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11話 あなたは誰をゾンビにしたのですか 3

 バタン


 アンリが家の中に入り、ドアの閉まる音がする。その直後、


 ガタン。


 とテーブルが置いてある方から音がした。


 物音にアンリはビクッと震えて、テーブルを見た。そして、


「ひぃっ!」


 アンリは悲鳴を上げた。


 テーブルにあるイスには、紐で体を縛られたアンリの母親が座っていた。


 口にはさるぐつわがはめられており、髪は乱れていて、顔を殴られたのか頬が大きく腫れている。


(お父さんがやったんだ。)


 アンリの母親はアンリが帰って来たのに気づいたらしく、アンリの方に顔を向けて何かを言おうとしていた。


 しかしながら、さるぐつわをはめられていたため、


「~~~っ!」


 言葉を話すことはできず、うめくような声が出るだけだった。


「お母さん!」


 アンリは急いで母親の傍に近寄り、さるぐつわと体の紐を外そうとする。だが、


(紐の結び目が固すぎる。全然外れない。)


 アンリが指に力を込めても、結び目はびくともしない。


(早くしないとお父さんに見つかっちゃう!)


 そう思ったアンリはあせって力を込めようとするが、あせればあせるほど指が滑ってしまう。


 そして外すことができないまま、別の部屋のドアが開いてしまった。


「なにしてる。」


「ひっ。」


 アンリ達のいる部屋に入ってきたのはアンリの父親だった。少し足がふらついており、いつものように酔っぱらっているようだった。


 しかしながら、いつもの怒り顔ではなく、なぜかうすら笑いを浮かべていた。


 アンリは悲鳴を上げて母親の傍から離れると、壁際まで後ずさった。


 その様子を見て、アンリの父親は「がはは」と笑い声を出した。しかしながら、その目は少しも笑っていなかった。


 アンリもアンリの母親も、その様子に恐怖を感じていた。


「おいアンリ、そんなところで何してる。晩御飯の時間だろう。さっさとイスに座れ。」


 うすら笑いをしながらアンリの父親が言う。


 アンリは迷った。アンリの母親がイスに縛られている中で、自分が座ったら自分もイスに縛られてしまうのではないだろうか。


 そもそも、今まで家族で一緒に晩御飯を食べたことなどなく、アンリの父親がこんなことを言いだしたのは初めてのことだ。


 それに、晩御飯を作ってくれるお母さんをしばっておきながら、どうやってごはんを作るつもりなのだろうか。


(今日のお父さんはおかしい。)


 恐怖心でアンリの体は震え、動くことができなくなっていた。


「座れっていってるだろ!!」


 バン!!


 アンリの父親がテーブルを叩く。薄ら笑いは突然、鬼のような形相にかわり、むき出しの歯からは怒気が吐かれていた。


 弾かれたようにアンリは慌ててガタンガタンと音を立ててイスに座った。恐怖心からか、アンリはぎゅっと手を握りしめた。


 そんな様子をみて、アンリの父親の顔は再びうすら笑いにもどった。


「ちゃんと座れるじゃないか。勝手に動くなよ。」


 そういうと、アンリの父親は台所に立った。


 そして卵を手に取って割ると、フライパンで焼き始める。


 突然、アンリの父親は料理を始めたらしい。


 アンリとアンリの向かいに座るアンリの母親は、お互いに目を合わせた。


(料理なんてしてるところ見たことないのに、突然なにをしてるんだろう。)


 しばらくすると、アンリの父親はバタンバタンと叩きつけるような音を立てて皿を出した。


 そして乱暴な手つきで卵をフライパンから皿にうつし、テーブルに置いた。


 卵焼きは完全に焦げていた。もはやスミの塊にしか見えない。


「おいしそうだろ~」


 アンリの父親が笑いながら言う。


(これを食べろというのだろうか。)


