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1話 ある少女の話

 昔、恐ろしい魔物がいた。

 鎧竜よろいりゅうと呼ばれたその魔物は、竜と言われる通り大きなトカゲのような姿をしていて、その皮膚は鎧のように固かった。

 口には硬く鋭利なキバが生えており、腕の力はクマよりも強く、最悪なことに頭が良くて残忍だった。

 ヒマつぶしに人を襲い、あるときは道を行く人の足を傷つけて、その人が地面を這って逃げようとするのを楽しそうに眺めたり、またあるときは家族連れの人たちを襲って、誰か一人だけを生き残らせると言い、家族が悩んだり争ったりする様を楽しんだりする。鎧竜はそんな悪魔のような魔物だった。

 強大な力を持つ鎧竜には、街の兵士や魔物との戦いを専門にしているハンターですら歯が立たなかった。鎧竜は気が向くままに、堂々と周辺の街に押し入っては人を傷つけていた。

 私のいる街だけでなく、他の街の人も鎧竜に抵抗することを諦めていて、鎧竜にたまたま目を付けられた人は運がなかったと思われるだけだった。

 私たちはまるで虫かごに入れられた虫のようだった。



 それはある日の昼を少し過ぎたころのことだった。もしくは夕方だっただろうか。


「グルルアアアアア!!!」

 まるで雷がとどろくような、空気を大きく震わせる叫び声が街に響いた。

 それと同時に鳴り響いたのは、

 ドン!!ガシャアアアアア!!!

 まるで建物に大砲の弾が撃ち込まれたかのような破壊の轟音だった。

 音だけでなく、まるで空中で大きな爆発が起きたような衝撃が私のいるところまで襲ってきた。


 それは実際に、鎧竜が雄たけびをあげながら街の門に突撃してきた音だった。

 間髪をいれず、さらにドスン!ドスン!と何かが壊される音が続く。

 破壊された門の残骸を鎧竜がさらに破壊していたのだ。

 そして門を粗方壊し終えると、鎧竜は周囲にいた人へ目を向けた。

 鎧竜と目が合ってしまった人はその場で自分の運命を悟ったことだろう。

 鎧竜は、人も家畜も建物も、目に映るすべてを破壊し始めた。

「ガルルルルルルル!!!」「きゃああああああ。」ガラン!!ガラン!!グシャリ!!グシャリ!!


 始まったのは地獄のような光景だった。

 轟く魔物の叫び声、魔物から逃げようとする人の悲鳴、建物の壊れる大きくて乾いた音、人が殺されていく重量のある水分が破裂するような音。


 全てのことが突然で、私は広場の真ん中で茫然と立ちすくんでいた。

 あまりに恐ろしくて逃げることを考えることすらできなかった。


 そうしているうちに遠くに見えていた、鎧竜から逃げてきた人たちが広場に押し寄せてきていた。

 そして逃げる人々を追って鎧竜も広場へ向かってくる。

 鎧竜がこちらに向かってくるのを見て、はじめて私は逃げるということに思い至る。

 けれどそれは遅すぎた。

 逃げてきた人たちは私の目前まで迫っていた。

 道の真ん中に立っていた私は逃げる人たちに押し飛ばされ、地面に転がされる。さらに私につまずいた人が私の上に覆いかぶさり、私は重さで逃げるどころか動くこともできなくなってしまったのだ。


