2.白黒世界のはじまり
槍で貫かれたとき、わたくしは目を閉じ、怖れに身を震わせていました。
眼球に痛みが走ったのですが、それだけです。
わたくしが恐る恐る目を開けると、
世界が突然、白と黒だけの世界に変わっていました。
「えっ……」
色という概念が、
わたくしの両目から完全に消え去ってしまったのでございます。
周囲から笑い声が聞こえてまいりました。
「くすくす……」
「あれでは、もう染料師なんて無理ですわね」
わたくしと一緒に働いていた宮廷の職人たちの声でした。彼らはわたくしの苦しみを見て、まるで見世物を楽しむかのように笑っているのでございます。
「ざまあみろ、リリアナ」
マリアンヌの声が、勝利の響きを含んで聞こえてまいりました。
女王陛下がお手を振られると、衛兵たちがわたくしを引きずり始めました。
「リリアナ・ヴァンディス。貴様を王都より永久追放とする。二度と王都の土を踏むことないであろう」
わたくしは衛兵に引きずられながら、謁見の間を後にいたしました。
王宮の長い廊下を、衛兵と歩いておりますと、向こうから見知った人影が現れました。
エドワード・ミルトン様。
王宮の官僚としてお働きになっている彼は、わたくしが密かに想いを寄せている方でした。
りりしい眉。整った目鼻立ち。翡翠のような瞳。
わたくしはエドワード様の姿を捉えた直後、反対方向に首を回し、ぎゅっと目を閉じました。
髪はボサボサで、お化粧も落ち、ほとんど裸みたいな格好です。
わたくしはお顔を伏せて、彼の前を素通りしようといたしました。
心残りはありません。
最後にエドワード様のお姿を拝見できただけで、リリアナは嬉しいのです。このメモリーを、今後いつまでも胸に秘めて──
「お待ちください」
美声がわたくしを呼び止めました。
「あなたは……。あなたはリリアナ様ではございませんか? いったい何があったのですか?」
彼の声には、驚きと心配が混じっておりました。
「エドワード様……」
色々な感情が津波のように押し寄せ、わたくしはまた泣き出しそうでした。
彼がわたくしの肩を掴みました。
「リリアナ様、あなたは王都にとって必要不可欠なお方です。あなたの作る色は、魔法のように美しい」
彼のお言葉は、わたくしの心に温かさを与えました。
わたくしは笑顔でお別れすると決めました。唇を噛んで、泥のような顔に精一杯の微笑みを貼り付けて、
「わたくしは負けたのです。ライバルに一杯食わされました。さすがマリアンヌ様ですね。今のわたくしは色も見分けられず、王宮の厄介者です」
「何を言っているのです! 敵がいるなら打ち払って差し上げます!」
エドワード様の腰には、いつも剣があります。
陛下の勅令をどうやって無効にするというのでしょう。そんな方法はありません。
「わたくしは大丈夫でございます」
わたくしは彼の手を優しく外しました。
「きっと、どこかで新しい道を見つけますから」
「リリアナ様……!」
「どうかお元気で」
そして、わたくしは王宮の門を、目をつぶって走り抜けるのでした。
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