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(……うぅ、もう帰りたい……!)



 帰るも何も、ここはエーレンフロイント家の応接間なのでほぼツェツィーリアの家である。


 けれどこの空間にいる人間の顔触れを見れば、そう思うのも無理はない。



「うん、おいしい。西の方の茶葉だね」


「お喜びいただけたのでしたら取り寄せた甲斐があったというものです」



 ゆったりとソファに腰掛けている金髪の青年と、それに応対するお父様。先程から口を閉じたまま少女に睨みをきかせている群青色の髪の青年、といった謎の空間に放り込まれているのだから。


 ──あの後。

 ツェツィーリアの叫びを聞きつけた使用人たちがその現場を目の当たりにしたときの混乱は凄まじかった。


 何人かは卒倒しそうな勢いで真っ青になり、瞬く間にツェツィーリアを回収したかと思えば地面に直接額づいた。



『申し訳ございません、王太子殿下……!』


(……おうたいし、でんか……?)



 ぽかんと脳内で単語を探し、思い当たった瞬間血の気が引いた。直接見たことはないけれど、姿絵で見た覚えがある。


 王位継承権第一位。

 現国王の血を色濃く継いだ、金の瞳を分ける双子の王子。

 悠然と微笑む金髪の兄── クリストハルト・グライスナー・レーヴェレンツ、噴水でずぶ濡れになったままの弟── ルディルクス・グライスナー・レーヴェレンツがそこにいた。


 なんでそんな高貴な身分の人間がこんなところに、などという疑問をぶつけられるはずもなく。笑みを崩さないままの兄が告げた言葉に、場は更に掻き乱されることとなる。



『事の次第を当主に伝えたいのだけど……』



 ぴくりともしない笑みは、少女に向けられていた。『お前の罪は全て知っている』と、金の瞳は雄弁に語っている。出せる手段を使い切った少女に逆らう術などあるはずもなく──



「ねえ、ツェツィーリア。もう少しこっちへおいでよ」


「……!? いえ! 私はこちらで……!」


「そんなこと言わずに、ほら」



 ぽんぽんと示されるのは彼の隣。

 これっぽちも、キャロットパイを人質に取られたって絶対に座りたくない場所だ。お父様に救いを求めて視線を送るけれどにこにこと微笑むばかり。


 それどころかほら早く、と催促している目だ。

 絶対に行くものか、と次の言い訳を探していると、王兄殿下の形の良い唇がゆっくりと動く。



『さっきのこと、言ってもいいのかな?』


「……っ!」



 明確な脅し文句。

 そう、まだツェツィーリアのしたことはお父様に伝わっていない。


 王太子以外の人間にはしっかりと魔法がかけられ、公爵家の使用人たちから見た光景は“お嬢様がまたうさぎになって王弟殿下を水浸しにした”ということだけだ。


 少女が魔法を、よりによって王族にかけようとしたことは双子の王太子の記憶に中に留まっている。……今は、まだ。



「……それでは、失礼致します」



 逆らうことの許されない状況でツェツィーリアは、顔一面に“嫌々行ってますからね”と作り笑顔を貼り付けて王兄殿下の隣に浅く腰掛ける。不自然に見えないくらいに、けれどしっかりとりんご3個分は隙間を空けて。



「それにしても、エーレンフロイント家にこんなに可愛らしい御令嬢がいるとは驚いたな」


「……お褒めに預かり光栄です、殿下」



 わかりやすいお世辞に、形だけのお礼を返す。

 うさぎになってしまう体質のことだけでなく、魔法を使ったことまで握られている今、余計なお喋りでボロを出すのは避けたい。


 かと言って会話中にうっかり目を合わせてしまうとうさぎになってしまうので、目線は口元以下に固定しておく。

 そうでないと、ずぶ濡れになったあとにがっつり絞られたコルセットをまた締め直すことになるからだ。


 余計なことを考えなくてもいいように絨毯の花模様を数えていると、隣からしなやかな指が伸びてくる。

 ローテーブルに置かれたカップを取ると思っていた指は、少女のアイシクルピンクの髪を一束持ち上げて──



「本当に、女神が月から落ちてきたのかと思ったくらいだよ」



 ──見惚れてしまうほどの笑みと共に、唇を落とした。

 心臓の奥がひとつ、大きく跳ねた。

 体温が急に顔に集まってくる気がして、少女は慌てて目を伏せる。


 騙されてはいけない。

 この男はツェツィーリアの弱みを握っていて、それをちらつかせて脅してくるような人間だ。早く帰ってくれないものか、とぎゅっとドレスを握りしめる。


 するりと名残惜しそうにアイシクルピンクを手放した王兄殿下は、当主へと顔を向けた。



「すまないが、お茶の追加を頼んでもいいかな? それと、何か簡単な食事があれば」



 遅れてきたものだから何も口にしていなくてね、と笑う殿下に、何かを得心した様子の当主。



「用意させますので、ごゆっくりどうぞ」



 そのまま席を立つ父親に、ツェツィーリアの顔は可哀想なくらい悲痛なものになる。

 『置いていかないで!』と目で訴えかけるものの、壮年らしいシワの刻まれた目元をパチンと片方閉じてくる。ウィンクしてる場合じゃないんだってば! 


 お父様が逃げれるのなら私だってと腰を浮かすと、奥の椅子から「おい」と低音が響く。一度も口を開いていない王弟殿下だ。

 柔らかな容姿をしている兄とは対照的に、人を寄せ付けない風貌。同じ金の瞳が埋め込まれているはずなのに、真円を描く兄と半月になる弟。双子だと知っていなければ血の繋がりも疑ってしまうほどだ。


 その鋭い目つきが、とんとんと椅子を軽く叩いている。

 この場に留まれ、ということだと気付いた少女は、苦々しい顔を隠すことなく元の位置に戻った。


 当主が退室した応接間に、沈黙が降りる。



「……さて、本題に入ろうか」



 本題、とは当然ながらツェツィーリアのこと。

 彼ら双子が当主に報告しなかった、ということは。



「……目的はなに?」



 少女に対する要求か、脅してでも手に入れたい何かがあるか。

 そうでなければ、わざわざ切り札をちらつかせて言うことを聞かせるような真似をしないだろう。



「話が早くて助かるよ。……ツェツィーリア。君には──」



 ──僕たち双子の、婚約者になって欲しいんだ。


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