お金のためなら人を殺すか、あるいは復讐のためか エピローグ 後
捜査官のムスロとハンターのオリオンは殺人現場でもとくに異常のある、イスに縛られて殺された男、グリースの前で誰がこの殺人事件を起こしたのか話し合っていた。
そして、複数人による犯行だと話すムスロに対して、オリオンは「私はこの事件を起こしたのは1人だと思うよ。それに犯人はハンターじゃない。」と語ったのであった。
「1人じゃないしハンターでもないか。どうしてそう考えてるのか教えてくれないか?」
ムスロがオリオンに尋ねる。
それに対してオリオンは言葉を細かく区切りながら話はじめた。それはある意味、ムスロに説明するというよりも、オリオンが自分自身の考えを整理するために話しているようでもあった。
「そうだねぇ。まず、ハンターじゃない理由は刃物の扱いが雑過ぎることだね。」
「雑というのは?」
合いの手を入れるオスロに、オリオンはどこからか取り出したナイフを見せつけるようにした。
「雑というか、素人なんだねぇ。1階の3人は首を切られて死んでいたけど、その傷跡を見たかい?ひどいものだっただろう?」
「いや、俺には首を切られて死んでいたということ以外はよくわからなかったが。」
「そうかい。あの死体の首には何回もナイフで切られた跡があった。けどあの傷には拷問の意図は見えなかっただろ?ではなぜ何回もナイフで首を切ったのか。それは切り方を知らなかったからに違いない。だから、3人の傷は殺された順に傷跡が少なくなっている。それは1人、2人と切っていくうちに切り方に慣れてきたからさ。私やハンターならあんな下手な切り方にはならない。ムスロもそう思うだろう?」
「いや、俺には切り方の巧拙はわからないが、お前が言うならそうなんだろうな。」
実際、ムスロは殺人事件を捜査することもあったが、その際に人の切り方が上手いとか下手といったことを意識することはない。だが、オリオンに言われて1階の状況を思い出すと、たしかに血の汚れがひどい死体と比較的きれいな死体があったような気もする。
「つまりオリオンが言いたいのは、ハンターだったらもっと切り方が手馴れてるはずだから、この犯人はハンターではないだろうということか。」
「そういうことだね。」
「ふむ。」
「それに、1人だと考える理由にも繋がるけど、複数人だとしたら素人1人に殺すのを任せるかね。数人でやったなら、殺すのも数人でやるのが普通だ。」
「まぁ、たしかに。」
ムスロはオリオンの言葉に頷いた。仮に複数人が犯人だったとして、わざわざ1人に殺しを任せる理由はムスロには思い浮かばなかった。
「そう。間違いないはずだ。加えて言うと、5階の2人の死体も同じだっただろう?」
「同じって、殺し方のことか?」
オリオンに問いにムスロが聞き返す。
それに対して、オリオンは床に転がる死体の頭部に目を向けた。
「そうだよ。5階の殺し方も下手だった。5階には斧が捨てられてたよね?」
「ああ、首を切るのに使ったと思われる斧があった。」
ムスロは5階での殺人現場を思い出した。そこには、とくに抵抗した形跡のない2つの頭のない死体が床に倒れていた。そして、その傍には首を切断するのに使ったであろう。血に染まった斧が無造作に捨てられていたのだ。
また、その斧には装飾が施されており、おそらく犯人のモノではなく部屋の中に飾られていたモノだと
考えられていた。
「あの傷を見ると、犯人ははじめナイフで首を切断しようとしていたのがわかる。何回も無理矢理切ろうとした跡があったから。で、結局ナイフでは首を切れなかったんだろうね。まあ、多少体を切れるといっても切断するとなったらナイフじゃ難しいよね。だから斧を使ったんだろう。」
「首を切断したのはこの男を脅すのに使いたかったんだろうけど。いくらなんでも場当たりすぎじゃないかな?どの程度のものがナイフで切れるか知らなくて、それでその場にたまたまあった斧で首をきるなんて、素人以外の何物でもないだろう?それに犯人が複数だったなら、だれかしらナイフ以外の刃物を持っていてこの場にある斧なんて使わなかったはずだ。そうだろう。」
床の頭部に目を向けたままオリオンが語る。
ムスロもオリオンにつられて頭部に目を向けるが、ムスロには人を脅すためにナイフと斧で執拗に人の首を切ろうとする犯人が異常な人間にしか思えなかった。
そして、ムスロには解決しなければならない問題があった。
「オリオンが犯人が1人だと考えた理由はわかったし、俺もお前の話はかなり信頼できると思う。だが……」
「なんだい?」
言葉を切ったムスロを促すようにオリオンが問いかける。
「殺したのは1人でやったとして、じゃあ、殺すまでの方法はどうやったと思ってるんだ?」
そう。ムスロが心の中で犯人は1人かもしれないと思いつつ、それでも1人ではないと考えたのは、暴力団員のホームで異なる階にいる複数の人間を無力化するのは無理だと考えたからだった。
(それについてオリオンはどう思っているのだろうか。それに、オリオンは犯人は素人らしいが、だとしたらなおさら、どうやってやったというのか?)
