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アッシュが一人で運搬業をしていることについて

(今日の稼ぎはこれくらいか。)


 ホルダー・アッシュはビズリーの町で、荷物の運搬をして稼いだ報酬を数えていた。


 その報酬は一人で生活をするのには問題ない金額であった。手にしたお金を手早く袋に詰めながら、アッシュは感慨深いものを感じていた。


(ずいぶんまともな稼ぎができるようになったものだ。)


 アッシュがビズリーに来たのは2年ほど前のことである。


 これまでにいくつもの街を転々としてきたアッシュであるが、その懐事情は必ずしも余裕のあるものではなかった。むしろ貧乏といってよい。


 なぜなら、アッシュはお金を稼げる技能やコネをもっていなかったからだ。


 アッシュは催眠魔法を使うことができるし、催眠魔法に関しては右に出るものはいないと自負していた。


 しかしながら、アッシュはその自慢の催眠魔法でお金を稼ぐことに失敗していた。


 アッシュの当初の理想は、子供のころに不眠症に悩んでいた経験から同じように不眠症に悩んでいる人を催眠魔法で眠らせてあげて、それでお金を稼ぎたいというものだった。


 だが、得体のしれない男が一人でやっている店で、さらに営業内容が自分を眠らせるなどというものだったことから、アッシュのもとにやって来る客はいなかったのである。


 お金を失ったアッシュは失意のまま街を離れ、自分の催眠魔法でお金を稼ぐことはできないということを思い知った。


 それからアッシュは他の仕事を探そうとしたが、そこでアッシュは大きくつまずくことになる。


 アッシュは催眠魔法以外の能力が低かったのだ。


 体力面ではアッシュは子供のころにほとんど運動をしていなかったこともあり、よくて中の下程度の体力しか有していなかった。


 このため、アッシュは工事仕事など体力のいる仕事を手にすることができなかった。


 また頭脳面においても、アッシュは子供の頃に不眠症の中で催眠魔法の習得に心血を注いできた人間だった。勉強をまともにできる状況ではなかったことから、アッシュはそれほど頭がよくなかった。


 そのためアッシュは事務仕事などの頭を使う仕事も手にすることができなかった。


 こうして力仕事からも事務仕事からもはじかれてしまったアッシュが手にすることが出来たのは、どぶさらいや動物や死体の処理といった不衛生なうえに賃金も低い仕事だけだった。


 普通の人なら精神的にも体力的にもきつい仕事である。だが、アッシュはこのどぶさらいなどの仕事を続けることができていた。


 これは、アッシュが催眠魔法を自分に使っていたためである。アッシュは自分に催眠魔法を使い、自分の意識を半分眠らせて行動できるようになっていた。


 意識を半分眠らせることで、アッシュは不衛生な仕事でも精神的な被害をほとんど感じずに作業をこなすことが出来たのである。


 また、不衛生で低賃金な仕事をしているということから、アッシュに対して悪口を言ったり嫌がらせをする人間もいた。だがこの点においても、アッシュは意識を半分眠らせていたのでストレスを受け流すことができていたのだった。


 これだけでなく、精神的な被害を抑えることができたとしても体力の疲労を避けることはできないが、それについても催眠魔法は役にたっていた。


 アッシュは泊まる宿がどれほど低品質な宿であっても、催眠魔法を自身に使うことで即座に眠りにつくことができていた。


 幸か不幸か、アッシュはこどもの頃から野宿をすることに慣れており、疲労していても深く眠ることで体力を回復することができたのだった。


 とはいえ、それでも疲労は溜まっていくものであり、アッシュは定期的に街から他の街へ移動しながら何か良い仕事がないか探していた。(そしてそれは、自分の魔法でお金を稼ぐことができるのではないか、という淡い期待を込めたものでもあった。)


 そんななか、アッシュは運搬業が稼げる仕事ということを知ることになる。


 それはアッシュが手紙を1枚、隣の町まで届けろという仕事が渡されたことから始まる。


 実際のところ、この仕事はアッシュに対する嫌がらせで行われたものであった。(そもそも手紙の内容も、手紙が届いても届かなくてもいいような内容のない手紙だった。)


 そして残念なことに、お金のないアッシュに仕事を断る選択肢はなく、アッシュはしぶしぶながらも隣町まで手紙を運んでいったのだった。


 街から街へモノや人を移動させたいときは、ハンターに依頼することが一般的だ。これは町の外では魔物が現れることが珍しくないので、安全にモノを運ぶためである。


 運搬に係る代金はそれなりに高いものだったが、複数人でお金を負担すれば1人あたりの負担は軽減されるし、荷物がなくなったり命を危険にさらすくらいなら、ハンターにモノを運んでもらうのが普通の考えであった。ハンターに依頼せずに自分のみで移動しようとするのは、お金がないものか犯罪者くらいであった。