「助けて!お願い助けて!」

 人に潰されながら必死に助けを求める。

 しかしながら助かるどころか、逃げる人達は私や私の上にいる人を傷害物を乗り越えるように踏んで走り抜けてゆく。

 そのたびに重さがのしかかり、体が押しつぶされそうになる。声を出すこともできない。

 恐怖だった。


 けれど、さらなる恐怖はすぐ後に来た。

 グシャリ、グシャリ

 自分の近くで何かが潰される音がする。

 そして人の走る足音と悲鳴が聞こえなくなった。


 鎧竜が私の傍まで来ていたのだ。

 逃げ遅れた人は全員殺されてしまったのだろう。

 先ほどまであったはずの生きている人の気配はなくなっていた。

 死が近づいてくる。



 しかしながら、私が死ぬことはなかった。

 私は運がよかった。鎧竜は目につく人や建物を手あたり次第に破壊していたが、人の体に押しつぶされていた私は鎧竜に見つからなかったらしい。

 私のことを置き去りにして鎧竜の足音と叫び声は遠ざかっていった。


 そして私は、いまだに人の重さで動くことができない中で、遠ざかる鎧竜の足音と叫び声と、鎧竜が壊していく人とその悲鳴を聞いていた。




 どれほどの時間が経ったのだろうか。

 私はなんとか上の人をどかして立ち上がることができていた。

 私の上に覆いかぶさっていた人は死んでいた。鎧竜にやられたのか、人に踏まれ過ぎたせいなのかはわからない。

 目の前には死と破壊が広がっていた。

 ガレキと粉塵、人の死体と塩と鉄のような血の臭い。

 私はどうしたらいいかわからず立ち尽くしていた。


 だが、それも長くは続かなかった。

 ガシャン!!ガシャン!!


 大きな足音を立てながら、鎧竜が広場に戻ってきたのだ。

 おそらく鎧竜はこの街を破壊し尽くしたのだろう。すでに壊すものがなくなったからここまで戻ってきたのだ。

 慌てて傍にいた人の死体に潜り込んで身を隠す。

 見つからないように薄く目を開けると、鎧竜の姿が目に入った。


 鎧竜の体は返り血で全身が赤く染まっていた。とくに、人を殺すのに使っていたであろう口と腕のあたりは返り血を浴びすぎたのか、返り血の色は黒くなっていた。

 恐ろしい。もしも生きているのが見つかってしまったら私はすぐに殺されてしまうだろう。


 だが、鎧竜は私に気が付くことはなかった。

 そしてしばらく鎧竜を見ていると、鎧竜の様子がおかしいことに気がつく。

「グハア、グハア」

 鎧竜は喘ぐように息を吐いていた。荒々しい怒気をはらんだ息ではなく、疲労困憊の絶え絶えの息をしている。

 鎧竜の体をよく見ると、鎧竜の頭や腕の皮膚にはヒビが入り、そこから鎧竜自身の血が流れているようだった。

 口に生えそろっていた鋭利な牙はところどころが折れていて、何人もの人や建物を破壊していた丸太のような腕も爪が途中で折れていたり、指から血が流れているようだった。


 強靭な皮膚と力を持っている鎧竜であっても、街を破壊し尽くすのは無理があったのだ。


 いつもの鎧竜ならこんなことはしなかっただろう。普段から人をオモチャのように扱っていても、一つの街を滅ぼすような破壊行動をしたことはないし、少なくとも自分がケガをするような行動をする魔物ではない。


(なのになぜ、こんなことをしたのだろう。)

 考えても答えはでないが、地面に伏している私には他にできることもない。


「グハァアアア」

 広場の中央で、ゆっくりと鎧竜が上体を反らしていった。

 その眼にはなにも映していないように見えた。そして、鎧竜は上体を反らした体勢から、勢いよく自分の頭を地面に叩きつけた。

 ゴシャア!

 地面に大きなハンマーを叩きつけたような重い音と振動が周囲に響く。


 そしてもう一度、鎧竜は頭を上へ反らし、再び頭を地面に叩きつけた。

 ゴシャリ!

 何度も、何度も何度も何度も頭を地面に叩きつける。

 私には何が起きているのか、鎧竜が何をしようとしているのかわからなかった。

 ゴシャリ!ゴシャリ!ゴシャリ!

 グシャリ


 柔らかい音がした。鎧竜の頭の硬い皮膚が砕けたのだろう。

 それでも鎧竜はとまらなかった。

 グシャリ!グシャリ!グシャリ!


 ドシャ!ドシャ!ドシャ!

 地面と衝突する音がどんどんと柔らかくなっていく。鎧竜の頭はどんどん割れて潰れていき、周りには大量の血が飛び散っていった。


(こわい。)

 自分の頭を打ち付けて自分の頭を壊そうとするなんて。

(あの魔物は狂っているのだ。)

 私にはそうとしか思えなかった。


 鎧竜はさらに何度か頭を打ち続けて、やがて力尽きたのか地面に頭をつけたまま動かなくなった。

 見開かれたままの目は光を失っており、何もない空間を見つめていた。


 死んでしまったのだろうか。

 一体この魔物は何がしたかったのか。

 周りには何もなくなってしまった。

 死体とガレキ以外のすべてがなくなり、街を破壊した魔物すら死んでしまった。

(何もなくなった世界で、もしかすると私は生きていると思っているだけで、本当は他の人と同じように死んでいるのかもしれない。)

 そんなとりとめのない考えまで浮かんできていた。


 ザク、ザク、ザク、

 足音だ。誰かの足音が聞こえる。

 一体誰の?