「そう。そこだよね。一体どうやったんだろう?」
オリオンは手にしたナイフをしまってイスから立ち上がった。そして考え込むように首を傾ける。
「お前でもわからないか?」
ムスロはオリオンがすでに答えを知っている気がしていたので、オリオンの様子に戸惑った。
そしてそんなムスロの様子に対して、オリオンは少しムッとしたような表情を見せた。
「やり方はわからないけど、何をしたかは想像はつくよ。」
「そうなのか?」
「うん。死体に抵抗した様子がなくて、3階のこの男以外には縛られていた様子もない。そんな状況が作れるのはつまり、しびれ薬か睡眠薬のようなものが使われたんだろう。」
「う~む。そうか。」
オスロは少し納得のいかないような返事をする。それをオリオンは目ざとく見つけた。
「納得してなさそうだね。気持ちはわかるけどねぇ。つまり、薬を使ったとして、どうやって使ったのかということだろう?」
「ああ。ひとつの階だけならまだわかるんだが。」
「そうだねぇ。薬を散布するにしても、部屋はそれなりの大きいし、換気されていたら薬を散布しても意味ないし、すべての階で誰にも気づかれずにできるかというと難しいね。5階にいたのはハンターの実力がある人間だったわけだし。」
オリオンの口調が少し弱まっている。どうやったのかについてはオリオンであっても自信がないようだ。
「つまり、どうやったのかは犯人だけが知っているということか。」
「そうだねぇ。……ただ、もう一つ可能性があるとしたら、そういう魔法があるのかもしれないということだね。」
オリオンが独り言のように言った。
「そういう魔法?そんな魔法があるのか?」
オリオンの言葉にムスロは驚いて聞き返した。ムスロはそのような人の行動を封じる魔法など聞いたことがなかった。
そして、オリオン自身もそれは同様のようだった。
「そんな魔法はない。少なくとも、私の知る限りでは。」
「そうか。」
「だけど、この状況をどうやって作ることができるのかを考えると。人の自由を奪う魔法があるのかもしれない。そう。そんな魔法があるなら、人を無力化する手さばきの良さと殺し方の雑さのアンバランスさに説明がつく。けど……」
「けど?」
「そんな特殊な魔法を使う人間がこの街にいたとしたら、私が知らないはずがない。ムスロも聞いたことがないだろう?」
「あぁ。俺も知らない。」
「そうだよねぇ。」
ムスロとオリオンの話は行き詰まり、2人は同時に「はぁ。」とため息をついた。
そして、オリオンはイスに縛られた男を指で差した。
「つまり、私たちが先に進むためにはこの男、グリースだっけ?こいつを調べるしかないということだねぇ。」
「そうなるか。ふぅ。」
ムスロは厄介事の気配に再びため息をついた。それを見たオリオンはムスロが疲れるのが楽しいかのように笑顔を見せる。
「ため息なんてつかないでがんばってよ。そういう捜査はそっちにまかせるから。何かわかったら教えてね~。」
ムスロはオリオンの態度にさらに疲労感を感じたが、何かを言うとさらに疲れそうだと思い口を閉じた。
そして、オリオンはドアに近づいて行ったが、部屋を出る直前に、オリオンはムスロに振り向いて言った。
「ちなみに、犯人の目途がついても犯人を捕まえようとはしないでね。」
「?お前が殺したいからか?」
オリオンからの突然の言葉にムスロは冗談で返した。だが、オリオンの表情は意外にも真剣だった。
「ちがうよ。君たちが危ないからさ。私だってこの犯人は追わないかもしれない。」
「どういうことだ?」
ムスロにはオリオンが言っている意味がわからなかった。
「私は、たぶんこの犯人と正面から戦ったとしたら、私が勝つと思う。けど、私はこの犯人に勝てない部分があるとも思ってる。」
「それは、犯人が特殊な魔法を持ってるかもしれないからか?」
「いや、違う。」
オリオンはムスロの言葉を否定する。
「私がこの犯人に勝てないと思うのは、この犯人はおそらく、目的のためならどこまでもやるという事だよ。」
「この犯人の目的は間違いなく、そこの男だよ。というか他の死体を見るに、この男以外には興味がなかったと思える。そして、犯人はこの男から何かを聞き出そうとしていたはずだ。」
「では、そうだとして、犯人が特殊な魔法を身に着けていたとして、人を殺すのが不慣れな犯人が暴力団員の拠点に乗り込んで、その場にいる全員を殺そうなんて思うだろうか?」
「普通じゃない。ターゲットがこの男なら、この男だけを狙うのが通常だ。じゃあ、どうしてわざわざこんな事をしたのか。それはそのほうが効率的に脅せると思ったからじゃないか?」
