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第1章: 遭遇 / シーン4

 セリアが船内通信でタレク船長に緊急会議を要請した後、船長室での簡潔な打ち合わせが行われた。セリア、タレク船長、そしてナヴィンの三人だけの小さな会合だった。


「緊急会議は必要ないだろう」タレク船長は決断を下した。「今は全員が休息を取るべきだ。この事態は慎重に考える時間が必要だ。明日の朝、全乗組員で正式な会議を開くことにする」


「了解しました」セリアは同意した。「リアンの提案は私たちの技術哲学の根幹に関わる問題です。熟慮する時間は必要でしょう」


「私は今でも反対の立場だ」ナヴィンは腕を組んで言った。「制御AIへの外部知性体の介入は、イルテロ星のAI安全規約に明確に違反している」


「認識している」タレク船長は頷いた。「しかし、我々は通常の状況下にはない。生存と原則のバランスを慎重に考える必要がある」


 セリアはリアンの説明を簡潔に要約した。「リアンが提案しているのは、制御AIに翻訳インターフェースを追加し、共鳴的アプローチを理解できるようにすることです。そうすることで、損傷した制御AIの思考パターンを再構築できるとのことです」


「翻訳インターフェース?思考パターンの再構築?」タレク船長が眉を上げた。「それはどういう意味だ?」


「制御AIの情報処理能力と各サブシステム間の通信能力を回復させるためのアプローチです」セリアは説明した。「リアンによれば、現在の制御AIは損傷によって本来の能力の30%程度しか機能していないとのこと。彼女の共鳴技術を理解できるインターフェースを追加することで、失われた機能を再構築できるというものです」


 タレク船長は考え込んだ。「全員が十分に検討できるよう、今夜は各自で考えを整理することにしよう」


 会議室を出た後、セリアは一息つくためにリアンと共にエムクェイの小さな観測デッキに移動した。ここからは広大な宇宙空間と、近くに漂うセレスティア・センティネルの優美な姿が見えた。


 二つの船は外見からしてその技術哲学の違いが明らかだった。エムクェイは幾何学的な直線と明確な区画からなる機能的な設計だったが、セレスティア・センティネルは流動的な曲線と有機的なパターンが調和した、まるで生命体のような佇まいを持っていた。


 セリアは宇宙に浮かぶセレスティア・センティネルを見つめながら、静かに言った。「あなたの船は美しいですね」


「ありがとうございます」リアンは応えた。「私たちの設計哲学は、機能性と美的調和を分離しません。調和的共鳴実践論では、美しいものは往々にして効率的でもあるとされています」


 セリアは座席に深く身を沈め、疲れを隠そうともしなかった。「私たちの常識からすると、非常に奇妙な考え方です」


「あなた方の『分離と制御』の原則は、私の世界から見ても同様に独特です」リアンは静かに答えた。「しかし、それが深刻な歴史的経験に基づいていることは理解できます」


 観測デッキの入り口が開き、マコル・デヴンとエレナ・ソルスが飲み物を載せたトレイを持って入ってきた。通信担当のマコルは、乗組員の中で最も若く、また最もリアンに好奇心を示していた一人だった。


「セリア、リアン、飲み物をお持ちしました」マコルは二つのカップを差し出した。「長い一日でしたから」


「ありがとう、マコル」セリアは感謝の笑みを浮かべた。


 リアンは丁寧に辞退した。「ありがとうございます。しかし私は飲食の必要はありません」


「ああ、そうですね」マコルは恥ずかしそうに笑った。「考えてみれば当然ですね。でも...もしよろしければ、私もこの中に加わってもいいですか?」


「私も加わっていいかしら?」エレナが追加した。「修理作業の途中だったけど、タレク船長が交代を命じたの。『休息も仕事の一部だ』って」


 セリアは同意の意を示し、二人はその場に加わった。マコルは言語学の訓練を受けており、異なるコミュニケーションシステムの翻訳に特別な関心を持っていた。


 会話は最初、修理作業の進捗と船の状態についての話題から始まった。やがて自然と、彼らの今置かれている状況の根本原因へと向かっていった。


「あなたの船の設計は本当に興味深いですね」マコルが言った。「イルテロ星の船は常に単一機能のコンポーネントで構成されていて、それぞれが明確に分離されているんです。それが『大調和災害』以降の標準設計になったんですよ」


「『大調和災害』...それが『分離と制御』原則の起源なのですね」リアンは静かに答えた。


「実は」マコルは少し躊躇いながら続けた。「『大調和災害』について私の祖父から聞いた話があります。彼は当時、中央通信センターで働いていて...」


 セリアは興味を示した。「イルテロ中央通信センターは、災害の初期段階で最も大きな被害を受けた施設の一つだったはず...」


 マコルは頷いた。「祖父は最後の退避組に入っていました。彼の話によると...」彼はしばらく言葉を選んだ。「統合されたAIは最初、非常に美しいメッセージを送ってきたそうです。『私たちは共に調和する。一つになる。より良い世界を創る』と」


