16.メイクで変装ですわ!
ダンジョンの入り口に集まった動物たちは、大きな瞳を潤ませて、わたくしを見つめておりました。
いつもは元気いっぱいのリスさんもシカさんも、今日はしくしくと泣いているではありませんか。
「みんな……」
わたくしは膝を折り、一匹一匹の頭を優しく撫でて回りました。
「ごめんなさいね……。リリアナは、しばらくお別れしなくてはなりませんの」
ストレイビースト様のダンジョン配信のせいで、わたくしの動画は更なる拡散をみせておりました。女王陛下の耳に届き、新しい刺客がここを訪れるのも時間の問題でございましょう。
わたくしは、このダンジョンに愛着がわいておりました。
手作りの家具たち。愛らしい動物たち。
すべてを置いて行かねばならないのかと思うと、涙がこぼれそうになりました。
その時、遠くから馬の蹄の音が響いてまいりました。
「リリアナ様! お支度は整いましたか?」
エドワード様です。
わたくしは肯き、包みを抱えました。中には金貨と食料が入っております。
ウリちゃんは、わたくしの腕の中でくるりと丸まって、スヤスヤと寝息を立てています。
「リリアナ様。隣国ルーバリアなら、しばらくは身を隠せるでしょう。あちらには古い知り合いもおりますし、新しい生活を始めるのにはぴったりです」
エドワード様のお声には、希望が込められておりました。
「そうですわね。アパートでも借りて、新天地で今度こそスローライフですわ!」
と、その前に。
「エドワード様、その格好では目立ちすぎますわよ」
わたくしは彼のキラキラ光る鎧と、甘いマスクから放たれるイケメンオーラを指差して告げました。
♢ ♢ ♢
わたくしは作り置きした染料と自作の服を取り出しました。
騎士の立派な装束では、一目で正体がばれてしまうでしょう。
今こそ、お着替えとメイクが必要です。
じゃん!
木の根や洞窟内で見つけた濃い薬草を調合した、リリアナ特製、変装メイクセット!
(リリアナ注:調合した色は、それぞれ容器を変えており、色が見えなくてもお化粧できます。確認作業は手鏡でエドワード様がしてくださいますのよ)
彼の頬に薄く塗り、ホコリっぽい肌を演出します。眉を丸く平凡に描き、唇の色を抑えて、ほうれい線を描くと──
ご覧くださいませ! 立派な騎士様が、見る見るうちに、どこにでもいる普通のオジサマへと変わっていきます!
(ああ! それでも隠し切れないイケメン!)
わたくしはクラリと倒れそうになり、エドワード様が受け止めてくださいました。
化粧をしながら、エドワード様がぽつりと口を開かれました。
「リリアナ様、あれから考えていたのですが……」
「はい」
「あなたのスキル『染滅』について、一つの仮説が浮かんだのです」
わたくしは手を動かしながら、彼の言葉に耳を傾けました。
「恐らく、モンスターの色や模様を取り払う能力なのではないでしょうか」
「色や模様を……ですか?」
「ええ。あのカエルへの攻撃を見て、直感いたしました」
エドワード様の瞳に、確信の光が宿っています。
「色を取り払うことで、なぜモンスターが弱くなるのでしょう?」
「警告色がなくなるからです」
彼は真面目な表情で説明を続けられました。
「生き物にはそれぞれ、相手を威嚇する『色』があります。毒ガエルなら、黄色や赤で身体を飾り、縞模様で毒の危険を主張する。猫科のモンスターなら、身体に刻まれた斑点こそが、その獰猛さの象徴です。これを警告色というのです」
「なるほど……」
わたくしの心に、一筋の光が差し込んでまいりました。
「警告色を取り払えるから、カエルは毒腺がなくなり、虎はおとなしくなってしまう……そういうことなのですね」
「その通りです。リリアナ様の力は、モンスターの本質的な力を削ぐものなのかもしれません」
色を奪う力——。
色盲のわたくしに、皮肉でもあり、ピッタリでもあり。
「もちろん、これは仮説に過ぎません。それに、強力なスキルには、必ず代償が伴うものです」
「代償……ですか?」
わたくしの手が一瞬止まりました。
「そうです。ライフが削られる、防御力が低下するといった、発動者自身にもダメージが及ぶのが通常です。まだそれが表面化していないだけかもしれません。スキルの全体像が判明するまで、リリアナ様はできる限り『染滅』を慎重に撃つのが望ましいです」
エドワード様のお言葉には、深い説得力がございました。
「──それにしても」
エドワード様はおっしゃいます。
「リリアナ様が新しくお作りになったこの衣装は、本当に素晴らしいですね!」
彼の瞳は純粋そのもので、わたくしの作った、おニューの服をじっと見つめておいでです。
(褒められました!)
わたくしの心は天にも昇りそうです。誰も褒めてくれなかった裁縫テク! 今回も駄作かと思いつつ、ついにわたくしの技術が覚醒したのですね!
「ありがとうございます。褒めていただくと嬉し──」
「いやー! ほんっとうに、立派な物乞いに見えますよ!」
も・の・ご・い?
わたくしの両目は豆粒になってしまいました。
「さすがリリアナ様です! 物乞いに変装し、危険人物ではないと相手に伝える作戦ですね!」
「……」
喜べばよろしいのでしょうか。それとも、悲しめばよろしいのでしょうか。
わたくしの裁縫テクは、物乞いの衣装レベル、と。
せめて庶民が着るカジュアルな服だと言っていただきたかったですが。
「それは、どうも、ありがとうございます……」
わたくしは顔を蒼くして薄笑いを浮かべるのでした。
こうして、わたくしたちは、新しい旅の支度を整えたのでございました。
エドワード様は剣を腰に下げ直し、力強くおっしゃいます。
「それでは、参りましょう! 馬で行けば夕方には到着するでしょう」
後ろを振り返ると、
ダンジョンの入り口で、動物たちがまだわたくしたちを見送ってくれています。リスさんもシカさんもウサギさんも……。
わたくしは片手を上げ、精一杯手を振りました。
「みんな……また必ず会いましょうね」
風に乗って、動物たちの鳴き声が聞こえてまいります。
不安と期待が胸の中で渦巻く中、わたくしたちは城壁へと向かって馬を走らせたのでした。
~第一部 終~
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