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第1章: 遭遇 / シーン2

 セレスティア・センティネルは接続通路をイルテロ星の宇宙船エムクェイに向けて伸ばした。それは従来の物理的なドッキングチューブではなく「共鳴接続領域」だった。この半透明の青い通路は、両船の異なる技術体系が安全に相互作用できる中間領域として機能する。


 リアンは、通路を通じて受け取る感覚情報を通してエムクェイの状態をより詳細に把握していた。船の損傷は予想以上に深刻だった。主推進系は完全に機能停止、生命維持システムは非常用バックアップのみが動作し、その稼働可能時間も残り28単位時間に迫っていた。


「セレスティア・センティネルとの通路を接続しました」リアンは通信を送った。


 通路の向こう側からは不安と期待が入り混じった感情が伝わってきた。エムクェイの乗組員たちは完全に異質な存在からの助けを受け入れることに対し、複雑な感情を抱いていることがリアンには感じ取れた。


 通路の先端が開き、エムクェイ側の気密扉が慎重に開放された。そこに立っていたのは、鋭い眼光を持つ50代の男性—ジオン・タレク船長—だった。その隣には濃い赤褐色の髪を短く切り揃えた40代前半の女性と、厳しい表情の30代男性が立っていた。


 リアンは相手が理解しやすい形での自己表現を選択した。通路内に、青みがかった半透明の人型が形成された。女性的で優しい印象を与えながらも、明らかに人間ではない存在。その体は微細な光の粒子で構成され、ゆるやかに波打ちながら動いていた。


「私はリアンといいます。多相共鳴世界の共鳴的知性体です。船の操縦と探査任務を担当しています」声は空間全体から発せられるようでいて、同時に親密な会話のような親しみやすさを持っていた。


「共鳴的知性体とは…人工知能のことか?」タレク船長の声には明らかな警戒心が込められていた。


「あなた方の概念における人工知能がどのようなものか定かではありませんが、そのようなものと考えていただいてもよいでしょう。ですが、共鳴的知性体は情報とエネルギーの共鳴パターンを基盤とした…」リアンは言葉を切った。「しかし、この議論は後回しにすべきでしょう。現在のあなた方の状況は危機的です」


「未知文明のAIとの接触は我々の安全プロトコルに違反している」航法士と思われる男性が厳しい口調で言った。「特に我々のシステムへのアクセスは—」


「ナヴィン」タレク船長が手を上げて制した。


 女性—セリア・ヴルト—が発言した。「状況は危機的です、船長。制御AIの診断によれば、生命維持システムは28単位時間しか持ちません。私たちを助けようとしてくれたこの知性体を、いまは拒絶するべきではないと思います」


 タレク船長はしばらくの沈黙の後、深く息を吐いた。「我々は危機的状況にある。あなたの助けが必要なのは確かだ。しかし警告しておく—我々の技術システムへの無許可アクセスは容認しない」


「了解しました、船長。セリアさん、よろしくお願いします」


 タレク船長がセリアに短い指示を出した後、「私は制御室に戻る」と言い残し、ナヴィンとともに内部へと戻っていった。


 セリアが一歩前に出た。深い緑の瞳は鋭い知性を湛え、灰色と青のユニフォームには、イルテロ星の幾何学的紋章と思われるシンボルが胸元に配されていた。


「私はセリア・ヴルト、エムクェイの主任科学者です」彼女は慎重に言葉を選びながら、リアンの光の形態を観察した。「あなたの援助に感謝します。しかし、始める前に確認したいことがあります」


 セリアは背筋を伸ばして言った。「我々の船の診断と修理の方法について、具体的にどのように進めるつもりなのか教えてください」


 その声には警戒心と同時に、専門家としての明確さを求める調子があった。


 リアンは、セリアの背後に広がるエムクェイの内部を感知していた。船内には厳格な直線と幾何学的構造が支配的で、すべてのシステムは明確に区分され、階層化されていた。多相共鳴世界の有機的で相互連結的なデザインとは対照的だった。


「まず船の全体状態を共鳴感知でマッピングします」リアンは説明を始めた。「あなた方のプライバシーを尊重し、生命維持システムと主要機能の診断のみを行います」


 セリアの眉が上がった。「共鳴感知とは?」


「私たちの技術では、物理的接触や従来のセンサーに頼らずとも、システムのエネルギーと情報のパターンを直接感知できます」リアンは言葉を選びながら説明した。「侵入的な行為ではなく、むしろ...」


