1章.翡翠
香月藤子と申します。
初めての投稿のため拙い文章かもしれませんが、皆さんに楽しんでもらえたら嬉しいです。
よろしくお願いします。
雪のように冷たい大理石の道を僕は裸足で歩いていた。あたりは黒く霧がかっていてあまりよく見えない。
ただ、大理石の一本道だけ、その中でくっきりと光って見えるようだった。
冷たくて、痛くて、もう歩きたくないのに、僕はただただ歩き続けた。
時々霧の奥から囁く声がした。
皆口を揃えて「見ろ悪魔だ!なんと汚らわしい!」と指を指しているようだった。
心も身体も冷え切っていてもう感覚さえなくなってきていた時、大理石伝いに微かな温かさを感じた。
縋るような想いで僕は駆け足気味に、前へ進んだ。
すると足の裏に柔らかくて暖かい感触がした。
霧は消え、草と土の優しい香りに包まれた。
身体に温かい血液が流れるのを感じた。
乱れた呼吸を整え、身体が温まるのを待った。
しかし、身体が温まれば温まるほど、喉から心臓までが凍りついているように冷たいのが際立った。
ふと目線を上げると、小さな小屋があった、何やら店をやっているようであった。
僕はそこで一晩泊めてもらえないか尋ねることにした。
温かい木の扉を開けるとカランッとベルの音が鳴った。
「いらっしゃいませ。」
ゆったりと優しい声が聞こえた。
小屋の中は暖かく、木の匂いのする心地の良い感じであった。
木でできたカウンターテーブルの奥に声の主がいた。
「どうぞ、おかけください。お疲れでしょう。」
僕は頷いて、カウンターテーブルの椅子に座った。
声の主は、黒い髪を後ろに束ねた、清潔感のある長身の男であった。
特に特徴的であったのは彼の瞳であった。
綺麗な翡翠が暖炉のオレンジが色を塗っていた。
その美しさに、僕は彼の瞳をかなりじっと見てしまっていたらしい。
「私の瞳は珍しいでしょうか?」と男はクスッと笑った。
僕は身体中が一気に熱くなるのを感じた。
「いえ、あまりに綺麗でしたので…見惚れて…」
男は一瞬目を見開いてから、ふっと笑った。
どうやら可笑しくて堪らないらしく笑いを堪えるのに必死であった。
「申し訳ありません!そんな事を男性に言われたのは初めてでしたので」
男はやっと声を振り絞り言った。
確かによく考えれば、僕はなんて事を言ってしまったんだ。
これではまるで僕が口説いているみたいではないか。僕は恥ずかしさのあまり床を眺めるしかなかった。
「そういえば、何かお困りな事があっていらしたのでしょうか?」
男は思い出したようにいった。
「え?」
そういえば、僕はなぜここへ来てしまったんだろう?なんだか、身体はとても疲労しているようだけど。思い出
そうとすると喉から胸にかけて張り裂けるように冷たくなっていく。
僕は何者なんだ?頭の中でまた霧の中の囁きがこだました。
「一晩泊めていただきたくて…泊めていただけませんか?」
男は顎に手を当て少し考えた後に
「良いですが、それで良いのですか?もっと他に何か…」と少し黙って僕の様子を伺っているようであった。
「まぁ、良いでしょう。無理には聞きません。しかし、それが身体を蝕むのを黙ってみてはいられません。
私が良いと言うまでここにいると約束してくださるのでしたら、喜んで滞在を許可します。」
男はふわっと微笑んだ、翡翠色にオレンジが揺れた
「よろしくお願いします。」
僕は即答した。
僕を受け入れてくれた人はこの人が初めてであったからだ。
なんだか、目頭が熱くなった。
涙をこらえるために目をぎゅっとつむって、床とにらめっこをしていると、男は僕の目線に入るように、真っ白
で艶やかなカップを差し出した。
「呪いのようなものです。これを飲んで、今日は眠ってください。」
一口飲むとそれは甘いホットミルクであった。それはなんだか、特別な味であった。
不思議なことに、喉から胸にかけて凍り付いていたものが溶けていった。
「美味しい…」
また、翡翠の中のオレンジを揺らしながら、男は嬉しそうに微笑んだ。
「困りましたね。男を抱える日がくるとは」
ぼんやりとした視界の中最後に見えたのは困ったような男の微笑みであった。