「もしそうだとしたら、犯人はおそろしい人間だよ。殺しの素人なのに、殺す目的で殺すのではなくて、他の目的を達成するために殺す。この建物に100人いたとしたら、100人が殺されてたんじゃないか?私だってなかなかそんなことはやらない。」
「私が何を言ってるかわかるかい?」
オリオンがムスロに問いかける。
ムスロは無言のまま、オリオンの問いに答えることができなかった。答えを期待していなかったのか、ムスロの様子を無視してオリオンが話を続ける。
「犯人が目的のためなら何人でも殺す人間だとしたら。もし犯人を追いかけたとして、犯人が逃げるための目的に邪魔だと思われたなら、この街で何十人もの邪魔と思われた人間が殺されるかもしれないってことさ。警察は最優先で、関係者として私も殺されるかもね。」
「おいおい、そんなバカげた事ありえないだろう……」
(この現場が特殊であっても、オリオンの話はあまりにも飛躍した話だ。)
オリオンの話す荒唐無稽な内容に、ムスロは思わず苦笑しそうになる。だが、オリオンから無表情で見つめ返されてムスロは苦笑をやめた。
「まぁ止めはしないけど、死にたくないなら犯人の目途を付けるまでにしておきなよ。今までこんな事件は起きてないし、犯人の目途が付けば、犯人を刺激しなければ危険はないかもしれないから。」
オリオンは苦笑をやめたムスロにそう言うと部屋から出て行った。
そして、ムスロは1人になった部屋でこれから捜査しなければならない多量の出来事を想像して、あらためてため息をついたのだった。
そして後日、
オリオンはムスロが調べたグリースに関する情報を得ていた。
その中で2人、通常の人間とは異なる人間が浮かびあがってくる。
「ふむ、グリースの関係者で目立つ人はいなかったけれど、グリースの父親は少し特殊だねぇ。」
グリースの父親はローマンという男性で、数年前に死亡している。そして、ローマンの遺産はグリースが得ているようだった。不確定だが、これだけだとグリースが遺産目的でローマンを殺したようにも思える。
だが、ローマンはそもそも重病を患っていていつ死んでもおかしくない状態だったようだ。そう考えると、ローマンの死は自然なことのようにも思える。
しかしながらローマンが特殊なのは、その死ぬ前に2人の人間と出会っているということだった。
「1人は大聖女、そしてもう1人は死神か。」
どうやらローマンは、大聖女という人物と死神と言われていた人物と会っていたようなのだ。
(大聖女は知ってる。アイラム教の聖女で名前はカンパネラとかいう、やけに覇気のある女だった。たしか聖女としての実績を作るために各地を回ってるんだったか。)
オリオンは数年前に大聖女カンパネラと会った記憶を思い出す。とはいっても、カンパネラが街にいたのは数か月ほどで、オリオンはカンパネラにあまり興味がなく、遠目に見たことがある程度だったのだが。
オリオンの印象としては、カンパネラが人を殺すような人物には見えなかった。それに、カンパネラがこの街に来ていたとしたら目立つし話題になっていたはずだ。最近そのような話題は出ていない。
「となると、怪しいのは死神のほうだねぇ。」
こちらの人物についてオリオンが知っていることは何もなかった。ムスロの調査でも名前もわからず、どうやら数年前に、死期が近い人間に近づいて安楽死を勧め、患者を痛みもなく死なせるかわりに対価を得ていたらしい。
死神という不穏なあだ名と怪しい商売をしていた人間について、オリオンは興味をひかれていた。
「怪しいねぇ。けど、顔も名前もわからないと困るねぇ。」
困ると言った割にオリオンは笑顔を浮かべており、その目は獲物を見つけた獣のようだった。
「まぁ、うまく隠れて他の街にでもいるのかもしれないけれど、どうせ時間の問題だろうねぇ。ずっと隠れていられるほどこいつの業は浅くないさ。」
「だからあとは、私がここで待つか、追いかけるかだねぇ。」
そう言いながら、オリオンはすでに街を出る予定を頭に描き始めていた。
オリオンはムスロに犯人を追いかけるなと言ったが、オリオン自身はすでに犯人を追いかけようとしていたのだった。
それは実際、オリオンが犯人であるアッシュと同様に、目的のためならどれだけの犠牲があっても許容する人間だったからであろう。
そしてさらに後日、ムスロがオリオンの家を訪れたとき、オリオンがいた家はもぬけの殻になっていたのだった。
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