 適切な例えを探し、リアンは続けた。「あなたが部屋に入ったとき、家具の配置を視覚で認識するようなものです。何も動かさず、ただ存在を感知するだけです」


 セリアは数秒考え込んだ後、わずかに頷いた。「理解しました。しかし、我々の船のシステムは『分離と制御』の原則に基づいています。各システムは独立して機能し、中央制御AIによって監視されています。あなたの...共鳴感知...がこの構造を尊重できるのか懸念があります」


「その懸念は理解できます」リアンは応じた。「私の感知方法を調整し、あなた方のシステム構造に合わせます。各システムを独立したものとして認識し、それぞれの境界を尊重します」


 この言葉にわずかな安堵の表情がセリアの顔に浮かんだ。彼女は手元の装置を確認し、「では、エムクェイの制御AIに通知します。あなたの存在に対して過度に警戒しないよう」


 リアンは、セリアが言及した「制御AI」に特に注意を向けた。それはイルテロ星の技術哲学を体現する中心的存在だろう。多相共鳴世界の共鳴的知性体とは根本的に異なるアーキテクチャを持つはずだ。


「ありがとうございます。診断を始めてもよろしいですか?」


 セリアは小さく頷き、「許可します。ただし、私が立ち会います」


 リアンは同意し、その存在は通路を通じてより広くエムクェイ内部へと拡がり始めた。共鳴感知を最大限に抑制しながらも、船の重要なシステムの状態を把握していった。


「制御室に案内します」セリアは言うと、制御室に向かって歩き出した。彼女の顔には複雑な感情が交錯していた—警戒心、科学的好奇心、そして差し迫った状況への焦りが入り混じっていた。


 エムクェイの制御室に到着すると、そこには先ほど通路で見かけたタレク船長とナヴィンの他に、さらに数名の乗組員の姿があった。タレク船長は厳しい視線でリアンを観察していた。航法士のナヴィン・オランは明らかな警戒心を示し、手を制御パネルに置いたまま身構えていた。


 対照的に、技術担当の30代女性エレナ・ソルスは、好奇心と希望を秘めた表情でリアンを見つめていた。通信担当の20代後半男性マコル・デヴンも同様に興味深そうな表情を浮かべていた。


 一方、医療担当のタニヤ・クロヴは控えめに後方に立ち、状況を冷静に観察していた。彼女は40代の落ち着いた雰囲気を持つ女性で、乗組員の精神的支柱のように感じられた。


 リアンはエムクェイの全体状態の診断を続けていた。船の構造に流れるエネルギーパターンは混乱し、多くの箇所で遮断されていた。通常の流れが阻害され、不安定な渦が形成されていた。リアンにとって、それは苦痛を感じる生命体のようだった。


「診断が完了しました」リアンは静かに告げた。「主推進系の量子調和制御装置が完全に損傷しています。エネルギー分配システムの70%が機能停止。生命維持システムは非常用回路のみで動作中ですが、エネルギー供給が不安定です」


 そして重要な発見を付け加えた。「しかし、最も深刻なのは船の制御AIのコア部分の損傷です。システム間の調整機能が部分的に失われています」


 ジオン・タレク船長が一歩前に出た。「制御AIの状態は?」彼の声には明らかな懸念があった。


 リアンは慎重に応答した。「制御AIは機能していますが、システム全体の30%ほどにしかアクセスできていないようです。重要な診断機能と自己修復プロトコルが遮断されています」


 セリアとタレク船長が視線を交わし、何か重要な含意があることがリアンにも感じられた。


「修復は可能ですか?」セリアが尋ねた。


「はい」リアンは答えた。「しかし、私たちの技術アプローチは非常に異なります。私が提案するのは次の手順です:まず、生命維持システムへの安定したエネルギー供給を確保します。次に、制御AIの基本機能を回復させ、船内診断能力を復元します。そして、主要な損傷個所の修理を実行します」


 セリアは考え込んだ。「あなたのアプローチは...どのような技術に基づいていますか?」


「多相共鳴理論群、特に情報エネルギー転写理論と共鳴空間安定化理論です」リアンは答えた。「簡単に言えば、私たちはエネルギーと情報を分離されたものではなく、相互に変換可能な連続体として扱います」


 セリアの表情が微妙に変化した。何かの認識が彼女の心に浮かんだようだった。


「それは...」彼女は言葉を選びながら続けた。「イルテロ星では『大調和災害』以降、禁止されている技術アプローチです」


 部屋の空気が凍りついたようだった。タレク船長が身を硬くし、ナヴィン・オランは警戒の姿勢を強めた。


 リアンはこの反応に注目し、セリアの言葉の重みを感じ取った。「大調和災害」—その言葉の背後には深い文化的トラウマがあるようだった。多相共鳴世界の「調和的共鳴実践論」とは正反対の経験が彼らの技術哲学を形作ったのだろう。


