32.オレンジの女【ざまぁ】
「な、なんじゃこれは!」
陛下のお声が、宮廷に響き渡りました。
わたくしの絵を見て、椅子から跳び上がられます。
群衆のざわめき。
通せ!リリアナ様をお助けせねば!と、人々をかき分けて駆けつけてくださったエドワード様が見えます。エドワード様もわたくしの絵を見て、その場で固まっておいででした。
その絵は──
色を塗らず、黒鉛だけの線を使い、スケッチ画のように描いた陛下。
その陛下の背後に、単色の絵具を使って描き足した微笑む女性。
女性は後ろから陛下を抱き締めています。
「な、なんたる無礼! 陛下に色も塗らず、彩りがあるのは女の方とは!」
王の御付きの一人が紅潮して叫びます。
陛下は周囲を静かにならせ、射るような視線でわたくしに質問なさいました。
「なかなか斬新だが、当然、意味があるのだろうな?」
もう後戻りはできません。
失敗すれば間違いなく追放です。
わたくしは目を閉じて、深く息を吸いました。
心を落ち着かせてから、考え抜いた言葉を紡ぎ出します。
「陛下、この絵は陛下のお心の状態を表しております」
「心?」
「そうです。陛下は大切な方とお別れされたご経験があり、それがずっと心に引っ掛かっているのではありませんか?」
御付きの一人が「やめさせろ!」と怒鳴りますが、陛下は首を横に振り「続けたまえ」と言ってくださいました。
わたくしはその場にしゃがんで、頭を垂れ、最大限の敬意を払いつつ説明を続けました。
「この絵は、失意にくれる陛下です。立派に見えるのは外見だけ。心の彩りが失われている」
「なんたる高慢! 侮辱にもほどが……」
「誤解なさらないでください」
わたくしは即座に言葉を足しました。
「わたくしからの視点ではございません。お別れになった方からの視点でございます。後ろの女性は、お別れになった方を象徴しており、その方から見ると、今の陛下は失意で心にぽっかりと穴が空いているように見えるという意味です」
「なぜオレンジなのか」
陛下がお尋ねになりました。
後ろの女性はオレンジ色。なぜオレンジ色に描いたのか。そういう問いでございました。
「離れた場所から、いつも陛下を見ていらっしゃるからです」
それで十分でした。
陛下は、その場でまるで子供のように、泣き始められたのです。
「陛下!」「陛下!」
「大丈夫だ」
御付きの皆さまが陛下の身を案じ、陛下が涙をぬぐわれました。
「そうか、知っていたのだな。娘が若くして旅立ったことを」
(なるほど! 陛下の娘様がお亡くなりになっていたのですね!)
わたくしは心の中で手をポンと叩きました。
人をオレンジ色に描くと、神々しさが増し、当人が天使のように見えるのです。
わたくしは陛下からの答えを聞きながら、必死に次の言葉を絞り出します。
「ですので、これは亡くなられた娘様が、王を抱き締め、元気を出してと耳元で囁いている光景でございます。天使となられた娘様は、いつも陛下の傍においでです」
わたくしは笑顔で言いました。
「わたくしは染料師です。染料師は色を作るのが仕事です。どうして色のない陛下に色をお作りすることができるでしょうか。娘様のためにも、心に彩りを持っていただきたいと思うのでございます」
「……許さない、許さないわ!」
その声はロゼリア様でした。
振り返ると、彼女は禍々しいオーラを出しながら、わたくしに掴みかかってくるのでございました。
「肖像画対決よ! 陛下に色を塗らないなんて論外! あんたの絵なんて絵具で潰して、ビリビリに破ってやるんだから!」
あっ。
彼女が言い終わるや否や、彼女の足元が滑り、パレットが手のひらから離れて宙を舞いました。
彼女の悲鳴。
パレットは絵具を盛大に飛ばします。
その絵具は弧を描いて群衆に向かって行き、
ベチャ。
陛下の衣服と顔に、べっとりと塗られてしまったのでした。
「もぉぉおし訳ございませんー!」
ロゼリア様が即座に土下座をされました。
「ロゼリアあー!」
陛下の怒号。
「良い雰囲気をぶち壊しおって! 貴様は半年間の減給だ! この勝負、染料師の子女を勝ちとする!」
群衆から拍手が湧き立ちました。
:すげー勝負だった!
:【クミさんがスパチャをしました】
:染料師ヤベーwww
:ほろりときた
:【ザーンさんがスパチャをしました】
:陛下万歳!
:ロゼリア様の失態は痛かったな
:【アイさんがスパチャをしました】
♢ ♢ ♢
「リリアナさん、疑問がたくさんあります。どうして陛下の娘が亡くなっていると分かったのですか? どうして色が見分けられないのにオレンジを選べたんですか?」
犬がしっぽを振るようにしてやってきたドスナの息子様。
自宅に帰ると、配信を見ていたであろう彼が、目をキラキラさせながら訊ねてきました。




