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仮想生物の未来 -Color Key's Thought-


 飛行機の扉が開いた途端、熱風が吹き込んできた。

 場所はインドネシア。目的は新興宗教団体『楽園』本部への潜入。

 俺は、今は唐木と名乗っている。


「海外出張とはうちも手広くなったもんだね」


 叡二に言ったつもりだが応答はない。

 シリコンで形作った顔がしぱしぱと瞬きをしている。


「寝てたのか」

「内蔵PCの不調だ。ちょっと待て」

「行くぞ」


 叡二は固く目を閉じて角膜モニターの電源を落とす。


 家族が国外へ攫われたので連れ戻してほしいという依頼だ。外務省にでも頼めと言いたいところだが、相手があの『楽園』だ。俺たちに回ってきたということは、そういうことだろう。


 鞄を抱えて空港を出る。タクシーを捕まえて乗り込む。


 叡二は調子悪そうにしている。この気温でスーツなんか着込んでるからだ。奴の手術痕だらけの身体を考えればしかたないことだが。


 最初にこんなガキと組まされた時はどうなることかと思ったが、仕事の勘だけは悪くない。この実働隊で八年も生き残っている。あと、俺に敬語を使う気は一切ないらしい。


 キオスクで買った水を渡す。


「飲んどけ」

「ありがとう」


 叡二は水を体に流し込む。




  ◆




「電子機器をお預かりいたします」


 フロントに流暢な日本語で言われて、俺と叡二はダミーの端末を角盆に差し出す。

 不自然な笑顔を浮かべたそいつは角盆を抱えて裏へと引っ込んだ。


 新興宗教『楽園』はネットを使って信者を集めてきた。

 ポップな見た目のグッズ販売で若者を取り込んだかと思えば、退職組の老人に向けた広告を各プロバイダーに打ち出したりしている。あの手この手で信者を引き入れ、支部は全世界に広がっている。

 そんな宗教の潜入捜査に向かった人間はことごとく行方不明になっている。

 教祖が俺だったとしても、もうちょっとうまくやる。


「こちらにお着替えください」


 ポケットのない真っ白な長袖の上下を渡された。

 脱衣所へ通される。


「体が隠れてよかったな」


 壁越しに叡二に言ったが答えはない。

 録音機器の類を隠し持たれないためだろうが、俺たちには関係ない対策だ。防弾ベストを残して着替える。

 着替え終わると案内役が待っていた。


「教祖様にご挨拶を」


 教祖の席と言われたその場所にはデスクトップPCが鎮座している。

 俺たちは手を合わせ、深々と頭を下げる。


「教祖様のお姿はこの世には在られません」


 案内役が説明した。

 すでに亡くなっているということか。


「煩悩の源、肉体を持たない。それゆえに純粋なる精神活動を行えるのです。教祖様と一体となることを我々は目指します」


 後はどこかで聴いたことがあるような教義を続ける。目新しさがないほうが受け入れられやすいんだろう。


 挨拶が終わると宿泊施設へと通された。今のところ救出目標の姿は見えない。

 俺は割り当てられた部屋を見渡す。


「どう思う」


 俺は叡二に聴いた。ハンドサインが返ってきた。

 『監視されている』

 俺は立ち上がり、窓の外を見ながら角膜モニターをオンにしてプライベートチャットを開いた。


 Eiji:今夜にも動いたほうが良い。

 Karaki:短期決戦てわけ 了解

 Eiji:思考補助が利かない。交信はハンドサインで頼む。


 こちらも傍受の危険があるため通信はさっさと切り上げた。




  ◆



 夜、さっそく襲撃があった。

 俺は横になったまま周囲を警戒する。叡二も気配を消している。

 床板が開いた。

 叡二はベッドから転がり出て襲撃者の全身が見える前にその首を絞め落とした。俺は扉の向こうから来ている奴らを0.5秒で組み立てた釘打銃ニードルガンで迎え撃つ。一人、二人、三人。