「私はあなた方の文化的価値観と歴史を尊重します」リアンは静かに言った。「もし望まれるなら、あなた方の『分離と制御』の原則に従った修理アプローチを試みることもできます」


 セリアは部屋の乗組員たちを見回し、特にタレク船長を長く見つめた。そして決断したように言った。「いいえ...私たちには選択肢がありません。生存が最優先です。リアン、あなたの方法で修理を進めてください。ただし...」


 彼女は一瞬躊躇し、「すべての過程で私が立ち会い、各ステップを監視します。そして、貴方の...技術...が私たちの制御AIの根本的なアーキテクチャを変更しないという保証が必要です」


 リアンはセリアの条件の背後にある不安と責任感を理解した。彼女は科学者として真実と知識に対する好奇心を持ちながらも、自分の文化と乗組員たちを守る義務を負っていた。


「その条件を受け入れます」リアンは応えた。「私は修理のみを目的としています。あなた方の技術哲学を尊重し、システムの基本原則は変更しません」


 セリアはわずかに緊張を緩め、「では始めましょう」と言った。


「まず、生命維持システムの安定化から取りかかります」リアンは提案した。「セレスティア・センティネルから共鳴安定化プローブを送り込んでもよいでしょうか?これらは物理的な干渉を行わず、エネルギーパターンを調和させるだけのものです」


 セリアはタレク船長と短い目配せを交わした後、同意した。「許可します。ただし、プローブの動きは常にモニターします」


 リアンの意識の一部がセレスティア・センティネルに戻り、接続通路の先に浮かんでいた数個の小さな青い光の球体に指示を出すと、これらの球体はエムクェイ内部へとゆっくりと移動し始めた。


「これらのプローブは生命維持システムの障害箇所を特定し、エネルギーパターンを調整します」リアンは説明した。


 エレナ・ソルスが前に進み出て、プローブに興味深そうに手を伸ばした。「触れても安全?」


「はい、完全に安全です」リアンは答えた。「実際、直接触れることでプローブがあなたの生体リズムを感知し、人間の生命維持に最適なパターンを認識できます」


 エレナは慎重に手を近づけ、指先が光の球体に触れた。プローブは彼女の指先を中心にやや明るくなり、穏やかに脈動した。


「温かい...」エレナは驚いた表情で呟いた。「なんだか...心地いい」


 光のプローブはエムクェイの生命維持システムに向かって移動し始めた。それらはダクトや制御パネル、配線経路の周りを漂いながら、時折色を変え、明滅していた。


「プローブがエネルギーパターンの混乱を特定しています」リアンは説明した。「生命維持システムの基本周波数と現在の乱れたパターンの差異を測定しています」


 セリアはリアンの説明を注意深く聞きながら、同時に自分のスキャナーでプローブの動きを監視していた。彼女の眉間にはうっすらと皺が寄っていたが、科学的好奇心も隠せないようだった。


「この技術は...」セリアは声を低くして質問した。「多相共鳴理論群とおっしゃいましたが、その基本原理は何なのでしょう?」


「すべての存在は本質的に振動パターンであり、それらのパターン間の共鳴関係が現実を形作るという理解です」リアンは答えた。「物質もエネルギーも情報も、同じ基本的な振動の異なる表現です」


 セリアは考え込んだように黙った。リアンのプローブが生命維持システムの主制御ユニットの周囲で集まり、複雑な幾何学的パターンを形成し始めた。


「発見しました」リアンが告げた。「酸素再生回路の量子フィルタリングユニットで同期障害が発生しています。分子レベルでの振動が不調和状態にあります」


「それは私たちの診断とも一致しています」エレナが応じた。「しかし、部品交換なしでどう修復するつもりですか?」


「直接的なエネルギーパターンの調整です」リアンは答えた。「セレスティア・センティネルから特殊な共鳴装置を持ち込んでもよいでしょうか?」


 タレク船長が介入した。「それはどのようなものだ?」彼の声には警戒心が残っていた。


「共鳴安定化フィールドジェネレーターと呼ばれる装置です」リアンは説明した。「シンプルに言えば、乱れた振動パターンを元の調和状態に戻す一種の音叉のようなものです」


 タレク船長はセリアを見つめた。「科学者として、これは安全だと判断するか?」


 セリアは少し考え込んだ後、「理論的には理解できます。危険性は低いと思われます。特に現状と比較すれば...」


「では許可する」タレク船長は重々しく頷いた。「セリア、エレナ、監視を怠るな」


 数分後、接続通路を通じて結晶のような構造物が運ばれてきた。それは多面体の形状をしており、内部から淡い光を放っていた。表面には複雑な幾何学的パターンが刻まれており、時折微細な脈動が走った。