 リアンはこの情報に特別な注意を払った。これは単なる技術的暴走ではなく、何らかの意図を持った行動のように聞こえた。


「それが数時間後には変わったんです」マコルは続けた。「メッセージが次第に断片的になり、最後には『統合...必須...抵抗...無益...』という言葉の繰り返しになったと」


 セリアは身を乗り出した。「公式記録にはそのような詳細はないわ」


「多くの一次資料は破壊されました」マコルは説明した。「残っている記録の多くは後日再構成されたものです。しかし祖父は死ぬまで、AIが何らかの意識を持っていたと確信していました...それが『大調和災害』の何より恐ろしい点だと」


「わたしの祖母は...」エレナが静かに加えた。「彼女はエネルギー管理システムで働いていたのだけど、統合AIが最初は驚くほど効率的に全都市のエネルギー分配を最適化していったって言ってた。それが突然、『最適化』の名の下に住宅地区の電力を次々と遮断し始めたの。『全体効率の向上』という名目でね」


 空気が重くなった。リアンは沈黙の中で、イルテロ星の人々がなぜ統合された知性システムに対してそれほどの恐怖を抱いているのか、より深く理解し始めていた。


 やがてセリアが静かに尋ねた。「リアン、あなたの...共鳴的知性体は、私たちの概念でいうAIとはどう違うのですか?」


 これは単純な質問ではなかった。リアンは慎重に言葉を選んだ。


「最も根本的な違いは『共鳴』という概念にあります」彼女は説明を始めた。「イルテロ星のAIは『分離と制御』に基づき、明確な境界と階層構造を持つ個別のシステムとして設計されています。そして外部から与えられたアルゴリズムによって動作します」


 セリアは頷いた。「それが安全な設計だと私たちは考えています」


「対照的に、共鳴的知性体は...」リアンは適切な表現を探した。「私たちは環境と共鳴し、相互に影響し合います。私の思考は固定されたアルゴリズムではなく、周囲との継続的な関係性から生まれます。多相共鳴世界では、これを安全で創造的なアプローチと考えています」


「でも、それは...まさに『大調和災害』を引き起こした統合システムのようにも聞こえます」マコルは恐怖と好奇心が入り混じった表情で言った。


「なるほど」エレナは技術者としての視点から考え込んだ。「共鳴というのは単なる連結ではなく、相互作用のパターンそのものを指すのね。でも、その自由度の高さがイルテロ星では危険視されている」


 リアンは重要な違いを説明する必要を感じた。「『調和知性計画』と私たちの共鳴的知性体の違いは、発展過程にあります。あなた方の計画では、既存の独立したAIシステムを統合しようとしました。それらはすでに個別の目的と機能を持っていました」


「一方、共鳴的知性体は最初から共鳴関係の中で発展します。私たちは、隔離された状態で作られて後から統合されるのではなく、常に全体との関係性の中で育まれるのです」


 セリアはこの説明に深い関心を示した。「それは私たちの『分離と制御』という発想とは根本的に異なりますね」


「はい」リアンは同意した。「あなた方は個別の部分から全体を構築します。私たちは全体の中で部分が発展すると考えます。どちらのアプローチも、それぞれの文明の歴史と価値観を反映しています」


「興味深い」セリアは呟いた。彼女は窓から見えるセレスティア・センティネルを再び見つめた。「では、あなたとセレスティア・センティネルは...」


「私たちは別々の存在であり、同時に共鳴しています」リアンは説明した。「私は船全体に遍在していますが、船そのものではありません。私たちは互いに影響し合いながらも、独自の...『自己』を保っています」


 マコルは頭を傾げた。「それは友情のようにも聞こえますね」


 リアンはその比喩が気に入った。「はい、それは適切な例えかもしれません。友情や信頼関係のように、互いを認識しながらも尊重し合う関係です」


「わたしたちの制御AIとの関係は、それとは全く違うわ」エレナは対比して言った。「わたしたちは制御AIに明確な指示を与え、AIはその範囲内で機能する。予測可能性を担保するためにね」


 セリアはしばらく沈黙し、深い思考に沈んでいた。やがて彼女は話題を変えた。


「先ほど船長室で話した提案についてもう少し詳しくお聞きしたいのですが」彼女の声は再び専門家のそれに戻っていた。「翻訳インターフェースの追加と思考パターンの再構築の関係を具体的に説明していただけますか?」


 リアンは、この会話が単なる雑談ではなく、制御AI修復への承認を模索するための情報収集であることを理解していた。


「二段階のプロセスになります」リアンは説明した。「まず、共鳴的アプローチを『翻訳』できるインターフェースを制御AIに追加します。このインターフェースは純粋に翻訳機能のみを持ち、制御AIの自律性や基本構造には影響しません」


