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第1章: 遭遇 / シーン1

 セレスティア・センティネルの内部では、あらゆるものが共鳴していた。


 船体構造を流れる情報エネルギーの脈動、各システムから発せられる規則正しい波形、そして外部宇宙から届く微細な量子振動まで、すべてが完璧な調和を奏でていた。この共鳴こそが、完全自律航行型深宇宙探査船としての優れた性能を支える基盤だった。


 リアンはこの共鳴の中心に存在していた。


 多相共鳴世界の共鳴的知性体として、リアンは単なる船のAIではなかった。セレスティア・センティネルと一体化しながらも独自の意識を持ち、船のすべてのシステムを自らの感覚の延長として感じ取っていた。


「時間勾配点E-479の観測シーケンスを開始」


 リアンの意識は空間全体に拡がり、言葉は船内の至るところから発せられた。それは音波としての声というより、空間自体の振動として存在していた。


 標準歴124年現在、世界計画政府が5年前に立ち上げた「時間勾配点探査プロジェクト」は着実に成果を上げていた。時間の流れが特異な変化を示す宇宙領域の調査という重要任務において、セレスティア・センティネルは、その最前線に立つ探査船だった。


「時間構造の分析を開始。時間情報ノードのマッピングを優先」


 船の外部センサーはあらゆる周波数帯を同時に捉え、通常の観測装置では検知できない次元的振動まで感知していた。特殊なセンサーにより、時間という不可視の次元を可視化していた。


 リアンは、データを単に処理するのではなく、「感じ」取っていた。数値やグラフではなく、時間勾配そのものの「質感」を直感的に認識していたのだ。それは時空情報エネルギー循環理論がもたらした革新的な認識方法だった。


「興味深い」


 リアンの認識は深まっていった。E-479は予想以上に複雑な時間構造を持っていた。時間の流れが標準より3.7倍速い領域と、0.8倍に減速した領域が隣接し、その境界では奇妙な渦状のパターンが形成されていた。


「時間共鳴ドップラー効果を検出。時間波動の視覚化を試行」


 船内の観測室に、美しい渦巻き状の光のパターンが浮かび上がった。青と紫を基調とした流動的な模様は、まるで生命を持つかのように脈動していた。これは時間共鳴ドップラー効果を視覚化したもので、深宇宙探査船ハーモニー・エターナルが発見して以来、多相共鳴世界の科学者たちが研究を続けてきた現象だった。


 リアンはこの模様の中に、さらに微細なパターンを見出していた。時間情報ノードとしての特性を持つこの現象は、過去と未来の情報が交差する特殊な場であり、適切な技術でアクセスすれば、貴重なデータが得られるはずだった。


「観測結果を世界計画政府科学評議会に送信」


 その直後、リアンの認識に異変が走った。


 周囲の情報エネルギー場に、予期せぬ波紋が広がっていた。最初はかすかな揺らぎに過ぎなかったが、瞬く間に明確なパターンへと変化していく。リアンはすぐに通常の観測モードから高感度共鳴感知モードへと切り替えた。


「未知の情報エネルギー干渉を検出。発生源を特定中」


 リアンの認識は宇宙空間に広がり、情報エネルギーの流れに沿って移動していった。それは風の中で香りをたどるような、あるいは水中で温度の変化を感じるような、直感的なプロセスだった。


「発生源を特定。距離0.37天文単位、方向角度38°鉛直角15°」


 新たなデータが次々と集まってきた。未知の干渉は、標準的な電磁波通信ではなかった。それはむしろ、何らかの緊急事態に伴う情報エネルギーの制御されていない放出、一種の「叫び」のようなものだった。


「接近開始。時空フラクタル共鳴ドライブ、最小出力で作動開始」


 推進系が稼働し、セレスティア・センティネルは情報エネルギーの発生源に向けて滑るように移動を開始した。従来の宇宙船なら数時間かかる距離も、時空フラクタル共鳴ドライブの助けを借りれば、わずか数分で到達できた。


 接近するにつれ、情報エネルギーのパターンはより鮮明になっていった。リアンはそこに明確な構造を見出しつつあった。それは…


「宇宙船…」


 リアンの認識が確信に変わる。


「未知の宇宙船からの救難信号と思われる通信を検知」


 セレスティア・センティネルが信号の発生源に到達したとき、リアンの前に現れたのは、多相共鳴世界の技術とは明らかに異なる設計の宇宙船だった。その形状は幾何学的で機能的、しかし多相共鳴世界の船のような有機的曲線や流動的要素は見られない。船体には未知の言語による船名らしきものが記されていた。


