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ビズリーの夕暮れにて 2

「あっ!あなたはたしか、アッシュさん。でしたよね?」


 エリーは「肩もみ屋」という看板を追い、そこで男と出会う。それはエリーがバルサと一緒に山道を歩いているときに出会った男だった。


 しかし、エリーが驚いた声を上げた一方で、男の方は不思議そうに頭を傾けるようにした。


「はぁ、そうですが、どこかで会いましたか?」


 どうやらエリーがアッシュのことを覚えていた一方で、アッシュはエリーのことを覚えていなかったらしい。


「は、はい。私はエリーです。山道で、バルサさんと私が一緒にいたときに会いましたよね。」


 エリーは自分のことを覚えられていなかったことに少し苛立ちを感じながら、努めて丁寧に答えた。


 それに対して、アッシュは目線を上の方に向けて少し考えるようにした後、目線を戻して静かに言った。


「……あぁ、たしかに会いましたね。」


「ですよね。」


「……。」


「……。」


(どうしよう。会話が終わってしまった。)エリーはアッシュとの間で無言のまま時間がすぎることに気まずさを感じていた。


「それで、エリーさんは肩もみをしますか?」


「え!?えっと。ど、どうしようかな。」


 話すことを考えている最中にアッシュから言われて、エリーは言葉に詰まった。


(そういえば、私は肩もみ屋という看板を追ってここまで来たのだった。)


 最初の目的を思い出したエリーは、改めて看板に目を向けてみる。


(看板の名前が肩もみ屋で、アッシュさんも肩もみをするか聞いてきたということは、本当に肩をもむだけの仕事をしているのだろうか?それとも、何かの隠語なのだろうか。肩もみといってるのに、イスに座っているおばあちゃんは寝てるだけだし。も、もしかして薬か何かを使っているとか。)


 また、それに加えてエリーの頭には別の疑問も浮かんでいた。


(それに、バルサさんの話だとこの人はたしか運搬業をしているはず。その人がこんなところで何をしているのだろう。やはり怪しい何かをしているのだろうか。)


 そんな疑問が浮かび、エリーは訝し気な表情でアッシュを見つめた。


「その、肩もみというのは文字通り肩もみのことですか?」


「ええ。肩もみは肩もみです。肩もみだけなのでワンコインでやってますよ。」


 目を細めながら尋ねるエリーに対して、アッシュはうっすらと笑みを浮かべて答える。だが、営業スマイルであろうその笑みに親しみを感じる人は、残念ながらいないように思えた。


「肩もみといってましたけど、そこのおばあちゃんには肩もみをしていないじゃないですか。」


 警戒心を持っているエリーは疑問に思ったことを問い詰める。肩もみをすると言っているのに、何もせずにおばあちゃんを座らせているだけなのは変だ。


 だが、アッシュは動じた様子もなく笑みを浮かべたまま答えた。


「あの人への肩もみはもう終わってますよ。肩もみが良かったのか寝てしまったので、起こすのも悪いのでそのままにしてるだけなので。」


「そうですか。」


 そう言われてエリーは口をつぐむ。最初からこの場にいたわけではないので、アッシュが実際におばあちゃんに何をしたのかはわかりようがない。


「まぁ、無理にとは言わないので。」


 エリーの訝し気な気配を察したのか、アッシュが笑みを止めて言う。


 エリーはアッシュの肩もみを受けてみるか悩んでいた。


 怪しい雰囲気はあるが、人通りが少ないといってもここは外で、そんな目立つところで堂々と犯罪をしている可能性は低いと思える。


 だが、ここでエリーはバルサが言っていた、アッシュが毒などを使って何人もの人を殺してきたという言葉を思い出していた。


(もし犯罪をしているならば、逆にそれを見過ごすことなどできない。)


「いえ、試しに受けてみようと思います。アッシュさんお願いします。」


 エリーは覚悟を決めてアッシュに言った。


「そうですか?それではこちらへどうぞ。」


 アッシュはエリーが肩もみを受けると言ったことが意外な様子だったが、座っていた丸椅子からゆっくりと立ち上がると、空いているイスにエリーを案内した。


「あの、肩もみはどれくらいするんですか?」


 イスに座りながらエリーが尋ねる。それに対してアッシュは再び営業スマイルを浮かべて「20分ほどです。」と簡潔に答えた。


 さらに、アッシュはそれに加えて、「隣の人のように寝てしまった場合は起こす時間も選べますが、どうしますか?」と付け加える。


 それを聞いてエリーは頭に疑問符を浮かべた。


(どういうことだろう?おばあちゃんは寝てしまったみたいだけど、マッサージをするのはわかるけど、なぜか私が寝ることまで前提に話されている気がする?)


 20分程度の肩もみで人が眠ることはそうそうないだろう。エリーは疑問に感じたが、考えるよりも受けてみてから判断することにした。


「あの、その起こす時間というのは、何時間でも選べるものなんですか?」


「えぇ、寝てる限りはですが、どれくらいで起きたいという希望があるなら聞きますよ。」


 それを聞いて、エリーはいじわる心で尋ねる。


「それでは、私が寝てしまったら朝まで寝かせてください。それでもいいですか?」


「えぇ、いいですよ。」


(なっ、この人は本気か?)


 何の戸惑いもなく応えるアッシュに対して、質問したエリーの方が困惑する。


 エリーはアッシュの言葉や仕草に怪しいものがないかじっと見つめるが、アッシュからは何も感じられない。


「では、お願いします。」


 再び覚悟を決めて、エリーは背もたれに体重を預けた。


(何もなければそれでいいし。もし何かをされても、朝に私がいなかったらバルサさんが気づく。バルサさんなら私やこの人のことを追えるはず。)


 エリーが気持ちを落ち着けるために呼吸を整えていると、「それでは失礼します。」という言葉とともに、ゆっくりとエリーの肩にアッシュの指が掛けられた。


 そして、少しずつ凝りをほぐすようにぎゅっ、ぎゅっ、と肩が押されていく。


(う~ん、下手ではないけどうまくもない、普通な感じ?)


 アッシュの肩もみに対するエリーの感想はそれだった。これなら眠ることもないだろう。不審なことも今のところないし、20分たったら終わらせてはやく集会所へ行こう。エリーはそう思っていた。だが、


 コトン


 エリーの頭が下がった。


 エリーは眠気を感じることすらなく、いつのまにか眠りに落ちていた。


 そして、そのまま朝まで目覚めることはなかったのだった。

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