 私は足音の主に気づかれないように身を縮めた。

 足音を立てていたのは一人の男だった。どこからか広場に入ってきたらしい。

 逆光で顔はわからない。


 生きている人が私以外にもいたのだろうか。

 普通なら、私以外に生きている人がいたことに喜ぶところだったのかもしれない。

 しかしながら、その男の様子は変だった。

 鎧竜から逃げていたような気配がなく、はっきりとした足取りで動かなくなった鎧竜の元へ歩いていく。

(この人はなんなのだろうか。)

 疑問が頭に浮かぶ。


 男は鎧竜の目の前まで近づいていた。

 そして、鎧竜の顔にゆっくりと手をかざすと、見開かれたままの鎧竜の目を静かに閉じた。


 その瞬間、私は理解した。

(こいつだ。)

 この男が鎧竜を操って街を襲わせたのだ。

 そして鎧竜に街を襲わせて、鎧竜自身も始末したのだ。

 操られていたのなら、鎧竜の異常な行動にも説明がつく。


(この男を許してはいけない。)

 私の心に怒りの火が灯った。

 一体何の目的があってこんな虐殺をしたのかはわからない。

 私が鎧竜を操るような力を持っている男に勝てるのかもわからない。

 けれど、

(必ず私がみんなの仇を討ってやる。)

 そう心に誓った。


 せめて顔だけでも見ておかなければ。

 そう考えて男の顔に目を凝らす。

 しかしながら、疲弊が限界に達していたせいなのか、男の顔を見れないまま私の瞼はゆっくりと閉じていき、私の意識もそのまま途絶えてしまったのだった。






「へぇ~、それでハンターを目指すことにしたんだ?」

「はい。どこかに必ず魔物を操る男がいるはずなんです。私がハンターになったのは私の街を滅ぼしたその男を追うためなんです。」

 テーブルを挟んで2人の男女が話をしていた。

 男のほうは中年で体格がよく、自信のある佇まいをしていた。実際、その男は街のハンター達を取りまとめるリーダーとしての地位を有していた。

 もう一方の女のほうは若くあどけない雰囲気が残っていたが、その瞳には凛とした強さを有していた。

 女が男に質問を投げかける。 

「それで、そんな男の情報をきいたことはないでしょうか?」

「いや、魔物を操る魔法なんてきいたことがない。ただ世の中は広い。そんな奴がいても不思議じゃないかもしれないな。」

「はい。」

「とはいえ、あんたはまだハンターになったばかりだろう?そんな男がいるとしても、まだまだ実力不足なんじゃないか?」

「それは、その通りだと思います。」

 男に言われて女は少し俯いた。

「そうだろう。まぁ、しばらくの間はしっかりとハンターの仕事を覚えていってくれ。そうすれば街も安全になるし、あんたの目的達成にも役立つだろう。」

「はい!これからよろしくお願いします。」

 女は男に頭を下げた。

 女は別の街からこの街にやって来たところであり、魔物と戦うことを仕事にしているハンターとして働こうとしていたのだった。


 その後いくつかの問答を終えて、女は無事にこの街でハンターとして働く許可を得ることができ、女は自分の部屋へと帰っていた。

 その部屋には小さいビンが置かれていた。そしてその中には黒く染まった何かの破片が入れられている。

 それは鎧竜の爪の破片だった。女はビンを握りしめて強く思った。

(必ず、必ず私の街を壊した男を見つけてみせる。)

 その瞳には燃えるような火が灯っていた。


 それが幼いころに街を滅ぼされ、魔物を操る男に復讐を誓った、ミシェル・エリーのハンターとしての始まりだった。

今後も書けるといいな。

けど頭で想像したことを文字にするのは難しすぎる。

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