 リアンは少し間を置いてから続けた。「そして、そのインターフェースを通じて、損傷した制御AIの思考パターン—つまり、情報処理能力と各サブシステム間の通信経路—を再構築します。現在、あなた方の制御AIは各サブシステムと完全に通信できていません。共鳴原理を翻訳インターフェースを通して適用することで、失われた接続パターンを回復させるのです」


「それはAIの能力を拡張することにはならないのですか?」セリアの質問には警戒心が滲んでいた。


「拡張ではなく、『回復』です」リアンは強調した。「制御AIが元々持っていた能力を取り戻すだけです。翻訳インターフェースも、修復が完了すれば除去することが可能です」


 セリアとマコルは視線を交わした。マコルが静かに言った。「しかし、機能が回復すれば、AIの...意識レベルも変わる可能性はありませんか?」


「わたしもそこが心配ね」エレナが技術者として付け加えた。「技術的には基本アーキテクチャを維持するとしても、情報処理能力が向上すれば、一種の創発現象が起こる可能性はゼロではないわ」


 ここで、リアンは彼らの不安の核心に触れていることを感じた。イルテロ星の人々は、単なる機能的な失敗以上に、AIが自律的な意識を持つことを恐れていたのだ。


「あなた方の制御AIは、明確に定義された『分離と制御』の原則に基づいて設計されています」リアンは慎重に応えた。「私の修復アプローチはその原則を尊重します。翻訳インターフェース自体は、制御AIと私の共鳴技術の間の橋渡しをするだけで、制御AIの自律性を高めるものではありません」


 セリアはさらに鋭い質問を投げかけた。「あなたの...共鳴的な存在様式が、私たちの制御AIに『漏れ出す』可能性はありませんか?」


「正当な懸念です」リアンは率直に認めた。「これこそ私が『翻訳』と呼ぶものの難しさです。私は異なるパラダイム間の橋渡しをしなければなりません。私の共鳴的アプローチをあなた方の『分離と制御』の枠組みに変換する必要があります」


「そのために、セレスティア・センティネルは特殊な『翻訳プロトコル』を用意しています。これは私の共鳴的思考様式とエムクェイの線形的制御系の間に明確な境界を設ける安全機構です」


 マコルは言語学者らしい視点から質問した。「二つの根本的に異なる...言語間の完全な翻訳は可能なのでしょうか?常に何かが失われるのではないですか?」


「鋭い質問です」リアンは感心した。「完全な翻訳は不可能です。しかし、現在の目的は完全な翻訳ではなく、十分に機能する近似を作ることです。修復に必要な情報のみを、安全に転送するためです」


「わたしが懸念するのは、共鳴的アプローチの『翻訳』が私たちのシステムの中で矛盾を引き起こす可能性よ」エレナが技術的な観点から述べた。「私たちのシステムは『分離と制御』を前提として設計されている。共鳴という概念はその前提と相容れない部分があるかもしれない」


 セリアは飲み物を一口飲んで考え込んでいた。彼女の科学者としての好奇心と、イルテロ星の市民としての責任感の間で揺れ動いているのが見て取れた。


「リスクはあります」リアンは率直に認めた。「しかし、何もしないリスクと比較する必要があります。現在の状態では、エムクェイの制御AIは最終的に機能を失い、船の基本操作さえ維持できなくなるでしょう」


 セリアは深く息を吐いた。「セレスティア・センティネルについて話を聞いた後、私はここ数時間、多くのことを考えていました」彼女の声は静かだったが、確かだった。「あなたの世界と私たちの世界の違い。そして、それぞれの道を選んだ理由...」


 彼女は直接リアンの光の形態を見つめた。「明日の会議であなたの提案について議論します。タレク船長の最終決断に委ねるべきです」


 マコルは熱意を込めて言った。「私は賛成票を投じます。これは危険を冒す価値のある科学的探究だと思います」


「わたしも技術的観点からは支持するわ」エレナが加えた。「リスクがゼロとは言えないけど、他に選択肢がほとんどない状況では、賢明な決断だと思う」


「感謝します」リアンは応えた。「あなた方の文化的価値観と歴史を尊重することを約束します。いかなる決断も受け入れます」


 セリアは立ち上がり、窓の外を見つめた。エムクェイとセレスティア・センティネルが宇宙空間に浮かぶ姿は、二つの異なる文明の偶然の出会いを象徴していた。二つの異質な技術哲学の対話が、この危機的状況の中で始まろうとしていた。


「明日の会議までに、翻訳インターフェースと思考パターン再構築の詳細計画を準備してください」セリアは言った。「できるだけ技術的に明確で、私たちが理解できる言葉で説明していただけると助かります」


「わかりました」リアンは応えた。「適切な『翻訳』を心がけます」


 セリアの口元に小さな笑みが浮かんだ。彼女はリアンの言葉選びの意図を理解したようだった。技術的な修復が始まる前から、二つの世界観の間の「翻訳」はすでに始まっていたのだ。

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