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お金のためなら人を殺すか、あるいは復讐のためか 2

「ひいいいいい!!」


 グリースは切り落とされた自分の指を見て絶叫していた。


(痛い痛い痛い。なんで俺がこんな目にあわなくちゃいけないんだ。)


 グリースは泣きそうになりながらこの場から逃げようとしたが、グリースを縛る紐はびくともしなかった。


 そして、グリースの向かいに座るアッシュはその様子をじっと観察し、グリースの叫びがおさまってきたころに口を開いた。


「もういいかな?」


「ひぃ。」


 話しかけられたグリースは悲鳴を上げ、怯えた顔でアッシュを見た。


 アッシュは無表情にグリースを見つめており、それがグリースに恐怖を感じさせた。


「ひいぃ。な、なぁ。あんた、誰かが雇った殺し屋かなにかなんだろ?」


「……」


 グリースはアッシュのことが自分達と同様の暴力団員だと思っていなかった。


 暴力団員は周囲を威圧する雰囲気を出しているのが普通だが、この男からは威圧感を感じない。どこにでもいる一般人に見える。


 しかしながら、この男は暴力団員でないにも関わらず自分をイスに縛り付けている。それも自分達が使っている建物の中でだ。


 そんなことが出来るのは魔物と戦っているハンターか、もしくは表舞台に出てこない裏の人間ぐらいだろう。


 この男はハンターには見えないし、ならばこの男は裏の人間で、その中でも殺人などを担っている殺し屋に間違いないはずだ。


 自分の中でそう結論づけたグリースは、アッシュにへりくだるようにして言った。


「なぁ、あやまるから助けてくれよ。頼むよ。」


「?」


 言われた方のアッシュは不思議そうに顔を傾けた。


 それに構わずグリースは話を続ける。


「お金ならある。金庫があるんだ。上の階の金庫にかなりのお金が入ってるはずなんだよ。」


「その金庫のカギはボスが持ってるはずだし、金庫のある部屋にボスもいるはずだから、ボスを殺せば金はあんたのモノだよ。あんたなら簡単だろ?」


 頼みこむような様子でアッシュに語り掛ける。


 (こんなところで死んでたまるかよ。)


 グリースは標的を自分から外すために必死だった。


「俺はただの下っ端だし、俺を殺したって1円にもならないだろ?あんたに迷惑なんてかけないし。街を出て行って二度とあんたの前に顔を見せないようにするから。助けてくれよ。な?」


 そう言ってグリースは、体が動く首だけを必死に上下させて頼み込むようにした。


 しかしながら、グリースの言葉を聞き流してアッシュは静かに言った。


「そう。それはさておき質問をしたいんだけど。」


 アッシュの冷たい様子を見て、グリースは慌ててさらに言葉を吐きだした。


「ま、まってくれよ。あんた誰から仕事を頼まれたんだ?お金ならその報酬以上のお金を払う。上の階にボスがいるって言っただろ?ボスは他にも事業をやってて金庫以外にも金を持ってるんだ。なぁ、こんな仕事で小さいお金を稼ぐより、ボスからそれ以上のお金をもらったほうがいいだろ?絶対そうだ!」


 グリースは無理矢理に言葉を紡いでいた。


 このときグリースが考えていたのは、アッシュの言葉を遮りながらどれだけ時間を稼げるかということだった。


(こいつはさっきから質問がどうとか言ってるが、その質問に答えたら俺を殺すつもりだろう。そんなことはバカでもわかる。こいつに何も言わせないようにしながら時間を稼ぐんだ。仲間さえ戻ってくればこんな奴倒せるに決まってる。)


 グリースは自分が冷静だと信じていた。


 そして実際のところ、グリースは冷静ではなかった。


 グリースは自分の元に仲間が助けに来てくれるはずで、仲間が来ればアッシュを倒せると考えていのだ。


 そこには何の根拠もないのに。


(もしくはこいつをボスのところに誘導できれば、ボスの側近のハンターがこいつを殺してくれるはずだ。)


 また、グリースが先ほどから上の階のボスの話をしていたのは、上の階に金庫があるというだけでなく、自分よりもボスの方へ先に行ってほしいからだった。


 ボスは1人で部屋にいるわけではない。常に側近を置いていて、その側近は少し前まで魔物と戦っていた実力派のハンターなのだ。


(こいつが殺し屋だったとしても、ハンターだった側近に勝てるはずがない。)


 グリースはボスの側近を見たことがあるが、その姿は大柄で、筋肉も盛り上がっていてクマを思わせるような男だった。


 それに対して、アッシュの体格は一般的であり、武器も手に持ったナイフ以外に見当たらない。アッシュが勝てる可能性はゼロだろう。


 グリースはそう考えていた。


 だからこそグリースは口から言葉を吐き続けた。少しでも時間を稼ぐために、アッシュに助けを求める言葉を繰り返したのだった。


 だが、その時間稼ぎも長くは続かなかった。


 アッシュはグリースの言葉を聞き続けていたが、グリースの言葉を無視してイスから立ち上がった。


(やばい!?)


 グリースはアッシュの行動に危機を感じて体を強張らせた。しかし、


(……!?突然めまいが……?)


