54日目
オークの遺伝子はほとんどの種族に対して優勢で、ハーフオーク同士の婚姻で生まれる子供たちはオークの特徴を多く有するものが生まれやすく、その次に他種族の特徴を有するものが生まれやすい。
ハンプはハーフオークに特徴的な鼻を持たず、体格も小さく、コボルト等に間違われることが多かった。
「俺さえいなけりゃ話しやすい奴だから」
タンクの言葉通り、兄(姉)が近くに居なければハンプは気さくな青年だった。
「じゃ、なにかい、あんた魔王を倒しにいくのかい?」
治水工事の手伝いをするうちに私はハンプと打ち解けていた。
「倒すというか」
「研究に協力するだけです」
休憩所で飲み水を配りながらラーナが口をはさむ。
「そいつは倒しに行くようなもんじゃねえか。なんだよ剛毅だな」
「魔王はそのような存在ではありません」
ラーナが隣に立つ。
「終焉に向かう罅割れ、時間の合わせ鏡、剣や拳で立ち向かおうということ自体があり得ないものなのです」
「ラーナ」
ハンプは右手で私を制する。
「わからねえけど、俺より勉強してそうなお嬢さんが言うんだ。そういうもんなんだろ」
現場監督に呼ばれ、見習いの彼は走り出す前にこちらを振り向く。
「今日も家に泊まるよな? 一杯付き合ってくれよ」
「タンクは呼ばない方が良いか」
私は直球で尋ねた。
「……ああ。まあ、そうだな。どっちでもいい」
タンクは別の酒場の手伝いへ行ったため、その日は兄弟が顔を合わせることはなかった。