 おそるおそるアンリの父親をみると、父親はアンリの出方を窺うようにうすら笑いを浮かべている。


 次に母親の方をみると、母親はアンリに助けを求めるような目をしていた。


 アンリの母親はさるぐつわをはめられていて物を食べることができない。


 つまり、この場でこのスミの塊を食べることができるのはアンリしかいないのだ。


 アンリは恐る恐る塊を手に持った。


 フォークなどはもちろん出されていないため、アンリは塊を素手でつかむしかなかった。


(はやく食べないと、またお父さんが暴れるかもしれない。)


 そう考えて、アンリは震える手で塊を口に近づける。


 そして、少し逡巡してから、覚悟を決めて一口、口をつけた。


「うぅ……。」


 口にスミのようなじゃりじゃりとした感触が広がる。卵に水分があったからか、全てがスミになっていたわけではないようだ。焦げていてもなんとか食べることができる。


 けど味はしない。おいしくもない。


(けど食べなきゃ。)


 心を無にして食べ続ける。


「なぁ、おいしいだろ?」


 アンリの背後から声が掛けられる。


「う、うん。うん。」


 アンリは怯えながら必死にうなずいた。


 だが、


「なめてんのか!!」


 バン!


 アンリの父親は怒鳴り声をあげ、再びテーブルを叩いた。


「ッ!」


 アンリは驚いて塊を床に落としてしまう。


 そしてアンリが何かをする間もなく、アンリは体を突き飛ばされてイスから転げ落ちた。


 アンリは突然のことで声を上げることもできなかった。床に落ちた衝撃で体に痛みが走る。


「うぅ。」


 うめき声を上げるアンリを見て、アンリの母親はガタガタと体を揺らし、声にならない悲鳴を上げた。


「うるせぇええええ!!!」


 アンリの父親が、悲鳴を上げたアンリの母親に向けて皿を投げつける。


 皿はアンリの母親の頭に当たり、ガツンという鈍い音がなった。


「お前ら、俺のことをなめてるんだろう。」


 アンリの父親はすでにうすら笑いをやめて、怒りをあらわにしていた。


 そして、床にうずくまっているアンリを無理矢理引きずるようにして立ち上がらせた。


「俺のことを酒を飲んでばかりの役立たずだと思ってるんだろうが。」


 怒鳴り声をアンリの顔にぶつけるように吐き出す。


 アンリは恐怖で何も言うことができなかった。


「おい。お前が家から出て行ってこいつが帰ってきたとき、こいつが俺に何をいったかわかるか?」


 アンリの父親がアンリの母親を指して言う。


「こいつはな、俺にアルコール依存で子供に暴力をふるうクズだといったんだよ。」


(お母さん。私のために怒ってくれたんだ。)


 父親の怒鳴り声を聞きながらアンリは母親を見つめた。


 しかしながら、母親は俯いてぐったりとしていた。


 母親は皿が頭に当たった衝撃で気を失っているようだった。


 このときアンリには恐怖以外の感情が湧き上がっていた。


 アンリは今まで、アンリの母親が父親に歯向かうことはないと考えていた。それも、自分のために怒ってくれることはないだろうと思っていたのだ。


「聞いてるのかよお!」


「きゃあ!」


 アンリの髪が引っ張られ、床に投げられる。


「どいつもこいつも馬鹿にしやがって。」


 アンリの父親はテーブルを両手で持つと、テーブルを思い切りひっくり返した。


 テーブルが周りの物にぶつかりながら床に落ちて、けたたましい音が響く。


 アンリの父親はさらに台所へ向かうと、ついに包丁に手を掛けた。


(このままじゃ私もお母さんも殺されちゃう。)


 アンリは父親の様子を見るとすぐに立ち上がり、昨日と同じように家を飛び出した。


「まてこらぁああああ!!アンリぃいいいいい!!!」


 アンリの背に怒鳴り声が投げつけられる。


 アンリは止まらなかった。


 そして、昨日と異なり、アンリが考えていたのは逃げることだけではなかった。


(待っててお母さん、きっと私がお母さんを助けるから。)


 アンリの顔にはまだ恐怖の色が浮かんでいたが、それだけではなく、アンリの目には力強さが宿っていた。

読んでいただきありがとうございます。

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