 グリースは突然のめまいに襲われた。そして、そのまま身構える間もなく気絶してしまったのだった。


 それはもちろん、アッシュがグリースに眠りの魔法を掛けたためだった。


「さて、どうしようかな。」


 そう言いながら立ち上がったアッシュは、意識を失ったグリースをしばらく見下ろしていた。そして、やがて何かを思いついたらしく部屋を出て行った。


 そして……











「うぅ。」


(どれだけ気絶してたんだ?さっきもこんなことがあった気がするが、指からの出血で貧血になったか?)


 グリースが意識を失ってからどれくらいの時間がたったのか、天井を向いて気を失っていたグリースは意識を取り戻した。


 そして、グリースが前を向くと、目の前には先ほどと変わらずイスに座ったアッシュがいて、グリースを無表情に見つめていた。


「目を覚ましたね。」


「あ、ああ。」


 アッシュの声に応えながら、グリースは心の中で大きなため息をついた。


(こいつ、ずっとここにいたのかよクソ野郎め。こいつがどこかに行ってれば、その間に何かできたかもしれないのに。)


(それに仲間はまだ来ないのか、遅すぎるだろ。役に立たない奴らだ。)


 グリースは口には出さなかったが、心の中で悪態をつく。


 そんな様子を無視して、アッシュは目を覚ましたグリースに話しかけた。


「さっきお前が言ってたボスのことだけど。」


「あ、ああ。ボスのことだろ?ボスなら上の階にいるよ。」


 ボスという言葉を聞いて反射的にグリースが答える。


「うん。ボスってそれでしょ?」


「へえ?」


 アッシュは手に持ったナイフを前に出して、グリースの腹のあたりを指すようにした。


「な、なんだよ。ナイフなんか向けないでくれよ。へへ。」


 グリースはアッシュの言葉の意味がわからず、愛想笑いをした。


 だが、グリースの愛想笑いはすぐに引きつった笑顔で固まった。


 なぜなら、アッシュのナイフと手が血まみれになっていたのだ。


 その様子は明らかに「何か」を切ってきたあとだった。それも、この建物の中で赤い血が出るような何かを切ったあとだ。








 そういえば、さっきから何かが自分の太ももに乗っているような重みを感じる。


 それに、その何かが乗っているズボンの周辺が濡れていて冷たい。


(これは……)


 縛られて自由の利かない状況で、グリースはあえて下を見ずに膝を震わせるようにした。


 すると、ゴツゴツとした感触がグリースの太ももに響いた。


「ひっ。ひっ。へへ。」


 グリースは嫌な予感しかしなかった。そして、恐怖のあまり悲鳴と愛想笑いが混ざったような声が口から出ていた。


「それがボスでしょ?どっちがボスか知らないけど。」


 アッシュがグリースを促すように言った。


「ひっ。ひっ。」


 グリースはアッシュのナイフに操られたかのように、ゆっくり、ゆっくりと。顔を下に向けていった。


 そして、顔が真下を向いたとき。


 首が切断されたボスと側近の頭がそこにあった。


「ひいいいいい!!」


 グリースは悲鳴を上げた。


 縛られて体がほとんど動かないが、少しでも足を動かしてボス達の頭を跳ね飛ばそうとした。


 我を忘れて身をよじらせる。そのたびにボス達の頭が揺れて不快な感触が足に伝わっていく。


「ひい!ひいいいい!!」


 グリースは足と体を狂ったように動かした。そしてやっと、ボスと側近の頭が足から落ちていった。


 ぼとり。ごろんごろん。


 ボスと側近の頭が不規則に転がっていく。地面に血の跡をつけながら。


「ひぃ~。ひぃ~。」


 グリースは引きつるような悲鳴と呼吸が混ざったような声を出していた。


「おや、2人分の頭を足に乗せるのけっこう難しかったんだけどな。」


「ひぃ!!?」


 アッシュの声にひと際大きな悲鳴を上げて、グリースはアッシュを見た。


「お前の言ってたボスもいなくなったし、これで質問してもいいかな?」


「ひ、ひひひ。へへへ。」


 グリースは恐怖で笑い声を上げた。


(わかった。やっとわかった。仲間は来ないんじゃない。来れないんだ。このボスみたいに、今頃はもう死んでいるんだろう。ひひひ。こいつは死神だったんだ。俺も殺される。)


 グリースの心は折れていた。


「難しい質問はしないから。」


「はい。」


 グリースはアッシュの言葉に力なく応えた。


 グリースはすでに時間稼ぎなど考えてはいなかった。素直にアッシュの質問に答え、よければ命を助けてもらいたいと願っていた。


 そしてアッシュの質問が始まった。


「お前はローマンという人を殺したね?その理由を教えてくれ。」


「へえ?ローマン?」


 グリースは思わず聞き返した。なぜその人を殺した理由が聞かれているのか理解できなかったからだ。


「うん。殺しただろ?」


「あ、いや。そう。確かに殺した。殺したのは俺だ。けど待ってくれ。それはボスの命令で仕方なくのことだったんだ。」


 アッシュを刺激しないようにグリースは言葉を選びながらこたえる。


「そう。」


 グリースの答えを聞いて、アッシュはグリースから目線を外して呟くように言った。


 それから少しの間、アッシュは何かを考えるような仕草をしていた。アッシュはグリースの答えに納得いっていないようだった。


 そして、アッシュは再びグリースをまっすぐに見つめると、次の質問をした。


「命令されたからお前は自分の父親を殺したのか?」


 グリースはアッシュが面倒を見ていたローマンの実の息子だった。

読んでいただいた方ありがとうございます。

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