3.服とアップリケ作り
王宮を後にしたわたくしは、着の身着のまま、近くの森へ逃げ込みました。
景色に彩がないのは、実に奇妙な感覚でございます。
秋には紅葉狩りに、春には薄桃色の花を付ける木々をめでるのが楽しみでした。ですが今は、森全体が墨を落したように静まり返って見えました。
「ああ、わたくしの美しい世界が……」
なんと寂しい光景でしょう。
わたくしは、吐息しつつ、森の奥へ奥へと足を進めます。
「太陽が傾いてきましたわ。このままじゃ、寒くて凍え死んでしまいますわね」
わたくしは歩き疲れ、景色の良さそうな場所で一晩を明かすことにしました。
森、川、地平線の見える小高い場所です。
木切れを集めて回り、乾いた枝や葉っぱを探し、手頃な石も拾います。
「一度ソロキャンプをしてみたかったのですわ! 念願がかないましたわね! そうよね、リリアナ!」
キャンプの「キャ」の字も知りませんが、なんとか自分を励まし、気丈夫に振る舞います。
工房では、染料作りに火を扱うことも多く、火起こしスキルだけはあります。
「【イグニス・フラム】」
太陽が完全に隠れる直前、ようやく焚き火台が完成したので、詠唱すると、ゴウッと勢いよく炎が上がり、体温が戻るようになりました。
ふくろうの鳴き声が聞こえる時間になりました。
「次は服ですわね」
松明の明かりを頼りに、近くの森を探索します。
ここでも染料師としての知識が役立ちました。
繊維質の植物を集めて回り、魔法で生地に仕上げます。
「【テクストゥラ・ウィーブ】」
植物たちは瞬く間に、薄い滑らかな布に変化します。
「あと少しですわ」
額から汗をぬぐい、仕上げに取り掛かります。
生地を重ねて、つる草を糸にして縫い上げました。
「──これは……、服としての体裁を成しているのでしょうか?」
布をつぎはぎしただけのソレは、王宮の衣装とは似ても似つきません。ただ身体を覆う「広い布」でしかないように思えました。
胸元は下品に開いていて、お尻もほとんど隠れておらず、左右の袖は長さが違いました。
わたくしは自分の仕事ぶりに呆れかえって、つい噴き出してしまいました。
「衣装師様から、服の作り方をもっとまじめに学んでおくべきでしたわね」
クスクス。
一度失敗すると不思議と気持ちに余裕ができ、野宿が楽しくなってきました。
「そうですわ! せっかく最初の服なのですから、かわいいアップリケでも付けましょう! 色は赤橙。ヘマタイト鉱石にシロザクロの果汁を足して、色を定着させないと。明日も大忙しですわね」
……。
そうでした。色はもう見えないのでした。
わたくしは邪念を払うように首を振ります。
いいえ、色は見分けられなくても、心の彩は絶やしてはなりませんよ、リリアナ!
わたくしは必ず赤橙のアップリケを作ろうと決意したのでした。
♢ ♢ ♢
小鳥たちのさえずりで、わたくし目を開けました。
「うーん、よく寝ましたわ!」
木に身体を預けたまでは覚えています。疲労から睡魔に襲われ、いつのまにか寝ていたのですね。
起き抜けに、昨日採取しておいたキノコを焼いて食べ、活力を戻します。
「体調はいい感じですよ! 早速アップリケづくりに勤しみましょう!」
暗い時間帯はわかりませんでしたが、森にはいろいろな木が自生していました。
シカが草をはんでいて、彼らを驚かさないよう慎重に横歩きして、木の実を採ったりしました。
じゃん!
採取完了です!
シロザクロの木はありませんでしたが、赤染料の原料であるヘマタイト鉱石の欠片があったのは幸運といえましょう。
途中で見つけた良く知らない実は、少しかじると渋くて不味く、三十個ほど採取に成功です。植物の渋味成分は、色の定着剤として重宝なのですよ。
では、アップリケを作りましょう!
まずは実を木棒ですり潰して、ドロドロにします。ちょっとキノコの煮出し汁を加えて、液剤として使えるようにしました。
次にアップリケ本体です。
繊維質の植物から布を作り、川でくんだ水にヘマタイト鉱石を混ぜて布を入れ、しっかりと揉んでいきます。
色がついたと思ったら、容器にさっきの液剤を投入し、色を定着させましょう。
川で布を軽く洗い、ロープを張った物干し竿で乾かします。
乾く間はお昼ご飯ですね。
メニューはキノコです。ええ、キノコが大好きなのですわ。残念ですが。
憤然と食べ終わったら、乾ききった布を平たい石の上に広げます。砕いた黒曜石をハサミ代わりにして、好みの形に切り抜いていきます。
できました!
わたしは小鳥のアップリケを持ち上げました。
どうでしょう? なかなかの出来栄えじゃありませんか? 残念なのは色が分からないことですが。
アップリケを服の右下に縫い、またちょっと元気になりました。
それからというもの、わたくしは森の中を進みに進みました。
何日経った頃でしょうか。
徐々に足に筋肉がつきはじめ、山道を歩く足取りが軽く感じられるようになったころ。
巨大な洞窟が口を開けて、わたくしの前に現れたのです。
「これって、噂でしか聞いたことがありませんでしたが、ダンジョンとかいうヤツじゃございませんこと?」
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