 そしてアッシュは手紙を隣町まで持っていく仕事を受けたわけだが、もちろん、普通ならこれはかなり危険な仕事であった。しかしながら意外にも、アッシュにとってこの仕事はとくに苦のない仕事であった。


 実際のところ、今までアッシュは自分が街から街へ移動するときにハンターへ依頼したことがなかった。自分の力のみで移動を行っていたのである。


 そして、それを可能にしていたのはアッシュの催眠魔法だった。


 アッシュは街から街へ移動するときに、自分の周囲に催眠魔法を発していた。催眠魔法を受けた者は魔物でも動物でも眠るか、もしくは強烈な睡魔に襲われることになる。


 どれほど恐ろしい魔物であっても、意識がない状態なら自分が傍を通っても気づかれることすらない。


 アッシュは自分の周囲にいる魔物などの意識を奪い、その間に移動することで危険を避けることができたのである。


 アッシュにとって街の外を歩くことは街の中を歩くことと変わらないことだった。


 このため、手紙を運ぶ仕事はアッシュにとってむしろ、いつもの仕事より楽な仕事であった。


 その後、街の外を往復するという危険な仕事をしたにも関わらず、普段と変わらない様子で町に戻ってきたアッシュを見て、仕事を押し付けた人間は肩透かしを食らったような顔をすることになったのだった。


 そして、仕事を押し付けた人間が肩透かしを食らった一方で、アッシュは気づきを得ていた。


 それは、運搬業は稼げるうえに、自分なら一人でも運搬業ができるということだった。


 アッシュは今まで一人で街から街の移動をしてきた人間であり、ハンターの行う運搬業をあまり知らなかった。


 これはアッシュが基本的に危険を避ける人間であり、ハンターという危険な力を持った集団に自分から近づこうとしなかったということもある。


 また、仕事を探しているときにも、運搬業というのはハンターが独占している仕事であったため、荷物を運ぶ仕事をするという考えが思いつかなかったのだ。


 しかしながら、アッシュは手紙を運び、それによってお金を稼ぐという経験を得た。


 それもこの仕事は危険とされているにも関わらず、アッシュにとってはそれほど難しい仕事ではなく、かつ稼げる仕事だったのだ。


 それからアッシュは真剣に運搬業で生計を立てることを考えるようになった。


 そしてアッシュの狙い通り、街にはお金がないけれど物を運びたい人や、緊急で物を運びたいが、すでにハンターが街を出発して物を運ぶことができない人がいた。


 そうした人をターゲットにして、アッシュは運搬業の仕事を格安の料金で請け負うようになっていった。


 しかしながら、運搬業に需要があるとはいえアッシュには信用がなく、初めのうちはそれこそタダに近い金額で仕事を受けざるを得なかったのだが。


 それでもアッシュは100%の成功率で運搬業をこなし続けたことから、少しずつお客から信用を得ることが出来るようになっていた。


 それによりアッシュは人並みの稼ぎを得ることができるようになっていった。当初の理想とは異なるにしろ、自分の能力で人並みの稼ぎを得ることができたことにアッシュは達成感を得ていた。


 だが、アッシュの仕事が順調に行きはじめたときに問題が起きた。


 それは、同じく運搬業を行っているハンター達に目を付けられてしまったことだった。


 ハンター達からすれば、怪しい男が突然、自分達よりも格安の料金で運搬業を始めてしまったのである。


 一度に荷物を運べる量はハンターの方がはるかに多いが、それでも自分達の領分を侵されたわけで、アッシュはハンター達から敵意を向けられることになってしまったのだった。


 ハンターはもともと血の気の多いものも多く、アッシュに対して直接的に危害を加えようとする者もいた。


 これに対してアッシは催眠魔法で相手を眠らせることで対応していたが、アッシュはそのまま街に留まるのではなく、他の町へ行き、他の町で改めて運搬業を始めていった。


 これは、すでにハンターと関係がこじれている状況をなんとかするよりも、新しい街で運搬業を始め、その際にハンターと対立しないようにしていく方が仕事をやりやすいだろうと考えたためだった。


 そうして、いくつかの町で運搬業に取り組み自分なりのノウハウを蓄積していった結果、ついにアッシュはビズリーにおいて、一人で運搬業を行いながら地元のハンター達とも敵対していない状況を作ることに成功していたのだった。(仲が良いわけではなかったが。)


 最近のアッシュの人生は、生まれてはじめてといって良いほど順調であった。



 そして、


 その順調な生活は、山道でエリーと出会ったときに終わりを迎えたのかもしれなかった。

お読みいただきありがとうございます。

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