15.チャンネル喰い【ざまぁ】
こうして、ランキング十位、『紅牙のストレイビースト』様は洞窟から退散なさるのでした。
「あの……」
か細い声が、わたくしを引き留めます。
振り返ると、ヒーラー役の女性が、リーダーの陰に隠れるようにして立っていらっしゃいました。さきほどの戦闘で、わたくしの服を切り裂いてしまわれた方でございます。
「こんなことを言うのは、都合がいいのは分かっているんだけど……。その、あの、服を分けてくれないか?」
ヒーラー様は恥ずかしそうに俯かれました。
彼女はカエルにやられて、わたくし以上に、羞恥極まる格好でございました。
「お待ちなさいませ!」
わたくしは張り切って、服作りに取り掛かります。
慣れたものです。魔法で布をこしらえ、縫い合わせ、今回は森で見つけたコスモスリの実を使って、ピンク系に染めることにしました。
──三十分後。
「できましたわ!」
わたくしは誇らしげに、アップリケの付いた服を差し出しました。
「綺麗な色!」
女性は、ぱあっと顔を明るくされました。まるでモミジナの花が咲いたような、美しい笑顔でございます。
彼女は早速服を着替え、
そして──
ちーん。
場が、静まり返りました。
(あらら……)
やはり、胸元が下品にはだけ、お尻が半分ほど見え、袖の左右の長さが違っているのでございました。わたくしの裁縫技術はからっきしです。
ヒーラーの女性は、どよんとした表情を浮かべながら、お礼を言ってくださいました。
「おい」
エドワード様の低い声が、去りゆく配信者の方々を呼び止めました。
「まさかリリアナ様から服を貰っておいて、なんの謝礼もないというのか?」
エドワード様の瞳が、氷のように冷たく光ります。
「リリアナ様は稀代の染料師だ。戦で負けた上に、プロの職人からタダで衣服を貰うとは、よほど身分が高いのだろうな」
お仲間の一人がこそこそと、
「染料師といえば、王族に化粧を作ったりする人だろ? 王国の興亡も職人次第とまで言われる、あの染料師か!」
目の前の配信者の方々は、さらにぶるぶると震え始めました。
エドワード様は、凄みのある声で続けます。
「服代は百万ルルだ。きっちり払ってもらう!」
「わたしたちの半年分のお給料よ!」
ヒーラーの女性が、金切り声を上げました。
「染料師を傷つけることがいかに重罪か分かっているなら、一千万ルルでも安いと思うがな」
わたくしは慌てて、エドワード様の袖を引っ張りました。
「エドワード様、そんなに……」
リーダーのビースト様は、片手でヒーラーの女性を制止されました。そして無言でエドワード様の手鏡に自分の鏡を重ね、決済の呪文を唱えます。
わたくしの手に大袋が出現いたしました。
ずっしりとした重み。
袋の中を覗くと、金貨が山のように詰まっています。
(ひゃ! こんなにたくさん!)
「もう一つ!」
エドワード様はさらに続けます。
「動画を消せ。リリアナ様を記録に残すな!」
ビースト様は渋々同意し、お仲間と一緒に空の彼方へと去っていかれるのでした。
『称号〝小工房の染料師〟を獲得しました。スキルの攻撃範囲、五十パーセント増加。威力、五十パーセント増加』
抑揚のない声が、再びわたくしの頭の中に響いてきました。
♢ ♢ ♢
(※スカ表現注意)
夕暮れ。
焚き火の前で、ストレイビーストは瞳を半月にゆがめていた。戦いにこそ敗北したものの、動画の再生数が驚異的な伸びを見せている。もうすぐ六十万再生を超えるのだ。
「へへっ。だーれが動画を消すかよ! 炎上商法最高! 次はあの女をひっとらえて、ブタに襲わせる動画でもとるか! 百万はいくんじゃねーか?」
ビーストは興奮気味に言った。
「土下座させられたままなんて格好悪いし、復讐はしないとねー」
隣では、ヒーラーの女が彼の腕にすり寄りながら口をとがらせている。
彼らに後悔の念など微塵もなかった。
「そのチャンネル、あたしにくださらない?」
突然、冷たいナイフのような、それでいて艶のある女の声が降り注いだ。
「お、お前は、カレイドんとこのヒーラー、〝チャンネル喰いのノエリア〟! パーティーを壊滅させて、気に入ったチャンネルを横取りするって噂の!」
ノエリアは、透き通るような白い肌に、腰まで届く銀色の髪を持つ女であった。深い青の瞳は怪しく輝き、聖女を思わせるローブに身を包んでいる。
ノエリアは、豪華なステーキを前にした人間のように舌なめずりをした。
「最近あなたのチャンネルが話題だから、いただこうと思って」
「横取りしてどうするつもりだ!」
ビーストの叫びに、ノエリアは首を傾げた。まるで当然のことと言わんばかりに、
「どうするって、動画を配信するに決まってるわ。あたしの敬愛するカレイド様の──」
「の?」
「──動画の編集を担当してくださる方に、最近お子様ができて、おトイレの音を大層気に入っていらっしゃるの。ブリブリ、チョロロっていう音。だから、モンスターのトイレ動画を延々と垂れ流すチャンネルにしたいと思って」
ノエリアは瞳を歪め、頬を染めながら語った。
ビーストの脳裏に、チャンネル登録者が伸びず、苦渋を舐めた三年間が思い出された。
「俺たちの三年間を何だと思ってやがる!」
「おい、ビースト、一位のメンバーに喧嘩を売るのかよ! やめようぜ!」
仲間の一人が慌てて止めに入る。ランキング一位のネタを横取りしたのは自分たちである。彼には自責の念が芽生えていた。
ビーストは鼻を鳴らした。
「所詮はヒーラーだろ! ヒーラーはパーティーで最弱だと決まってるじゃねーか!」
うおー!
彼はギザギザの刀を振り上げて女に向かっていった。
その日、森の中に龍の形をした雷が、何度も何度も、何度も何度も、何度も何度も、まるで屍を灰にする勢いで降り注いだ。
一帯は真昼のように明るく焼ける。
女は笑っていた。




