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13話 あなたは誰をゾンビにしたのですか 5

「はぁ。」


 お金を払う代わりに体で払うと言ったアンリに対して、アッシュは気の抜けた返事をした。


「なによその返事は。」


 アンリは思わず非難の言葉を吐いた。


(こっちは崖から飛び降りるような気持ちで言ったっていうのに。)


 アンリは性行為をしたことはないが、男性と女性が夜中にどんなことをしているかは知っていた。


 また、ときにはお金を得る目的で、女性が男性に体を触らせることがあるということも知っていたのである。


 とはいえ、自分がその立場になったときに簡単に体を差し出せるものではない。


 だからこそアンリは、勢いもあったが死ぬような気持ちでアッシュに体で払うと言ったのだ。それを興味のなさそうな返事をされて、アンリはムッとしていた。


「そんなこと言われてもねぇ。」


「なにが文句あるのよ。あんた女の子と遊んだりしたこともないんでしょ。」


「まぁ、そうだけど。」


「ほら、そうじゃない。だったらもったいないくらいだと思わない?」


「はぁ。そうはいってもねぇ。」


 アンリの物言いに対して、アッシュはあいまいな返事を繰り返す。その様子にアンリはさらにストレスをためていた。


(アッシュのくせに、さっきからのらりくらりとして。)


 このままではラチがあかない。それに、こんなことをして時間をいつまでもムダにできない。


 アンリは頼み事をするというよりも、戦いに赴く気持ちでアッシュの肩をさらに引き寄せた。


 そして、つま先立ちで背伸びをし、アッシュにキスをした。


 チュ


「へ?」


 アッシュは何が起きたかわからない様子で、間の抜けた声を出した。


 アンリはアッシュの肩をドン、と弾くように押してアッシュと距離を空けるようにした。


「ほら!今のは前金だから!もうやっちゃったんだから、私を助けないといけないんだからね。」


 アンリは顔を赤らめて、怒りと恥ずかしさが混ざったような声でアッシュに言い放った。


 アンリは、アッシュに「はい」の返事をさせるために無理矢理キスをして、アッシュは体で払う報酬の一部をすでに受け取ったのだから、アンリのことを助けなければならないと言ったのである。


 それは明らかに暴論であったが、アンリはこれで押し切るしかないと考えていた。


(これでもアッシュは興味のなさそうな顔をするのだろうか?)


 アンリの脳裏にそんな考えが浮かぶ。だが、アッシュの様子は想像と異なるものだった。


「え、ええ、えええええええ!?」


 アッシュは顔に手を当てて、誰が見てもわかるほどうろたえた様子で大きい声をあげた。


「な、なによそんなに大きい声だして。」


 思いがけないアッシュの反応に、アンリは戸惑った。


 アッシュはアンリに応えず、空を仰ぐような体制で固まった。そして、言葉にならない声で「う~。」とうめいている。


 そしてしばらくそのままでいた後に、ゆっくりと肩を落として「はぁ~」とため息をつき、口を開いた。


「いいよ。やってあげる。」


「いいの?ほんとに?」


「うん。」


 よくわからないが、アッシュはアンリのことを助けることにしたらしい。


 アンリは自分のことを助けるといった割に、落ち込んだ様子のアッシュに戸惑った。


(まぁ、助けてくれるならいいか。結局、アッシュも男だし私の体に興味があるのに違いない。)


「そ、そう。じゃあ、助けれくれたらまた後で触らせてあげるわよ。」


 そう言ってから、アンリは少し身じろぎをした。


 自分が主導してキスをするのはまだしも、相手の意思で自分の体を触られるかもしれないのだ。その不快感を想像してアンリはゾッとした。


 しかしながら、アッシュの返答はそれを否定するものだった。


「いや、それはいいよ。今ので十分だから。」


 相変わらず落ち込んだ様子のままアッシュが言う。


 覚悟を決めていたアンリは少し肩透かしを食らった気分になった。


「え、そうなの。ほんとにいいの?」


「うん。」


「そっか。」


 アンリはアッシュが報酬をいらないといったことについて、なぜか少し傷ついた。


(というか、さっきから何落ち込んでるのよ。私からキスされたのがそんなに嫌だったわけ?)


「ねぇ、さっきからなんでそんなに落ち込んでるのよ。」


 傷ついたことをごまかすかのように、アンリはアッシュに尋ねると、アッシュは少し顔を上げて応えた。


「ああ。まさか僕の魔法が破られると思わなかったから。」


「どういうこと?」


 アンリがさらに尋ねるとアッシュは頭を少しかいた。


「う~ん。僕は怒ったり驚いたり、そういう感情を持つのが嫌だから、日常的に自分に魔法を掛けてるんだよね。いうなれば、いつも半分寝てるようなものかな。」


「そうなんだ。」


(ゴジに掛けてる魔法のようなものだろうか。)


 アンリは普段のアッシュの様子を思い出す。するとたしかに、アッシュは普通に生活をして言葉の受け答えなどもしていたが、そこに感情は見えなかったように感じる。


「うん。今では魔物に襲われても動じることもないし、この街で感情が揺らぐことなんてないと思ってたのに。それがまさか、こんなことで魔法が破られるなんて。」


 そう言うと、アッシュは再び「はぁ~。」とため息をついた。


 ため息をつくアッシュに、アンリは少し得意気になる。よくわからないが、アンリのキスによってアッシュの魔法が破られたらしい。


「ふ~ん。つまりアッシュにとっては、魔物に襲われるよりも私のキスの方が強かったわけね。」


「あぁ。そうなるね。」


「というかなによ、こんなことって。女の子がキスしたんだから大変なことじゃないのよ。」


「そうだね。謝るよ。」


(なんだ、魔法がかかってないと意外といい奴じゃない。)


 やけに素直なアッシュにアンリは少し気を良くした。


「それで、君のお父さんが暴れてるんだっけ?行くなら今から行くけど?」


 アッシュは落ち込んだ様子から立ち直ったらしく、アンリに話しかけた。


「う、うん。」


 アッシュに言われて、アンリは気を引き締める。


(そうだ、アッシュの協力を得られたから終わりじゃないんだ。問題はこれからなんだ。)


 これから家に戻って、お父さんをとめなければならない。


 アッシュの力が偽物だとは思わないけれど、本当にお父さんに魔法が効くだろうか。


(やっぱり怖い。もし魔法が効かなかったら、私もアッシュもお父さんに殺されてしまうのではないか。)


 少しでも不安を持つと、どんどん不安が大きくなっていく。


「行かないなら先に行くけど。」


 悩んでいたアンリがはっとしてアッシュの方を見ると、アッシュはすでにアンリの家に向かって歩き出していた。


「ちょっと待ってよ。あんた私の家知らないでしょ。」


 アンリはあわててアッシュの跡を追う。


 アッシュの歩みはゆっくりとしていたが、脇目も振らず一直線に歩いていく。それはアッシュの自信の強さを表しているようだった。


 その様子にアンリは少し勇気づけられる。


(どちらにしろ私にもう手はない。せめて逃げることだけはやめよう。)


 そう決心したアンリは前を向いて足を踏み出したのだった。

たぶん次でこの話は終わると思います。

読んでいただきありがとうございます。

感想などいただけたら嬉しいです。

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