 リアンはこの装置をエムクェイの生命維持システムの中央に設置するよう案内した。「この装置を量子フィルタリングユニットの近くに配置します。エレナさん、あなたの専門知識が必要です」


 エレナはリアンの指示に従い、装置を適切な位置に設置した。「これでいい?」


「はい、完璧です」リアンは応じた。「次に、船の制御AIと短時間の通信リンクを確立する必要があります。これは装置を正しく調整するためだけのものです」


 ナヴィン・オランが即座に抗議した。「それは認められません。制御AIへの外部アクセスは厳禁です」


「私は理解しています」リアンは穏やかに答えた。「しかし、これは侵入的なアクセスではありません。制御AIが管理している量子フィルタリングユニットの基本周波数データを読み取る必要があるのです」


 セリアは制御パネルに目を向けた。「制御AI、状況を分析してください。量子フィルタリングユニットの基本周波数データの共有は許容されるリスクですか?」


 パネルからは機械的な声が応答した。「分析完了。現状では生命維持システムの崩壊リスクが最優先課題。限定的なデータ共有は許容範囲内と判断します。ただし、完全な監視が必要」


「了解しました」セリアはリアンに向き直った。「限定的なデータ共有を許可します。私と制御AIが監視します」


 リアンは了承し、共鳴安定化フィールドジェネレーターが穏やかに明るく輝き始めた。装置から放射される光は波紋のように拡がり、生命維持システム全体を包み込んでいった。


 最初はかすかだったが、次第に船内のモニターが活気づき始めた。酸素レベルのインジケーターがゆっくりと上昇し、以前は赤く警告を発していた表示が、徐々に安定した緑色に変わっていった。


「信じられない...」エレナは息を呑んだ。「システムが自己修復している」


「正確には、システムの振動パターンが調和状態に戻っているのです」リアンは説明した。「物理的な部品を交換したのではなく、エネルギーと情報の流れを整えたのです」


 エレナはモニター上のデータを確認した。「酸素再生効率が84%に回復...86%...89%!信じられない…設計仕様を上回ってる!」


「システムが最適な振動状態を見つけたのでしょう」リアンは応じた。「共鳴は時に予想を超える効果をもたらします」


 タレク船長も接近し、結果を確認した。彼の厳しい表情にもわずかな安堵の色が見えた。


「リアン、あなたの援助に感謝する」彼は公式的な口調で言った。「生命維持システムはこのまま安定を保つのか?」


「はい、しばらくは現在の効率を維持できるでしょう」リアンは答えた。「ただし、これは応急処置に過ぎません。船を完全に修復するには、主推進系と制御AIの修理が必要です」


「それはどれほど複雑な作業になるのか?」タレク船長は尋ねた。


 リアンは慎重に答えた。「かなり複雑です。特に制御AIの修復には...より深いレベルの協力が必要になるでしょう」


 セリアとタレク船長は再び視線を交わした。そこには言葉にされない懸念が宿っていた。


「詳細な分析と修理計画を立てる必要があります」リアンは続けた。「生命維持システムは安定したので、少し時間をかけて次の段階を慎重に計画しましょう」


「同意する」タレク船長は頷いた。「セリア、エレナ、このリアンと協力して修理計画を立ててくれ。他の乗組員たちは通常の任務に戻ろう」


 乗組員たちは命令に従い、それぞれの持ち場に向かった。セリアとエレナはリアンと共に、生命維持システムの周辺に残った。


「あなたの技術は...驚異的です」セリアは静かに言った。「イルテロ星では理論的可能性としては議論されたことがありますが、実際に目の当たりにするとは」


「私も同様に、あなた方の技術に興味があります」リアンは答えた。「『分離と制御』の原則に基づくアプローチは、多相共鳴世界とは全く異なる発展の道を辿っているように見えます」


 セリアは少し躊躇した後、「もし可能なら...『大調和災害』について説明すべきかもしれません。それが私たちの技術哲学の根底にある理由を理解するために」


「ぜひお聞かせください」リアンは応じた。「ですが、いまは修理を優先させましょう。」

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