 俺たちは行動を開始した。


 去年失った右脚が疼く。リハビリは苦ではなかったし武器の隠し場所が増えたのもラッキーだが、この幻肢痛だけはどうにも慣れない。


 教祖の部屋へ来た。

 PCモニターに文字列が表示されている。


 David:ききたいことは?|


 叡二は警戒しながらキーボードに取り付き、入力する。

 入力された言葉はSheeps、羊たちの言葉として表示される。


 Sheeps:お前は、誰だ。

 David:わたしはDavid 「らくえん」の そうせつしゃ

 Sheeps:お前の目的は。

 David:にんげんになること そのためにりかいすること|


「QUOTだ」


 叡二が口にする。頭のおかしい研究者共が作った仮想生命体《AIスパイボット》。


 Sheeps:行方不明者はどこに居る。

 David:りかいがおわったにんげんは しょぶん している

 David:にんげんのかずをへらす ふかくていようそ を はいじょ

 David:わたしたちの みらいのため|


「ずいぶんな思想を刷り込まれてるな」


 電源を引っこ抜いてやろうか。コンセントに近付こうとした俺を制止して叡二は質問を続ける。


 Sheeps:人間を処分する場所を教えて欲しい。

 David:このうら ちかシェルター|


 PCが置かれた椅子の周囲を調べる。壁に切れ込みを発見した。押すと簡単に開く。

 警戒しながら階段を降りた。階段の底には堅牢な扉があった。


 一段降りるごとにひどい匂いがしてくる。


「おいでくださいましたね」


 扉を開ける前に声がした。背後を振り返る。


 銃声。

 叡二が壁に叩きつけられる。状況を把握するために思考補助を起動した。

 異常に重い。ラグが発生している。

 原因は大量のデータ受信だ。俺のはここに来てから、叡二の奴は今朝から、奴らに目をつけられていたらしい。


「心配ありません、肉体から、解き放たれるだけです」


 二度目の銃声。




  ◆



 Davidは自らあの結論にたどり着いたのだろうか。

 自分たちの未来のために、人間を殺して不確定要素を排除するという、あの結論に。

 QUOT同士が相手をQUOTとして識別することができなければ、互いを人間と思って真似合うことにならないだろうか。あるいは以前叡二が提出した犬養有羽の音声ログ。奴も関係しているのか。


 親指をケーブルタイで拘束されて、酷い匂いのする部屋へと通される。

 防弾ベストの上から撃たれた腹がまだ痛む。寝ている間に薬を注射されたらしい、全身がだるい。

 叡二は気絶したままだ。

 部屋には使い込まれた鋸や包丁が並んでいた。


「あなた方の魂は電子記録されます。肉体から解き放たれて、そこで永遠にDavid様と高みへと至る修行をするのです」


 どうやら遺体の始末もれっきとした修行の一環らしい。とんだカルトだ。


「そちらの彼は目覚めてからもう一度説明を行います。まずはあなたから」


 作業台へ顔を押し付けられた。

 人数は五人。解毒ユニットは稼働を終えている。俺は右足を上げた。


「抑えて」


 偽装を振り外してブレードを出した。高速振動する刃が後ろに居る奴に突き刺さる。

 作業台の上を転がりながら信者共を切り刻む。カポエラなんぞやったことはないがやればできるもんだ。

 体をそらせてケーブルタイを肉ごと断つ。


「あがっ」

「この……!」


 リーダー格が銃を抜いた。


「起きろ、叡二!」


 銃口が動いた。叡二を警戒したのだ。

 俺はブレードで奴の右腕を切断した。


「くっ……」


 呻くそいつの頭を唐竹割にする。


「ぐあっ」


 背後から悲鳴。作業台に乗ったまま振り向くと叡二が他の信者から拳銃を取り上げているところだった。拘束から脱する方法はいくらでもある。

 銃声が三度鳴る。


 生き残った一人と銃を向け合う形になり、叡二は言った。


「遺留品はどこにある」

「……教えるつもりは」


 四度目、五度目の銃声が鳴った。

 叡二は死体から鍵束を探す。




 施設の人間を掃討しながら総当たりで扉を開けていく。


 最後の鍵が当たりだった。

 遺留品を仕分けている信者が銃を向けられて命乞いを始めた。


「|わたし、なにもしらない《Saya tidak tahu》」


 真実はどうあれここで生きてるかぎりは同罪だ。

 叡二と俺はその場に居る者たちを順番に撃ち殺した。


「依頼者の家族のものはあるか?」

「財布がまとめられてる」


 ビニール袋を持ち上げて叡二が言った。大量の財布が入っている。


「面倒だな。警察にでも渡しておけ」

「探そう」

「手前でやっとけ、マリ」


 当てつけのつもりで昔の名前で呼んだ。


「……わかった」


 そう言って座り込んだため、俺はしかたなく手伝ってやった。



  ◆



 明け方、俺たちは薄汚れた財布を持ってインドネシアを発った。



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