8日目
あてがわれた部屋は悪くない。手枷も外してもらって快適だ。
私は騎士の誇りとこれからの生活を天秤にかけているうち、つい眠ってしまっていた。
「もし」
「んん、んが。なんだ」
使用人だろうか。それにしては地味なローブ姿だ。
「こんばんは、自分はラーナ・ケインベルグと言います」
「ほう」
少女はずり落ちた丸眼鏡を直す。
宮廷魔術師と言ったところか。
「バスト・エルゼンさん。あなたには死んでもらいます」
少女の両手が首元に伸びて来る。
「こら」
「ひゃんっ」
手刀を脳天に食らわせた。
「ああ、もう、これだから巨乳は」
「巨乳は関係ないだろ。誇り高き騎士かつ妃候補の私がなぜ殺されなければならん」
すこし寝ぼけていたかもしれない。
ラーナは黒い瞳を潤ませて答えた。
「古くからの言い伝えです。胸の豊か過ぎる妃は国に災いをもたらすと」
「本音は?」
「真実です。この国に伝わっているのです確かに」
私はラーナの頭を飛び越えた。
「乳のでかさで殺されてたまるか」
「捕まえて!」
ラーナの声に応じてすぐさま護衛兵共が躍り出る。
「追ってくるなァ!」
護衛兵は街まで追いかけて来た。
私は朝市の列を搔き分ける。
「なんだなんだ」
「すまない! 騎士ゆえ許されたし!」
裏路地に入る。
足音が過ぎ去るのを待って道を抜け、昼間もやっている酒場へと身を隠した。
「やれやれ、王宮なんぞ関わるものではないな」
「それは妃候補を諦めるという意味ですか?」
「どわっ!」
ラーナが隣に座っていた。
「あなたの情報はすべて調べたと言ったでしょう。他ならぬ自分の仕事です」
「そ、そうか。妃候補は辞退する」
「よかった……」
少女は、ふう、と息を吐き、アイスミルクを注文した。
「奢ります」
「では遠慮なく」
少女のグラスと私のジョッキが打ち鳴らされた。