。


 周囲はすべてが敵。誰一人として信じられません。


 ここ数週間、心の平安などほとんど感じていませんでした。


 頭の中はいつも同じことばかり。


 あの時代に戻りたい、昔に戻りたい、自分が最も美しく輝いていた、あの時に……


 けれども、それは絶対に——どんなに願っても、どんなに祈っても——二度と戻ることのない過去。


 涙がせきを切って溢れ出し、わたくしはその場に崩れ落ちて、ワンワンと泣いてしまうのでした。





 ピー。


【飽和状態まで残りゼロパーセント。スキルがロックされました】


 わたくしの頭の中で、例の説明が聞こえてきました。


 どうやら、スキルが限界を迎えたようです。





「効果は抜群のようだな。染滅せんめつは心の彩りを糧にして攻撃するスキルだ。撃ちすぎるとロックされる」


 陛下の氷のような言葉。


 くつおとが規則正しく響き、陛下がゆっくりとわたくしに近づいてこられます。


 わたくしにはもう、立ち上がる気力すら残っておりません。


「喜べ、リリアナ。お前の最後の希望を奪ってやる!」


 ビシュ!


「あ……ああ……あ、あう……あ……」


 陛下の三又の槍が、わたくしの両目を無慈悲に貫きます。再び。





 そして——


 わたくしの目は、


 光を見ることをやめてしまったのでした。





 わたくしは——


 完全に、


 そう完全に、


 視力を奪われてしまったのです。





「さらばだ、リリアナ」


 聞こえるのは、破滅のエネルギー弾が放たれる音のみ。


 耳をつんざく轟音がわたくしに向かい——


 わたくしの身体は何か硬いものに激突し——


 意識が——


 意識が——


 ……


 薄れて……


 い……


 エドワー……様……


 エ……


 ……


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