33日目
その日の夜。
異変に気付いたのはロバ竜の鱗が逆立ったからだ。
「馬車が襲われている」
私たちは走った。
人型をした、しかし妖気を放つ影がひとつ。
「上級魔物!」
人の形を模した妖魔が口を開いた。
「アハッ♡ 土下座でもしたら~?」
見た目よりも幼い調子でそれは言葉を発した。
馬車の乗員、支援団の生き残りが遠巻きにそれを見ている。
「やめてください! ホテップへ運ぶ物資なんです!」
「そんなの知らな~い♡」
異形の足が馬車の幌を蹴り飛ばした。
「危ない!」
私たちの脇を幌と木材の混ざった風が吹き飛んでいく。
妖魔は、手のひら大の巻物を取った。
「これが『月止めの魔法』だってこと、知ってるわよ♡」
「は?」
「月をぉ♡ この夜空にぃ♡ 『止められる』ってことでしょう?」
私は後ろを振り返る。
「ラーナ」
「もう少し見ていましょう」
支援団の団員はタンクが避難させている。
「さあ、読み上げるわよ♡ この世に魔物の楽園を……ちょっと待って。魔法陣ねこれ。シール?」
広げた『月止め』を満月へ掲げ、横にしたり縦にしたりと観察している。
「そのような天地を揺るがす魔法ではありません、月経を止めるためのものです」
「シーッ、シーッ」
説明を始めた支援団員をラーナがなぜか制止する。
「月経? 月経ってあれでしょ、赤ちゃんをつくるための……このヘンタイ!」
「なあ、ラーナ」
「上級魔物は別次元の存在です。常識は通用しません」
「倒していいか?」
「はい」
妖魔は長い爪を振り、空中に氷塊を作り出した。
「よくも騙してくれたわね」
「お前が勝手に踊っていただけだ」