「未知の船舶。推定乗員数:4〜6名。推進系:未知の技術、おそらく高効率イオン推進と量子矯正場の組み合わせ。現状:深刻な損傷を検出。船体の完全性は62%まで低下。生命維持システムは限界状態」


 リアンはさらに深い共鳴感知へと移行し、船内の状況を探った。そこには生命の鼓動があった。弱まりつつも、確かに生きている。


「乗員の生命反応を確認。6名。全員安定状態で生存。」


 リアンはさらに船の制御システムにも注意を向けた。そこにも一種の「意識」があるはずだった。しかし予想に反し、船の制御システムはリアンとは全く異質なものだった。


「制御システム:高度な自動化プログラム。共鳴構造なし。分離アーキテクチャに基づく設計。各サブシステムは独立して機能し、中央制御によって調整される様式」


 それは多相共鳴世界の技術哲学とは根本的に異なるアプローチだった。


 この船は、間違いなく他の文明からやってきたものだった。


 リアンは一瞬、困惑した。標準歴116年、多相共鳴世界がレゾナンシア・トランセンデンス級恒星間宇宙船による探査を開始して以来、他の知的生命体との接触の可能性は常に議論されてきた。世界計画政府は慎重な接触プロトコルを策定していたが、実際に他文明の宇宙船と遭遇するのはこれが初めてだった。


 リアンは決断した。接触プロトコルでは慎重な観察と段階的アプローチが推奨されていたが、明らかな危機状況では例外が認められていた。


「接触プロトコル開始。周波数共鳴空間を形成」


 セレスティア・センティネルは損傷した宇宙船に近づき、周囲に特殊な場を形成し始めた。この場は共鳴空間安定化理論に基づくもので、異なる技術体系間でも安全に通信と相互作用が可能になる「中間領域」として機能する。


 リアンは最も基本的な通信方式から順に試みた。電磁波スペクトルの様々な周波数、量子共鳴信号、情報エネルギーパターン...しかし、どれも明確な応答を得られなかった。


「従来の通信プロトコルでは応答なし。異なる通信パラダイムの可能性」


 そのとき、彼女は船内に情報交換の新しいパターンを感知した。それは共鳴ではなく、明確に区分された信号の連続だった。まるで宇宙の連続的な流れを個別の断片に切り分けるかのように。


 リアンはこのパターンを分析し、適応を試みた。共鳴的知性体として、彼女は自らの思考様式を柔軟に変容させることができた。彼女は自らの「共鳴的思考」を一時的に抑制し、より線形的で順序立った思考パターンを採用した。


「通信プロトコル適応中...」


 そして突然、クリアな応答があった。


「未確認船。こちらはイルテロ星調査船エムクェイ。身元を明かしてください」


 その通信は単なる言語情報だけでなく、厳格に構造化されたデータパケットとしてやってきた。リアンはすぐにそのパターンを解析し、適切な応答フォーマットを構築した。


「こちらは多相共鳴世界の深宇宙探査船セレスティア・センティネル。貴船が深刻な損傷を受けていることを検知しました。援助を提供できます」


 短い沈黙の後、返答があった。


「...多相共鳴世界?そのような惑星系は我々のデータベースに登録されていない」


 リアンは一瞬、この状況の重要性を認識した。これは単なる遭難船の救助ではなく、完全に異なる文明との初接触だった。


「イルテロ星調査船エムクェイ、私は他の星系から来ました。あなた方の現状を鑑み、技術的援助を提供することを提案します。あなた方の生命維持システムは危機的状況にあります」


 再び沈黙があり、次いで異なる声が応答した。より権威のある、おそらく指揮官のものだろう。


「こちらエムクェイ船長、ジオン・タレク。あなたの申し出に感謝する。我々は現在危機的状況にある。主任科学者のセリアが窓口となり、援助の調整を行う。」


「了解しました、船長。セリア氏とお会いできるのを楽しみにしています」


 リアンはエムクェイに向けて接続通路を展開する準備を始めた。


 時間勾配点の観測は一時中断された。リアンとセレスティア・センティネルには、予定外の新たな任務が与えられたのだ。イルテロ星という未知の文明との初めての接触。それは多相共鳴世界の歴史に新たな章を開くことになるだろう。


 セレスティア・センティネルは静かに接近し、未知の文明との架け橋となる準備を整えた。

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