2章.モリンガの目覚め
その日僕は初めて優しい夢を見た。
ふわふわの甘い花の香りのする雲の上で眠っている夢だった。
僕の周りを小さな光が飛び回っていて、なんだか僕に話しかけているようであった。
何を言っているのかわからなかったけどなんだか、心地よかった。
ずっと聞いていたい気するらした。
光は僕の耳元で
「朝ですよ?」
と囁いて、瞼に雫を垂らした。
びっくりして目を開けると光はくすくすと笑いながら
「ねぼすけさんですね」
と言った。
よく見ると、小さな少女が白い花を抱えていた。
そして、少女はその花弁から雫を僕の頬に垂らし、窓の外へ飛んで行ってしまった。
僕はその光景に見惚れていると、扉をノックする音が聞こえた。
昨日の男が部屋に入って来た。
「おや、ずいぶん歓迎されているようですね」
と驚いた。
僕は何のことか分からず、男の視線の先に目をやるとギョッとした。
白い花が大量にベットやら床やらに敷きつめられていた。
驚いて固まっている僕を見て男は
「モリンガからの贈り物ですよ。彼女は白いモリンガの花に朝露をのせ瞼に垂らし、優しい目覚めを持ってきてくれるんですよ。きっとねぼすけさんを起こしに来てくれたんでしょうね」
とくすくす笑った。
僕は彼女のくれた優しい眠りを思い出し、夢の中で嗅いだ甘い花の香りを嗅ぎながら、彼女に感謝した。
「モリンガ…」
白い花は照れ臭そうに、風で揺れた。
「朝ごはんにしましょうか!」
と男はいい部屋を出て行った。
支度を済まし一階へ向かうと、チーズとベーコンそしてトーストの香りがした。
テーブルの上には香りの通りのものがあった。
椅子には男が、難しいそうな本を読みながら座っていた。
僕も静かに男の向かいの椅子に座った。
「では、食事にしましょうか」
男は目をつぶり、テーブルに手を重ねて置いた。僕も男を真似て同じようにした。
5秒程して僕は様子を伺うために薄目をあけた、すると男は涙を流して同じ格好をしていた。
僕はギョッとしてその様子を見ていると、男は目を開きこちらを見て微笑んだ。
「ではいただきましょうか」
トーストは想像していた通りかじりつくとサクッと音を立てた。
こんなに温かい食事を口にしたのはいつぶりだろうかと考えた。
思えば、僕はずっと何も口にしていなかったような気がする。
もっと言えば、僕は今まで食事をとったことがなかったのかもしれない。
情報としては、トースト、ベーコン、チーズと定番の朝食が思い浮かぶが、口にした経験がない気がするのだ。
僕は、無我夢中で朝食にかぶりついた。
自分でも恥ずかしい程に貪っていた。
気がつくと僕は泣きながら、口に運んでいたが、涙も、口に運ぶ手も止まらなかった。
ぐちゃぐちゃの顔になりながら貪った。
男は、責めるでもなく、蔑むでもなく、優しく落ち着いた口調で諫めた。
「求める事を恥じる必要はありません。しかし、何事も腹8分目が丁度良い。」
僕は、ハッとした。
僕は目の前にある手に入らないものを求め続けて、飢えていたのだと。
ただ、ただ与えられない事を嘆き、与えられたものを貪っていた。
自分の容量なんて気にもしたことがなかった。容量がわからないから、満たされると言う感覚も知らなかった。
「心の中に君の思い描く器を想像しなさい。初めは大きく歪なものかもしれませんが、その器を小さく美しく愛らしいものにしていってください。そして、いつでも、どんなものでもその器の八分目にする様にしてください。」
僕は言われた通り、自分の中の器を想像してみた。
それは歪でゴツゴツとした浅い器だった。
僕はあからさまにガッタカリした顔をした。
「ふふっどうやら、磨きがいのある器のようですね」
と男は笑った。
まるで僕の想像した器が見えているようだった。
「こんな器を愛せる日が来るのですか?」
「それはあなた次第かもしれないですね。まずは、あなたを知ることから始めましょう。大丈夫、皆たくさん寄り道して知っていくんですから。」